第百六話 ライバル、未知の村を探すのこと。その四 接触
翌朝、脱落者はなく、皆で無事を喜び合う。こんな寝覚めは久しぶりだ。水場が近いので久しぶりの水浴びをするが、人間の村が近いので騒ぎたい気持ちを抑えながら粛々と体を洗っていく。ゴブリンもすっかりきれい好きだ。であった当時の悪臭軍団の面影はもうない。今では下手をすればヴルドの人間達の方が悪臭が酷いぐらいだ。
人間は水があるから沐浴をするというわけではないから、面倒だ。
すっかり身支度を調えて、村へと降りようとする前に皆でもう一度行動確認をする。
まず、問答無用な襲撃は避ける。それではどちらが襲撃者か解らなくなってしまう。この村に頼みたいことは中立だ。もちろん、近くにヴルドという軍事都市がある以上は完全な中立は望めないし、ましてや味方になってはくれまい。だが積極的な敵でなくなるだけでも助かる。今回の踏破で解った通り、この村から我々の本拠地まではほんの一山だ。この村が敵に回るだけで、我々は詰んでしまう。
そうならないためにもこの村にはせめて「消極的な中立」であって欲しい。
そのためにも今回、襲撃は避けたい。こちらからはいつでも攻撃できるけれども、この村とはことを構えたくはないと明示しなくては。
全員でそのことを確認し合う。
「そうはいっても、向こうから問答無用で仕掛けて来るようなら止むを得まい?」
というのはロルか。ここで下手なことをいえば、なにをしでかすか解らないな。
「いや、駄目だ。
「今回は、奴等がどれだけ攻撃してきても反撃しない」
「それじゃ俺たちになにかあってもやられ放題だとでも言うのか!」
「そうだ」
「「!!!」」
「たとえ俺が矢に倒れても、反撃してはいけない。斬り殺されても逆らってはいけない。
「だから、不用意にでてきてはいけない。今回のことで受けた傷は全くの無駄になる。手柄にはならない。愚か者の証明にはなるが、勇気の証明にはならない」
これでロル一党は白けたようだ。今後も言質を取られないように気をつけないと。
「手順を説明する。
「まずは下にある畑に人がでてくるのを待つ。
「でてきたらこちらから姿を現し、ドルラが声をかける。姿を見せるのは俺とドルラ、それからギャル」
「俺じゃないのか」
というのはロル。功を焦っているのか。
「万が一なにかがあった時には殿を頼まなくてはいけないからな。早々に姿を見せて、何かが有っては困る」
と言っておこう。
「うむ、それなら仕方がない」
基本的にゴブリンは武闘派だから、面子さえ立てておけばだいたいお願い事は聞いてくれる。ある意味ではチョロい。逆にだからこそ普段から信頼を培っておかないといけない。足繁く通って、交易し、武術を教えた結果がこれだ。
ナナには伏せていて欲しいので、ちらりと目配せをしておく。反応がないが、犬人は反応するとバレバレになるので、わざと反応しないでいるのだと思っておく。
よしと打ち合わせを終えて畑を見やると、もうすでに何人かの農夫が畑仕事に精を出していた。作物の列にかがみ込み、夏野菜の収穫なのか、虫取りや他の手入れなのか、雑草取りなのか。
私達のいる岩棚からは、いったん草木のまばらな斜面を降り、ひとまず林を抜ける必要がある。
昨日の斜面は薄暗かったのでよくわからなかったが、朝日の元でよく見れば岩棚とは異なり僅かばかりの土があり、それなりに草が生えている。岩の斜面に比べれば、滑落の危険はかなり低いだろう。
武具などの音を控えめにしながら斜面を降り、林に入った。とは言え、木々の壁は薄く、林に入る前から畑の様子が見て取れるほどだった。
あまり近付かないよう、矢の射程範囲外から、ドルラに声をかけさせる。
気がついた農夫達は村を見やって人影がないことに混乱し、周囲を見渡す。
ゆっくりと近付きながらさらに声をかけていく。
一人がようやく気がつき、こちらを指さし、近くのものに何やらいっている。
ドルラがさらに「怪しい者ではない、近在の村に住む者だ。今日は話したいことがあってわざわざ訪ねてきたのだ。どうか少しでいいから話を聞いてはくれないか」と声をかけ続けている。
その内に若い衆なのだろう、一人が声をかけられて、村への道を降りていった。ギャルが反応しそうになったが、間一髪押し止めることに成功した。ギャルは頭は良いのだが、一般のゴブリンよりもちょっとばかり血の気が多い。
ゴブリン自体が血の気の多い武人集団だから、人間で言えば不良少年並みの気の短さだ。瞬間湯沸かし器と言いたいところだが、そういってもゴブリン達には通じない。
人間達にも緊張が走り、一瞬空気が硬くなった気がした。
蜩のような虫の声が聞こえる。
この世界のことだから、声通りに蝉であるようなことはあるまい。
人間達のやや年長に見える者が何かを言った。
「村に使いをやり、村の長を呼んでくるそうだ」
と言うのはドルラ。まあ、そうだろうな。
ああそうだ。
「待たせてもらう間、こちらはここで座っているから、仕事の続きをして構わないと伝えてくれないか」
ドルラが彼らに声をかけると、彼らも此方をちらちら窺いながら、農作業にもどった。育てているのはどうやら玉蜀黍のような作物が主のようだ。良さそうな物をもいでは籠においていく。
左の方ではトマトのような物を育てているようだ。日本で言うところの赤茄子、小金瓜だ。どうやら土地が随分肥えているようだ。
待っている間に気が引けたのだろうか、一人の農婦が赤茄子のような真っ赤な果実を三つほど持ってきた。
女性の割には肝の太いことだ。トマトのように真っ赤でまん丸の顔に、人の良さそうな小さい目が輝いている。
「ありがとう」
つい日本語で礼をいい、驚かせてしまった。
「ありがとう、だが私達には生の物が食べられない者が多い。とてもありがたいことなのだが、この作物を食べることができないので下げてはくれないかと伝えてくれ」と、ドルラに言う。
女性は驚き、ドルラと何やらやりとりをして籠をもったままさがっていった。
「いいのか。俺たちはともかく、お前は食べられないことはないだろう」
とはドルラ。
「そうなのだが、お前達が食べられない物を私一人美味しそうに食べるわけにもいかないだろう。
「あのご婦人が此方に敵意があると思わなければいいのだがな」
それにしても昇ってきた日差しが暑い。朝の水浴びでさっぱりした体がもう汗水漬くだ。全く。
こういう体験はこちらに来てからほとんど無かったが、たまにはなにかに耐えながらじっとしているのもよい物だ。
ようやく、畑の下側から使いに走った少年が戻ってきた。数人の男性を連れている。これが村長なのだろうか。見た所青年団の団長のようだが、はてさて、いよいよ交渉という名の戦争の始まりだ。




