第二十六話 主人公、軍事教練をすること。その三 初めての勝利
戦闘訓練といっても最初からそれほど高度な内容ではない。既に支給されている槍をひたすら振り下ろす。高く振り上げて振り下ろす。高く振り上げて振り下ろす。
文字で書くととても簡単なことだが、実際にはとてもしんどい。
軍用の槍は重さで4キロほど、長さが3メートルほどある。柄は比較的しなる木製で、ちょっと振ると穂先が結構ぶるんぶるん揺れる。
これを頭上に振り上げて勢いをつけて振り下ろすわけだが、柄がしなる材料なので、手元をしっかりしていないと穂先が地面を叩く。当然穂先が痛む訳なんだが、それよりも何よりも手が、自分の手が痛い。周りの奴にも遅れる訳なので、遠慮なく教官殿の棒ではたかれる。
教官殿が仰るには「槍衾は何よりも一斉攻撃だ。全員が揃っていなければ意味はない」のだそうだ。
教官殿、これは槍衾っていうより槍叩きだと思うんだが・・・。
ってもちろん口には出さないよ。出さないけどちょっと思った。
高く上げて振り下ろす!高く上げて振り下ろす!
カン!
あ、いていて。パカーン!
二つ目の音は俺がはたかれた音。兜の上を叩くので、それほど痛くはないけれども・・・。
10日ほどして、槍振りが様になってきた頃、今度は突きの練習に入る。最初はまず空突きから。空中に向かって槍を突き出す。
両手で構えて、左手はしっかり構えるけれども、掌は少しゆるめて槍の滑りをよくする。左足を前に、右足を後ろに、腰を落とす。体は半身というのか、足の向きに対して真横を向くけれども、右手で槍を突く際には一緒に前に向くようにする。
これで槍を突くときに突きに力が入るのだそうだ。後ろの右足は突く前は曲げているが、突くと同時に伸ばす。
シュッ!
槍を引きながら元の姿勢に戻る。スルスルスル〜〜〜。
シュッ!
スルスルスル〜〜〜。
パカーン。
時々いい音がするのは、生徒がはたかれている音。いやいや、簡単そうに書いたかもしれないけれども、それでいて結構槍で突くのは難しいよ?
なれてないと上の方突いたり、地面に刺しちゃったりする。
数日で手に肉刺ができる。って思っただろう?
槍をもつ肉刺なんて、実はとっくにできてつぶれてる。槍を抱えて行進訓練を20日も続けてごらんなさいって。肉刺なんてあっという間。
また数日してある程度になると、今度は案山子を突く。これは秋口の収穫前に畑で野鳥を追い払っていたお古。
はて・・・?この辺ではお米は取れなんじゃなかったのか・・・?よくわからん。
まあ、この案山子を突く。なんていうのか、日本の里山もこんな感じなのかなぁ、なんてふと思ってしまった。とはいえ、日本で市民が案山子を槍で突くなんて、そうそうあるこっちゃないけどさ。
秋月も下って、冬月が近くなると訓練のメニューが増えた。
槍では叩く・突くの他に、巻き落とす、弾くが増えた。要領は似ている。穂先を左に回して敵の槍先を落とすのが「巻き落とし」。右に回して穂先をそらすのが「弾き」だ。
行進訓練はこれまでの運動場周回から、市中巡回になった。ヴルドは意外と段差や傾斜があって、遠くから見たのでは解らないが真剣に歩けば結構きつい。もちろん、俺たちの体力作りが主目的ではあるが、一方で街を覚えることや、治安維持活動の意味合いもある。
まあ、喧嘩をしていても俺たちを見かければみんなおとなしくなってくれるし、基本的には友好的だ。
逆に俺たちが街を覚える方が大変といえば大変かもしれない。まあ、俺はまだ東京を知っているので(漠然と、だけどね)、まだ大丈夫だけれど、山間の村みたいな所で育った奴は大変だ。ヴルド市は旧市街だけとはいえ、数万の人口がある。更に元をたどれば城塞だから、まっすぐな大通りなんていう物はない。そんな通りは新市街にはあるが、防御力として皆無であるからだ。
あ、ごめん。これは教官殿の受け売り。
本丸への大通りでさえ、北の大門から本丸をまっすぐ見通すことはできない。間に兵舎が立ちはだかり、練兵場があり、用水路があり、壁があり。メインストリートでさえこれなので、支道、脇道、小路になったら推して知るべし。
が、俺たち兵士はこれを頭にたたき込まなくてはいけない。いつ伝令をしなくてはいけなくなるか。戦闘配置命令がわからんとか、洒落にもならない。
そうはいっても四六時中このむさ苦しい集団で缶詰だ。女っ気っていえば、昼夜の食事を作ってくれる、おかみさん方だけ。これでは市中巡回時に若い女子を見かけたときに浮かれちゃっても、誰もとがめたりはしないだろう。
そう、既婚者の教官殿たちであってもとがめたりはしなかった。食堂のおばちゃんと一緒に、なんていうか「生暖かい目」?で見守ってくれる。
市中巡回は交代なので、全部で4班に分かれ、昼前、午後、宵の口、未明で交代だ。宵の口や未明は貧乏くじだが、交代制で時間帯は固定されないから、救いはある。まあ、夜間戦闘で迷子にはなりたくないし。
