第二十四話 主人公、軍事教練をすること。その二 座学
数時間にわたる行軍訓練を終えたら、昼食だ。時刻は大体昼前、10時ぐらいだろうか。いやもう、頭と肩が痛え。これじゃてっぺんだけ禿げちゃう・・・。
「解散!」っていわれたけれども、だらだら歩こうとする奴は容赦なく棒で張り倒されている。うひー。
昨日の食堂に着くと、大体席は昨日のままだった。俺たちも同じ席に着く。と、昼飯は肉の煮込みととパンだった。マジか。
さすがにヘビーだこりゃ・・・。水だけはおかわり自由だったので、5〜6杯ほどおかわりして何とか流し込む。何の肉だか解ったものじゃないけれども、そんなことは大した問題じゃない。出されたものは残さず喰うだけだ。
顔色が怪しい奴は数人いるが、残している奴は見渡してみてもいない。そんなにヤワな奴は、途中で脱落してるんだろう。
飯を食ったらすぐに移動させられる。
全員で一つの部屋に入れられるが、ここはまるでそう、教室だ。東京の教室と異なり、正面には白板や黒板のようなものはなく、大きな世界地図がある。
個々の机には教科書のような書籍が一冊。筆記用具のようなものはない。
ここでも何となく同郷同志で固まって着席する。
全員が座ったのを見計らって、案内した兵士が正面に立つ。
「自分が今日から学習を担当する、マテウである。教練担当同様に殿をつけて呼ぶように」
「「「はい!」」」
うむ、思っていたよりは厳しくない。先に座りやがってとか何とかで殴られることはない。なんていうのか、あまり不条理ってことはないか。東京で夏にやってたドラマなんかじゃ、軍隊なんて不条理な組織の典型みたいだったがなぁ・・・。
行進訓練で叩かれたのも、行進という命令が聞けなかったからだし、指揮権のないグループ内で、連帯責任を問われることもなかった。
まあ、この痛い鎧兜を着用したまま、食事や座学っていうのも不条理っていえば不条理だけど・・・。
内容はまず最初らしく、文字の読み書きだ。山間の村は村長っていうインテリがいたが、他の村がそうかどうかは解らない。文字の読み書きができなければ、座学なんて全く意味がないわけだから、それは理解出来る。会話には不自由しなくなったとは言え、まだまだ識字については心許ない俺にとってもとても助かる。
ヴルドで使用されている文字は子音に17、母音に5、数字に10。全部で32文字。それに特殊記号。ほとんどの言葉が母音と子音で表され、英語のような子音だけの発音はない。文字の意味は既になく、完全な表音文字になっている。体系がシンプルな分、運用は複雑化していて、山間の村を表す現地語はとっても長い。言葉が短ければ発音の種類が少ない分被ってしまうことも多いわけで、紛らわしくないように単語は必然的に長くなっていく。
数字は既に10進法で、0も既にある。漢数字よりは合理化されている。文字は横書きで左から右に書いていく。書籍に書かれている文字は飾り文字というのか、教官殿の書かれるものよりも複雑だがOと0のような紛らわしいものはない。
ああ、あと筆記された文字と実際の発音とで、大きな違いがないのはありがたかった。日本語で「こんにちは」と書いてあるのに読みは「コンニチワ」とか、英語の「Apple」が「æpl」とか言う不条理はない。筆記することにそれほど歴史がないのかな?
書籍を開いてみたら、やたらめったら母音ばかり書かれていたw。そりゃそうか。授業内容はとても興味深く、聞く気満々なんだが、いかんせん昨日ヴルドについたばかりで今日は明け方から行進訓練、昼食が肉の煮込みというのはいかん。まぶたが重い。
あ、いかん、意識が・・・。
と、かっくり来たところで朝の鉦を鳴らされた。おおお。さすがにこれでも起きない奴は行進のときの棒で叩かれる。
かっくり来たので頭はしゃっきり、午後の教練となるが、午後もそのまま行進だ。
一二、一二、一二。途中で二度ほど給水はできるが、足は止められない。一二、一二、一二。頭はともかく、肩が超痛い。一二、一二、一二。
学校のグラウンドのように土で固められた場所をぐるぐる回る。一二、一二、一二。次第に槍を抱える左腕もしびれてきた。一二、一二、一二。
だんだん朦朧としてきたところで、教官殿から停止命令がある。食堂に移動するようにということなので、昼の反省を活かして全員背筋を伸ばして移動していく。私語はない。というか、話すだけの元気がある奴はいない。
夕食はタマゴが入ったスープだった。ヴルド軍では夕食がスープっていうのは決まりなんだろうか。硬いパンがつく。
食べ終えればすぐに就寝だ。もう腹一杯で、意識を保っていられるほど元気な奴はいない。
何人かが起き上がって何かごそごそやっていたが、ご苦労なことだ。俺には真似できない。明日こいつらが足を引っ張ったりしなければいいななんて思いながら、俺は眠りについた。
ヴルド三日めの朝は二日目と同じだ。起床係の教官が起こしに来ると、俺たちは部屋で整列する。とはいえ、二日目と異なり、起きるのにもたつく奴らがいた。遅くにごそごそやっていた奴らではない。
起きたらすぐに行軍訓練。これも昨日同様。とはいえ、昨日と違って甲冑は着用したまま眠っているので、とりにいったり着用したりという時間は丸ごと行進に当てられている。
うう、きつい。一二、一二、一二。昨日は肩が真っ赤にこすれていたが、そんなのは一番程度で直りはしない。一二、一二、一二。何かが背筋を伝っていく。一二、一二、一二。汗みたいにヒンヤリしていない。一二、一二、一二。何だろう、気になる。一二、一二、一二。
昼になって解散の号令がかかったのも昨日と同じだった。しかし、ほぼ全員の腰から下が赤黒く濡れている。これは?血か!
