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第二十五話 主人公、初めての軍務を経験すること。

行進訓練は続いた。訓練に戦闘が含まれるようになったのは20日ちょっと経ってからになる。

一月(ひとつき)弱ではない。この世界の一月は80日以上ある。まだカレンダーでは秋月の半ばだ。



戦闘訓練に入る前に北方蛮族の大規模攻勢があったことは、特に記しておくべきだろう。俺たち新兵が訓練を終える前に攻勢をかけ、ヴルド全体の兵力を漸減するのが奴らの戦略なのだから。


俺たちがヴルドで行進訓練を始めてから5日目のことだった。ヴルドに北方蛮族からの襲撃があった。

余談ではあるが、この襲撃自体はほぼ例年のことで、合戦のような名称は特にない。


最初に襲撃されたのはヴルド西方、河の上流にある比較的防御が薄いと言える堤防だ。ここに最初の攻勢がかけられた。


ヴルドの秋は比較的乾き、河の水位も下がる。河を防御に使うヴルドとしては守備力が下がるわけだから、渡河をしての襲撃には絶好と言うことだろう。


もちろん、堤防自体の防御は城壁よりは低いが、そこは城塞都市ヴルド、用水路と防壁の防御が十重二十重ある。大きな損害もなく蛮族の撃退に成功した。


が、この襲撃はいわば囮だったようだ。



蛮族の本命はヴルド北方の新市街だった。旧市街に起居する俺たちからみると川向こうに当たる。もちろん駐留部隊はいるが、ヴルド軍本隊は渡河しなければ対応できないために、手薄と言えば手薄になる。更に上流に攻勢を仕掛けて注意をそらした上での攻勢だったために、簡単な土塁の防壁しかない新市街の防衛はあっさり突破された。


上流の堤防に行われた陽動をあっさり撃退したという油断を突かれた部分は否めない。


蛮族たちは新市街深くに侵入し、農作物や工芸品の略奪や放火などを行った。人的被害も相当にのぼり、市民を中心に数十人の被害が出たようだが、略取されたのか行方不明者も出て、正確な人数は不明とのこと。

当然駐留軍にも数人の死者が出ている。


まず行われたのが上流の陽動戦。この襲撃が夕方、まだ日のあるうちに行われ、日没頃に撃退。

ほっと一息をついた宵の口、東京で言えば19時から20時頃に新市街の襲撃が行われる。夜の闇をついた襲撃は夜半まで続き、ヴルド本軍が渡河を終えて組織的な対応が行われるとすぐに奴らの撤退が始まった。最終的に戦闘が終結したのは未明。


俺たちに声がかかったのは、戦闘が完全に終結して安全が確保されてからになる。朝早くではあるが新兵候補も舟で河を渡り、4人単位で古参兵の指揮の下、遺体の収容や破壊された家屋の撤去、物品の回収に当たる。


なんというか、ヘビーだ。

もちろん何体か蛮族の死骸もあるし、下山の時にも見ているが、それらと市民の遺体はやっぱり違う気がする。被害者に女性や子供が多いのはやはり痛ましい。

遺族がいれば本人確認を行った上で新市街の西側に埋葬する。蛮族どもの死体は新市街の埋葬地には埋葬されない。とはいえ、街中に放置はできないし、近くにおいて蛮族を挑発するのも業腹。そんなわけで、蛮族の死体は奴らの縄張りに晒しにいくことになる。


山で見かけたようなゴブリンが5体、コボルドというのか、顔がちょっと長目の犬面のものが2体。他にも馬のようなものがいたという話を小耳に挟んだが、こちらの死体はない。

俺たちが運搬担当。古参兵が周囲を固めて指示を出す。さすがに死体を抱えられないので、壊された家屋の戸板に乗せて運んでいく。


ヴルド新市街から北には街道のようなものはない。ヴルド自体がほぼ人類生活圏の最北端だからだ。東大陸との交易はほぼ海路に限定され、陸路では行われていない。そのために街道がないわけだ。

あるのは蛮族たちが使用する獣道のようなもの。

それでも足下は踏み固められ、草は除けられている。この道を通って奴らは攻撃してきたのか。


新市街の近くは新市街に住む人達によって開拓され、農地もあるが、2キロほども進むと草木がぼうぼうの原野になる。ここからが蛮族どもの縄張りというわけだ。俺たちはそこにゴブリンどもの死体を放り出し、帰還の途につく。


意気揚々というわけにはいかない。襲撃自体は成功しているために撃退したとは言え、負け戦だ。おまけに俺たち新兵がいて、勝ち誇ったゴブリンどもが襲撃する可能性は多分にある。ゴブリンにも遺族ぐらいはいるだろう。奴らが死体を取り返しに来ないとは言い切れない。


周りを固める古参兵たちも声は低く、緊張が伝わる。

戦力面で俺たちはほぼ市民と同等。武装しているとは言え、体力火力は皆無に等しい。来年の防衛力を左右するわけだから、古参兵としてもここで無為に失うわけにはいかない。


原野に入ってすぐの道ばたにちょっと開けた場所があった。ここで奴らが軍議でもしたのか、中央にたき火のあとがある。周囲はもぬけの殻。そこに死体を放り出し、とっとと退散することにする。


作業の間も、古参兵の緊張は伝わってきた。


原野を抜け出し、新市街の耕作地に入ると少しだけ緊張が解けた。新市街にはまだ本隊が残っているはずだから。


新市街の小さな北門をくぐるとさすがにほっとする。古参兵たちも目に見えて安堵していた。日はもう大きく傾きだしている。影が長い。


古参兵たちは数日新市街にとどまり警戒を続けると言うことだが、俺たちは足手まとい。旧市街で治療を受ける重傷者と一緒に河を渡った。


旧市街に入った俺たちはあまりの臭さに宿舎には入れてもらえず、食事前におなじみの噴水広場での水浴びをすることになった。



「確かにヴルド自体は防衛の要だけあって堅固と言えるだろう。滅多なことでは陥落するまい。しかしこれはどうなんだろうな」


「ヴルドにこれだけ人が集まっている以上、今後も人は増え続け、新市街も膨張せざるをえない。旧市街は防衛面でも人口の許容量は限界に近いだろう。新市街の整備もしていかなくてはいけないんじゃないか」


「防衛設備の建設もそうだが、旧市街の即応性の低さや軍の配備にも課題が多いんじゃないか」


食堂でそんな話をユーラたちとしてから、俺たちはその日の床についた。もちろんサンダは話に付き合う振りだけだった。


ゴブリンの臭さは相変わらずだが、燃やされた家屋の焦げ臭い匂い、市民の遺体から匂い立つ血の匂いは俺たちの寝付きを悪くしていた。



戦闘訓練が始まるまで大規模な攻勢はそれ以降なく、少しもやもやしたものを抱えながら、俺たちの「行進だけの訓練」は終わった。

レオたちは初の戦争を体験した。

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