第二十一話 主人公、山賊のゴブリン退治を目撃すること。
明け方、いきなりの騒音にたたき起こされた。アジトの壁際に並んでいた木の飾り札がけたたましい音を立てている。
これは、鳴子という奴か?
毛布にくるまって眠りこけていた俺たちと対照的に、山賊達の動きは早かった。起きるやいなや防具を着け、手早く武器を装備していく。
俺が上体を起こして寝ぼけ眼をこすり始めた頃には、ほぼ支度を終えていた。
お頭がてきぱきと指示を出していく。
「ニック、サンディは俺と来い。スーズ、フィクスはこいつらの見張り」
「「はい」」
「奴らは北側の斜面を登ってきている。ご苦労なこったが、地の利はこちらにある。いつものように行くぞ」
「「おう!」」
というが早いか、あっという間に飛び出していった。俺も支度をしなくては、と思ったが、フィクスと呼ばれた若い衆に止められる。
「おまえ達の出番はねえ」
「いや、ねえって言われても」
「何言ってんだよ!俺たちだって兵役組だ。やるに決まってるだろ」とは三郎。なんでこいつはこんな朝から元気なんだ?
スーズさんが諭すように言う。
「おまえらが、なんかの役に立つと思ってるのか?」
う、それを言われると・・・。こいつらは三郎の失態をみてないはずだが、それでも戦闘経験は自慢できるほど無いしな。
「まあ、とりあえずここから見ていな」
フィクスさんがアジト北側の鎧戸を少し持ち上げて、すき間を作ってくれた。兵役組の面々がそこからのぞく。
三郎がブツブツいうが、誰も聞いちゃいない。
早朝の北斜面はまだ暗い。未明といった暗さで、灯りの消えたアジトから覗いてもさほどのことは分からない。向かいにみえる尾根が明るいせいもあるのか。
眼下の斜面を登ってきているのはなんだろう、小人のようだ。キィキィと甲高い声を出しながら、登ってくるのがみえる。数は・・・、およそ10人ちょっとといったところか。武器はあまり洗練されているようにはみえない。丸太を削ったような棍棒、キラキラ光る打製石器を使った斧。
身に纏うのは毛皮をそのまま剥いだだけのような、チュニックって言うのか?股間までがようやく隠れるようなジャケットだ。それを何か、腰で縛ってるのだろう。
一方の山賊側は地の利があることもあるだろうが、木や岩陰を利用しながら身を隠し、足音を立てず、静かに下っている。ニックさんとサンディさんが槍を持って先に下り、お頭は弓矢だろうか、背中に何かをしょっている。
ただ、あまり下らずに、途中で岩が突き出ているところに布陣した。まだ小人達は石くれをガラガラ崩しながら斜面を登っている。
と、お頭が岩陰から小人のリーダーのような奴を狙撃した。甲高い叫びを上げて暴れたせいで、斜面から転がり落ちていく。が、小人達は状況が飲み込めないのか、棒立ちになる。そこへお頭の二射、三射。
四人目が転げ落ちてからようやく小人達に動揺が広がった。鋭く叫ぶもの、ギャアギャアと騒ぎ立てるもの、ムキになって更に勢いを増して登り始めるもの。
少しして背後の森から矢が射られるが、これは先方の小人部隊を背後から射る形になった。フレンドリィファイアって奴だ。何しろ山賊部隊は奴らからまだみえない。闇雲に攻撃しても仕方がないはずだが、攻撃を受けたリーダーがパニックを起こしたのか、意味のない指示を出したのだろう。
また少しして、味方の誤射で小人部隊の前線が崩れたことに気付いた後方部隊が射撃をやめた。そこを見計らい、ニックとサンディが静かに突撃する。
確かに胸や背中に矢が刺さるのは確かに相当痛いはずだが、すぐに戦闘不能という程じゃない。小人達もそれなりに戦闘経験があるようだ。
後方に文句らしい叫びを上げながら、武器を振り回している。山賊はその隙をついて主に槍の後ろ、石突きって言ったか、その部分で小人達を突き落としていく。小人達は聞くに堪えない叫びを上げながら、斜面を転げ落ちていく。
アレは相当に痛そうだ。
さすがに石くれだらけの斜面を転げ落ちたら、即死はしないまでも戦闘どころか身動きが取れない。がけの下、森との境にはあっという間に小人達の山ができる。
いや、ごめん。さすがに盛りすぎました。10数人の小人じゃ山にはなん無いです。
ここに及んで二人の山賊が鬨の声をあげ、森に潜んで矢を射る小人達に襲いかかる。
森の中からは「ウラー!」とか「ギャー!」とか、いろいろな声が聞こえるが、こちらからは様子は見えない。一方でお頭は落っこちた小人達一人一人に屈んで声をかけているようだ。
なんと、明け方に始まった戦いは、昼前にはもう決着してしまった。
三郎の顔を見ると、なんだかとても悔しそうだ。まあ、おまえはそうだろう。
「さて、そろそろ俺たちも行くか」とスーズ。
身支度を調え、アジトから下っていく。
自分でやってみて、あらためて山賊のスキルに驚いた。これだけ足場が崩れやすい斜面を、音も立てずに下っていくとかどんだけだ?
「畜生、俺だって・・・」とは三郎だが、その足音を聞いてる限り、俺は無理だと思うぞ。
そう思ったので、そのまま言ってやったら、「え?」だって。気付いてねえのかよ!
