第二十九話 主人公、初遠征に従軍するのこと。その二 交戦
翌朝はすぐに司令官からの作戦説明だった。
概要はこうだ。
現在俺たちが駐屯している広場から、北西におよそ1キロ半ちょっと行ったところにゴブリン村がある。間に丘が二つあり、陣はその二つ目のてっぺんに敷く。部隊は三つに分け、三方向から包囲する。
まずは弓兵隊から火箭を射掛け、村の動きを見る。ゴブリンが迎撃に出てくるようであれば、歩兵隊が前進しつつこれを討つ。出てこないようであれば、歩兵隊は前進しつつ様子を見、少しずつ村を破壊していく。
開けている方角から逃げ出すようであれば、これは追わない。
各五人隊がかならず一つのユニットとして機動し、負傷者が出た場合は無理をせず後退し、工兵隊の治療を受ける。
戦闘開始は昼前を予定しているが、日が傾いてきた場合には合図を出すので、戦闘状況にかかわらず後退する。交代時にはまず負傷者をこの野営地に帰還させ、順次後退していく。
この野営地には副司令が残り、本陣として機能させる。本陣には工兵隊の他、弓兵隊、歩兵隊を少数残し、防衛に当たる。
なるほど。
俺たち桐は左翼に回った。一番移動距離が多いので、本陣からの出発が最初になる。左翼と言っても十人隊でかぞえれば8隊だけのこと。数だけで言えば、学校の遠足に近い。
可能な限り隠密に行動するというのもあるが、やはり初年兵が多いために口数は少ない。来るときに通った道を少し戻ってから、斥候からの案内で丘に登っていく。
下生えを踏み分け踏み分け、坂を登る。
「いてっ」
「いたた!」
あちこちで声が上がるのは、下生えの茅などを踏んでしまったのだろう。二年目以上はいないが、初年兵は既に3人も踏んでしまった。
俺?俺は東京から履いてきているブーツだから、茅如きでは痛くもない。これもある意味では戦闘経験か。こっちの履き物はほとんど革の靴下のようなものを紐で縛っているだけなので、こういう時には弱い。他に足形に木をくりぬいて紐で固定する下駄のような履き物もあるが、これでは野外で脱げやすく、中々悩ましい。そういえば市外巡回では道のあるところばかりだったな・・・。
怪我を負ったものは二年兵、三年兵の手助けをえて、本陣へと帰って行く。
丘を越え、ふたたびゴブリン道へ戻る頃には更に二人、けが人が出ていた。5人のけが人だから、既に十人隊一隊分の戦力を失っていることになる。
100人未満の左翼部隊で10人損失だから、パッとみて目に見えてヤバイ感じがする。
他もこんなんだったら、大丈夫なのかと心配になる。
「今年は少ないな」とはガウさん。そうですか。
左翼隊は更に道を進んで、ゴブリン村の南側にでる。村の北西には川が流れ、景色だけは美しい。が、相変わらずゴブリン村は臭い。川の水は綺麗なのに、まるで飲む気がしないぞ。
左翼隊は更に川に近く移動し、朝のうちに予定地点へ着いた。
ほぼ川沿いを北上して攻め込む形になる。みると村の後背は丘になっていて、南東も丘。俺たちがいる南と、右翼が攻める東が村の出入り口と言うことか。
ちょっと待て。これじゃ俺たち左翼って、村の正面を叩くのか!?騙された感がないか?木の陰に身を隠そうとしちゃいるが、ここからゴブリンの家が見えるぞ。まさに矢面に立たされるわけですね。
みたところ、畑とか無いみたいだけど、食料は狩猟・採集だけなのかね。少し時間ができたので、木の枝で腕や顔にかすり傷を負ったものは膏薬などを塗ったりして手当をし、早めの昼食を摂ることになった。
交互に食事をとるが、俺たち初年兵はどうしても村から目が離せない。
昼近くなり、改めて支度をする。槍、盾を確認して、靴の紐を縛り直す。そういえばこの靴もずいぶん傷んできてるな。一応、時折脂を塗り込んではいるが、靴墨なんかはないから、全体的に色が薄くなってるし擦り傷も多い。
上着のジャケットは鎧の下に着ているからそれほど痛んじゃないが、やっぱり臭い(笑)。洗えないからねえ。
兜が臭くなるのはこれからだ。兜の緒を締めて、お互いにチェックしあうと、うなずきあう。
が、ここで左翼隊の隊長がおもむろに口を開いた。
「よし、これから行く。ただし、俺たちが先に動けばこちらは不利に過ぎる。まずは中央隊が攻撃するのを待ってから動こうと思うが、どうか」
「いや!俺は一人でも行くぜ!」
ってマジか、サンダ、おまえも一緒だったかー。
「しーっ」
って諸先輩方の突っ込みが入って、隊長は決断した。
「よし解った。行くぞ。
「まずは歩兵隊が前面に展開する。弓兵隊が後に続いて、距離を測る。箭の届く距離に着いたら、合図をして歩兵隊を止める。歩兵隊が止まったら火箭だ。一斉射。全員で一射だけ行い、様子見。いいな」
「整列」
桐隊は全員でひとかたまりになった。
「前進」
じりじりと前進する。が、明らかな予定変更だ。気付かれた。甲高い叫びが村に響いて、ワラワラと、とは言っても20人ほどのゴブリンが武器を持って出て来た。
戦闘が適当すぎる!棍棒を持って突撃する奴もいれば、その背後から弓を射る奴もいるが、あまり考えてないせいで味方の背中に刺さってる!