もちろん俺たち候補生以外にも、現役兵士も巡回している。睡眠時間が不規則になったが、やむを得ない。寝床も大勢出たり入ったりしている上に、朝だの夕方だのに入る関係上、最初はしんどかった。
が、三日もしたら慣れた。何しろ寝ないとやっていられない。体力がもたない。誰かがゴソゴソしていたら寝られないとか、日が出ていたら明るくて寝られないとか、真っ暗だと怖くてねられないなんていう奴はすぐにいなくなった。良いのか悪いのか。
冬月に入ると訓練は更に厳しくなる。市中巡回に加えて、市外巡回を行う。もちろん市中ほど頻繁に巡回はできないのだが、10日に一度、市外の山々を巡回する。最初は日帰りだったが、冬月の半ば、年が改まる頃には数日の行程でヴルド周辺の山々を巡る。当然「野宿」。
食事の支度ももっていくために、その運動量は市中巡回の比ではない。食料はもちろん、水、燃料、調理器具、野営道具、雨具。もちろん兵士のユニフォームともいうべき、ヴルド謹製の鎧と兜も着用済みだ。
戦闘訓練も徒手格闘を行うようになっている。
最初は「組み打ち」だ。まあ、服を着た相撲というか、寝技のない柔道というか。
二人一組で取っ組み合って、相手を転ばせば勝ち。
ずいぶん大雑把じゃないかい?村の力自慢とか、ハンパ無く強い。技とか間合いとか関係ないからね。そういうのがものを言うのは「体格が同程度の場合だけ」って思い知ったよ。
姿勢崩そうって言ったって、押しても引いても動かないんだもの。身長は俺が一番高いんだけどもね、こう、なんて言うの、5歳ぐらい年下なんだろうけど、もう太刀打ちできないの。
脚を払う?払おうとしたときに腕の力だけで崩されたよ、こっちはw。後ろに倒されるけれども、頭から落ちそうになるのを背を丸め、後転の要領で受け身をとる。
こっちでは日本の武道と違って、受け身を教わることがない。いやいや、あっちこっちで悲鳴が上がる。いくら鎧兜を着ているとは言え、まともに叩き付けられたら堪ったものじゃない。
俺はたぶん、学校の体育とかで習ったんじゃないかと思うけど。おお!現代日本教育が始めて役に立ったぜ。
え、教官殿、なんかその視線が怖いんですけど・・・・。
今度もまた他の奴に転ばされる。横に飛ばされたところを手を付かないで手から肘、肩と順繰りに着地し、前転のような受け身をとって立つ。
あれ?
気がついたら元気そうに立っているのは俺と村の力自慢数人だけだった。あとは腰だの脚だの押さえながら転がってる。
あれれ?
なんて言うの、雰囲気はもう決勝トーナメントだよ。予選リーグは突破しました、みたいな・・・。
そうか〜〜、受け身ってあまり実践的武術ではやんないのかねえ?知らんかったけど。
またさっきのような組み打ち。ごろん。でもあっちではもの凄い音がしている。ええええー。もうね、半分空手みたいになってるの。足払いなんてほとんどローキックだし、投げるための動作がほとんど近距離パンチ。
ビシ!バシ!ガシ!ガツガツ!
音で表現したらこんな感じでした。って言ってる間に、さっき俺を投げた奴がまた組み付いてきた。ひええ・・。
背がこっちより低いのに体重あるから、もう投げらんない。もの凄い突進で後ろに倒されるけど、受け身!
手の平痛え・・・・。
ギャー、また突進してきた。
チャーンス!ちょっと体を躱して脚を引っかける。奴は顔から地面に突っ込んだ・・・。痛そう・・・。
「勝者レオ!」
え、ちょっとちょっと教官!いつの間に試合みたいになってんですか。
突っ込んできた奴が悔しそうに痛そう組に合流する。
えええー、さっきもの凄い音させてたのが最後ッスか。もう顔なんかあっちこっち腫れてて、もの凄い面相になってんですけど・・・。
さっきの戦いはみてたけど、あんな足払い喰らってちゃ2発ももたねえ。力で堪えたら負ける。いや、負けるのは構わんけど、超痛そう。そっちが嫌。
グイグイくるスタイルだ。奴は比較的身長が高い。俺よりもちょっと低いぐらい。これはこの世界じゃ結構偉丈夫と言っていい。体重は俺よりある、たぶん。俺もこの半年、おそらく体重は増えたと思うけど、やっぱり細マッチョ程度の域は出ない。
でもあのスタイルでこられたら、受け身もへったくれもないよねえ・・・。嫌だなぁ・・・。
「始め!」いやーん、教官殿、マジになってますがな・・・。
奴は同時に掴みかかってくる。同時に俺もその力をそのまま受ける。袖口を握られたまま後ろにしゃがみ込むように腰をつく。力の行き場を失った奴は勢いづいて前のめり。
のしかかってきた奴の腹に足裏を当て、ポンと蹴る。
できた!!おおー!!
巴投げだね。これ一度やってみたかったんだよねー。奴は他の候補生同様に地面に顔から着地した。
「勝者!レオ!」
マジッスか。
こうして俺は異世界で「初めて虫以外に勝利した」。
レオは異世界で「勝利」をした。レベルアップもしてると思うけど、もうわからん。力はそんなに強くない。頭もそんなによくはない。