「いやいや、おまえみたいに盛大に音出してたら、奇襲なんてできないだろ」って言ってやるが、奴は気付いてなかったらしく、ムキになって言い返す。
いやいやいや、いくら口で言い返したって、今更足音を忍ばそうとして盛大に滑らせたってダメだから。
四郎はあきれかえり、次郎は相変わらず何考えてるのか分からない。
木のある場所まで行くと雑草の生えている地面に、小人が倒れている。死んでは居なかったと思うが、今はぴくりとも動かない。
「あーご苦労さん」とはお頭。ナイフというか、ちょっと短めの剣を布でぬぐいながらこちらに来る。ニックとサンディも森から出て来た。
「ウィーッス」
「弓はどれぐらいいた?」
「俺は二人」「俺は一人」あとの方がサンディ。おのおの左手に持った布切れのようなものをヒラヒラさせる。
「歩兵が十三人だから、合計十六人か。フィクス、あとでまとめて塩に漬けておけ」
「ウイッス」
「で、どうだ、戦闘って奴を見て」と三郎に聞く。俺じゃないのね。
「なんで俺たちはアジトなんだ!」
いやいや、そうじゃないだろ。
「僕たちにはあなたたちのように静かに行動できません」とは四郎。お、おまえも気付いたか。
「無理だな」ウンウン。やっぱりというか、分かってないのは三郎だけか。
分かりたくないだけかも。お頭の目が笑ってる。
「俺たちも兵隊になれば、あんた達みたいに戦えるようになるのかな」って聞いてみた。
「簡単じゃないだろうが、可能性はある」とお頭。
「結構大変だぜー」って言うのはニックさん。
「ですよねー。静かに歩くのもそうだけど、何奴から倒すかとか、いつ攻撃するかとかありますもんね。
「で、奴らはどうするんですか?まだ死んでないのも何人か居ると思うんですけど、捕虜交換とか?」
「いや、もう全員死んでる」
!!!
「って言うか、さっきとどめ刺した」
!!!!!!
「生かしておいても食料もったいないし」
「捕虜とかとんないんですか」って訊いたら、「とんない」ってそんなあっさり。
「いや、昔は捕虜とったらしいのよ。交渉しようとしてね。でも交渉にならなかったんだって。勝手に殺したらどうだとか言われたとか、捕虜が脱走するだけならまだしも、アジト壊していったり、武器や食料を盗み出していったり、情報持ち出したり・・・。
「結局、ろくな事になら無くって、捕虜をとるのはやめ、倒した奴らはサクッと」
ええええー・・・。ファンタジーゲームだと、こういう小人とかは結構味方になったりするんじゃないの・・・?ドワーフとかって・・・。
って思ってみてみるとあれ・・・?
こいつらドワーフって感じじゃない。ロード何とかって映画で見たような、陽気な小人とも違うな。って言うか、明らかに蛮族っぽい。原始時代って言うか。
肌の色が青っぽいのがファンタジーだな〜〜〜。ヒゲはない。耳は左側が全員切り取られているけど、右耳は先が尖ってる。尖ってる!?
これはあの、ファンタジーゲームで定番のゴブリンって奴ですか。そうですかー・・・。俺たちも結構体は臭うが、こいつらは輪をかけて臭い。毎日生ゴミの風呂にでも入ってるかのような匂いだ。
そうか、ゴブリンが相手じゃしょうがないなぁ・・・。ゴブリンだもん。
「で、この死体はどうするんですか?」とは四郎。
「基本放置」お頭は冷たい。
「森の肉食動物が餌にするみたい」
これもエコシステム、生態系って奴ですか。
「所で、これからどうするよ?」どうするとはお頭?
「いや、おまえらもとっとと先に行かんと、徴募に間に合わなくなるだろうし、蛮族の襲撃もしのいだし」
あ、忘れてた!そろそろ出発しないとね。
「ええと、全員荷物は持ってきてるんだっけ?」って訊いてみたら、全員そうだって。俺も含めて旅慣れてますね。
「そうしたら、ここで昼飯ってのもいやなので、先を急ぎたいんですが、道はどっちに行ったらいいですかね」
「そうだな。斜面を戻っても、また向こうで下らなきゃいけないから、このままこっちの斜面を行った方がいいだろ。しばらく行くと尾根を越える道があるから、そこまで俺がついて行ってやる」とサンディさん。
「ありがとうございます」
と、山賊一行に別れを告げ、俺たちはヴルドの街を目指して、また歩き出した。
道々サンディさんから、あのゴブリンの襲撃は俺たち新兵候補を狙ったものだと聞いて、結構びっくりした。ゴブリンがそんな戦略的に動くとは。
確かに、熟練兵と戦闘するよりも新兵、新兵よりも新兵候補の方が倒しやすい。おまけに兵力としてはどちらも一人。
でも、だったら、もっと新兵候補に護衛をつけてもって思うんだが、それを言ったら、サンディさんに笑われた。
「バーカ。そんなことをしたら、余計に狙われるじゃないか。目的の新兵候補を倒せる上に、そいつらが足を引っ張って熟練兵も倒しやすくなるんだぞ」だって。
チェ、そうですか。とは思ったけれども、三郎を見て納得した。こんな足手まといが多いんだろうなー。余所の村でも・・・。
パーティのメンバーはそれぞれ戦闘経験をわずかずつ得た。レベルアップにはまだ遠い。