メンバーに大丈夫かと声をかけたけれども、「おまえもだ」と返された。うむ。もっともだ。出血量はたいしたことはないが、とにかく痛い。それに血生臭い。
昼にでたのは魚だったが、もうなりふり構ってはいられない。失った血は食べて取り戻すしかない。食事を終えて、教室に移動するとき、一部の奴は赤く染まっていないことに気がついた。
俺がどうしたのかと聞くと、一斉に全員で囲んでしまった。これじゃイジメだ。
「うん?ああ、これね、昨日の教練がひどかったので、痛くならないようにした。鎧の肩の所には余っていた布で当てて、腰の帯には幾重にも布を撒いて鎧を乗せるようにしたのさ。
あと兜。大きすぎる兜はてっぺんにだけ重さがかかるから、これも布を被ってから兜を乗せるようにした。小さすぎる?そこまでは知らないよ。俺だって自分のことで手一杯だもん」
などと得意げだ。誰だ「これじゃイジメだ」なんていった奴は。俺か。
ちきしょう、奴が夜中にごそごそやってたのはこれだったのか。悔しい。いやまて、俺だって革ジャンを鎧の下に着れば、結構楽になるはずだ。腰にベルトだってある。気付かなかった間抜けな自分が悔しい・・・。
食後の授業は昨日の復習で、「みんなの名前を書こう」だった。紙なんかは貴重品なので、空中に書いていくのを教官殿がチェックしている。空中に名前を書くには立たねばならず、教官殿も注視しているせいで、眠ることができない。痛みで意識が遠のいていく・・・。
立っているのに足下がおぼつかない・・・。
ああ・・・いかん、このままでは・・・。
あ、いててて・・・。盛大にぶっ倒れてしまった。って言うか、俺以外にも相当ぶっ倒れている。何奴も盛大に出血しているせいで、教室が死屍累々。
昨日は昼過ぎまで授業があったが、昼前には教官殿から「特別昼休み」が告知された。うむ。この時間を使って、鎧兜の手当をしろという事だろう。
いててて。
俺は鎧下に革ジャンを着込み、肩のベルトの所に布を挟み、鎧の肩紐を通してホックを留める。これで更にずれにくくなるだろう。腰にも布を巻くが、他の奴よりは早く終わる。ユーラは真っ先に終えて、ゼファーをみていた。サンダも意外と器用で、すぐに終わる。ああ、そういえばこいつの家は鍛冶職人だったか。
午後もやっぱり行進訓練だ。正直まだまだ、といったところ。一二、一二、一二。そういう俺だって二度ほど叩かれている。一二、一二、一二。まだまだだ。一二、一二、一二。
教練を終えたが、今日はすぐに食事にはならないとのお達しだ。昼の大惨事でこのままベッドに入ってしまうことを危惧した上官から、食事前に身を清めるようにとのお達しが出、俺たちは中央広場に行くことになった。
一二、一二、一二。行進訓練を兼ねて広場まで移動していく。正直、人目について良いほどの行進じゃないのだが、これは毎年の恒例のようなものなんだろう。
教官殿の話では「身を清めるように」とのことではあるが、その場所は中央広場の噴水。何奴もタオルなどもっているわけもなく、グループごとに鎧を脱いで漬かり、お互いに洗いあって次と交代。はっきりいって罰ゲームだった。
周囲の人はなんだか温かく見守ってくれている。ちょっと意外ではあった。
汗を流して少しスッキリし、宿舎に戻って食事をし、空に星が瞬く頃には俺たちは夢の中だった・・・。
お休みなさい。
レオは筆記を覚えた。
サンダは筆記を覚えた。
ユーラは筆記を覚えた。
ゼファーは筆記を覚えた。
全員自分の名前が書けるようになった。