うひー。ゴブリンは相変わらずやなー・・・。
「停止。弓兵隊構え!」
止まる。
ゴブリン迫る!怖い。
「て!」
弓弦が背後で鳴ると、箭がゴブリン隊にブスブス刺さる。
「盾、構え!」
ゴブリンには痛覚がないのか!盾を構え、槍を引く。ヴルドの槍は数ヶ月練習した程度では片手で扱えない。盾で食い止めて隙間から槍で突くしかないでしょう。
「ウッギャ〜ララ〜〜!」
なんつってるのか解らん叫びを上げて、ゴブリンが突っ込んできた。盾が重い音を立てる。武器持ってるのに体当たりかよ!いていて。
棍棒で殴られた。眼がチカチカする。
「おおお!」俺たちも叫ぶ!
「槍、構え」
指揮官の声は聞こえた。向きが怪しくなっている槍を盾に乗せ、向きを定める。
「突け!」
「オー!」
うげ、いやな感触。
しかし、頭の衝撃はなくなった。
「槍引け!」
「突け!」
最初のうちはそれでもまだ衝撃があったが、二度三度突いているうちに、衝撃も重さもなくなった。
傾いて前が見えなくなっていた兜を直すと、目の前が開けている。
「休め」
盾と槍の構えを解けば、目の前にはゴブリンの死体がある。いや、よく見ればまだ死んではいない。浅い息をついて、こちらをみている。二体ほどが村の方に逃げているが、足を引きずり、見るからに痛々しい。
「初年兵、抜剣」
腰の剣を抜く。まだ新品の剣だ。敵どころかまだ、自分の指さえ切っていない。
「とどめ、刺せ」
最も近くにいた奴と目が合う。俺を散々殴りつけていた奴だ。親の仇をみるような目で俺をみるが、当然だ。俺はこれから、お前の仇になる。
止めの刺し方自体は、訓練所で教わっている。鎧を着けている場合は脇から、そうでなければ、胸の正面から肋骨の間に剣を突き入れる。
驚いたように目を見開いて、奴は事切れた。まるで「俺が一体お前に何をした」と言っているかのようだ。いや、何もされてないんだがな。
うん、蟷螂の時とは違う。蟷螂は俺を食おうとした。いや、一度ならず俺を喰った。蟷螂は倒さなければ、俺が喰われていたのだ。これはやむを得ない。
だがゴブリンはどうだ?確かに山賊の砦や、ヴルド新市街は襲われた。襲われたが俺個人には関係ない話だ。しかも目の前のこいつが襲ったかどうかさえはっきりしない。いや、もちろんこいつは山賊の砦は襲っていない。
少しずつかがやきを失っていくゴブリンの目に俺は魅入られていた。
「オイ、撤収だ」
ヘンス副隊長の声でフッと気がついた。彼がゴブリンの目を閉じさせたのか。
「いえ、あの、村への襲撃は」
「ない。この村の戦力は叩いた。攻撃してこない奴は元々攻撃対象外だ。村自体も来年になればここにはないだろう。それならばこれ以上の戦闘に意味はない。撤収だ」
ああ、そんなことも解らなくなっていたのか。右翼隊、中央隊は戦闘も出来なかったわけだ。目をやると今まさに旗を畳んだところだった。
そうか「逃げる奴は追わない」んだったな。
帰りは無理をせずに、ゴブリン道を遡る。いや、下るのかな・・・。前の方に中央隊の殿が見える。右にやけにしょんぼりしたサンダがいるのに気がついた。こいつがこんなにしょんぼりしているなんて珍しい。
こいつも止めを刺したのかな。。。
ヴルド軍280名、ゴブリン軍23名。この春の襲撃戦はヴルドの死者0人、負傷者11人(行軍中の事故8人、戦闘負傷3人)、ゴブリン側死者21名、負傷者2名。
ヴルドの勝利で戦闘は終結した。
戦闘描写は難しいですね。自分でやったことがありませんから。やったことのないことをリアリティを感じられるように書く。それができたらいいですね。




