第二十八話 主人公、初遠征に従軍するのこと。その一 野営
通常、十人隊は十個隊が更に大きな単位に編成され、百人隊で運用される。最大規模なら百人隊を5個隊、弓兵隊、工兵隊を置いて一個軍になる。最大でも二千人規模がヴルド正規軍だ。
ただし、今回は俺たち初年兵の戦闘経験が最優先課題であるため、歩兵隊20個十人隊に弓兵3個隊、工兵隊4個隊という不正規編成になった。動員兵力としては通常の戦闘でほぼ最大数になるが、作戦としては大攻勢にはほど遠い。
ヴルド新市街の北には農耕地が少しあり、少し進むだけで原野が広がる。ゴブリン達はここに村を建設して生活し、事あるごとに南下しては襲撃略奪をするわけだ。
この冬越えをして疲弊した奴らの村に襲撃をかけ、可能であれば奴らを殺害し、もしいれば略取された人間を奪還する。極めてアバウトな作戦が立てたれている。
最大の作戦目的は「戦闘を経験した上で、損失を出さずに撤退すること」。あとはおまけというわけだ。
ヴルド正規軍は2千人と書いたが、それはあくまでも制度的に定められた「定員」。実態は千人を下回るほどで、いたずらに兵力を消耗させる余裕はない。とはいえ、戦闘経験のない兵士ばかり頭数を揃えても戦闘力が向上するわけでもないから、現実的にできることから少しずつ兵力拡大を図っているわけだ。
おそらく二千人規模に達したところで、大規模な攻勢をかけるなりなんなりして、ヴルド新市街を何とかしようという腹づもりだと期待したいところだ。
さて、この全兵力の1/3もの大兵力で攻勢をかけるわけだが、実数は300人程度。それほど大がかりな作戦ができるわけもない。新市街から北に延びる獣道のようないわばゴブリン道を北上することになる。
初年兵がいる本隊よりも、経験豊富な三年兵、四年兵から編成された斥候隊が先行する。俺たちはそのあとをぞろぞろついていくわけだ。
ゴブリン村の配置は毎年変わり、連続して同じ場所に住むことはないという。戦略的に考えてそうなったのか、単なる習性なのかははっきりしていないそうだが、ガウさんによれば「あまりに自分たちが臭くて、二年同じ場所で暮らす気にならない」んじゃないかと言っていた。
納得しかけたら「冗談だぞ」と笑われた。
初日は新市街北門から5キロほど前進したところで野営になった。俺たち初年兵は古参兵達にいわれてあちこちかけずり回る。たき火の燃料になる木枝拾い、テントの設営、水汲み、火熾し、調理の下準備。もちろん同じ十人隊古参兵の監視付き。
あまり無体なことはされないが、隊長達が夕食のスープで微妙な表情をしていた。うむ。野菜が大きすぎた。芯まで火が通っていない・・・。
明日の昼食になるパンを焼き、全員に配ってから食器を洗い、交代で見張りを立てて就寝する。
俺の見張りは夜半だ。桐一隊の二年兵から引き継いで他の見張りと交互に野営地周辺を警戒する。目印になる星が頭上に輝くようになったら、交代の時間だ。桐二のブッシさんを起こして交代する。
こうして俺の遠征一日目は終わった。
遠征二日目は野営の片付けからだ。たき火の後始末、食器の回収、テントの収容。装備を調え点呼終えてから順次出立していく。斥候隊は大変そうだ。交代で隊長の所に行ったり来たりして、何かを報告してはまた早足で先行していく。
二日目もうららかな春の日差しの中、ぞろぞろと進軍していく。
そこここに花が咲き始め、一見のどかな景色だが俺たちの緊張は緩まない。斥候がでているとはいえ、遠くに見える山、見通しを遮る丘が連なるこの原野は敵地なのだ。山地ではないとはいえ、起伏に富んで見通しは悪い。その丘の間を縫うように移動していくのだから、ほんの数百メートル先に敵の大軍が待ち構えているかもと思えば気の緩むことはない。古参兵達はそんなことはないというが、既に初年兵の俺たちは疑心暗鬼に駆られている。
太陽が高く昇ってから昼の休憩だ。
各十人隊を二つに分け、一方の五人隊が警戒している間にもう片方の五人隊が道端の石などに腰掛け食事をとる。食事を取り終えたらふたたび武器を取り、もう片方の五人隊と交代する。
全員が立ち上がってまた前進する。午後に入って体内時間で2時間ほど(こっちの世界に「時刻」呼ぶようなものはまだない。大雑把に昼頃、昼過ぎ、午後、夕方、宵、夜などがあるだけだ)たった頃、ゴブリンの村のような場所を通過する。
ここは放棄されてずいぶん経つらしい。特に戦闘跡のようなものはみられないので、単に移動したんだろう。
それにしても臭い。原始的とはいえ、掘っ立て小屋を作る程度の文化はあるようだ。立ち入りはしないが、指揮官殿の命令で村の入り口から、じっくり観察しておく。これが一般的なゴブリン村なのかはわからないが、敵を知ったら百戦危うからずって誰かがいってた気がする。
少しでも知っておいた方が良い。
家の数は5〜6、崩れているものがあって正確にはわからない。周囲に防壁のたぐいはなく、村と外の境界線、家と村の境界は曖昧だ。家にも壁らしいものはないようで、柱と柱の間が漠然とした境界なのだろう。
家々は村の周囲を囲むように建ち、村の中央にはたき火のあとがある広場がある。一家の平均的人数がわからなければ村の人口は推定できないが、大きさからみてゴブリンなら10人ほどは暮らせるかもしれない。すると一カ所で50〜60人といったところか。全員が戦闘できるとも思えず、兵力的には10〜20人戦闘できれば御の字だろうか。まあ、自分の生存がかかっていれば、戦闘力に劣るといっても闘うのが生物というものだが。
それにしても、こんな村を毎年建築してるのか・・・・。蛮族だと侮っていて良いのかという気がするが、どうなんだろ。
それにしても放棄して何年経ってもこの匂いなら、実際に住んでいる村はどれだけ臭いのか。
斥候出さなくても近くに行くだけでわかるんじゃないかとか、不謹慎なことを思ってしまったよ。
それにしてもヴルドから10キロも離れていないこんな場所に村があるのか。そりゃいざこざが絶えないよなぁ・・・。この距離で殺し殺されしているわけだな。
ゴブリンの村から更に1キロほど北上し、俺たちは二度目の野営を行った。
俺たちは一日目とほとんど変わることはなかったが、斥候からの報告で司令官殿達に緊張が走ったのを俺はみてしまった。
明日はいよいよ戦争なんだろうか。
次回はいよいよ戦争なのでしょうか。




