第百一話 ライバル、またしてもゴブリンの戦を見届けるのこと。
翌朝、ゴブリン達は先制攻撃をするべく、早朝から登山を開始した。総数で十人足らず。ゴブリンが多産で、村のほとんどが女子供である事を考えれば、この村の全戦力と考えられる。
やる気に満ちた編成ではあるが、私にいわせれば攻めるのならば夜が明けないうちにするべきだった。
孫子にもある、戦の悪手のひとつだ。敵が高地に陣取っているときには決して攻めてはならないというのに。これが昨日のうちに山頂に陣取って、登ってくる軍を迎撃できるのであれば、まだ救いはあるのだが。
が、ゴブリン達はそうは思わないようだ。
「夜のうちに奇襲を掛けられるのなら、それほど悪くないのでは」
というのは北の村出身のロル。
「まず、もう夜が明けている。今から登山を始めても、登り切る頃には昼近くになる」
朝の山腹は足下も怪しく、登る速さも知れている。三分の一ほど登る頃には陽も随分明るくなり、山頂の人類軍も目覚めてきた。
とは言え、山肌に隠されてまだ、ゴブリン達を発見できてはいない。連合軍のゴブリン達も大半が「このまま接近して奇襲できる」と思っているのが、表情から窺える。
よしんば奇襲に成功しても、戦力的に十対一なのだから、どうにもならないわけではあるが、彼らはまだそうは思えないようだ。
まあ、そのように自分達の戦術を客観視できる機会ができたという点では、今回の作戦はよかったのか。自分達の戦術的欠点を実戦の場で知るとなるとそれはもう手遅れだから、その授業料は自分の命で購う事になる。
ゴブリン達が半ばに達する頃には人類軍は目覚め、戦支度を始めた。ここに来てようやく私達のゴブリンも失敗に気付きはじめ、衝撃を感じ始めた。
それでもまだ、奇襲が成功する事に一縷の望みを抱いているものが一部にいる。ましてや山腹を登るゴブリン達は、奇襲が失敗する可能性を微塵も感じていないだろう。奇襲の成功を信じ、意気軒昂に山腹を登る。
そうこうするうちに人類軍も戦支度を整え終え、点呼の声が谷間に響く。これには流石のゴブリン達も動揺を隠せないが、「まだ気付かれたわけではない」と互いを鼓舞し合い、登山を続ける。
と、人類軍も鬨の声を挙げて下山を始めた。昨年よりは数が少ないので一気に下山するような事はなく、慎重に下り始めてはいるが、いかんせんろくな斥候も出していない。人類軍もゴブリンに負けず劣らず戦下手だ。
「ああ言う戦の場合は、まず、少人数で斥候、つまり偵察にでるべきだ。
「あのままでは互いに身構える間もない遭遇戦になる」
人数が多い人類軍が弛みきっているのがこちらからでも見て取れる。どうせ、昨年も圧勝だったとか言う事だろう。それでも人類軍から何人かの死者が出ているのだが、そういう事は全く思い至らないのだろう。どれほど少ない犠牲でも犠牲は犠牲だ。その犠牲に自分がなる事は全く考えていないのだろう。
連合軍の皆にいっておこう。
「これからみる戦いは双方が拙い戦だ。どちらにももっとよく戦い、犠牲を減らして倒す敵を増やす方法があるにもかかわらず、どちらもそれをしない。全く愚かな戦いだ」
「犠牲を恐れていては戦いなどできない!」
これも北の村のゴブリンだ。
「恐れるかどうかはどうでもいい。出さなくても済む犠牲をわざわざ出すような戦いはバカだとケイはいっている」
というのがグル。
「なんだと!」
といきり立って、こちらで喧嘩になりそうなので、
「作戦行動中の喧嘩は、双方を処刑するぞ。どちらが悪いか聞いている時間はないからな」
と脅しておく。
「自分の考えを持つのはいい事だが、作戦中は慎め」
開戦のきっかけは、人類の接近に耐えられなくなったゴブリン側からの弓射だった。とは言え、統制された攻撃ではないために射られた箭は途中で勢いを失い、先頭を切る味方ゴブリンの背に突きたった。
堪えきれずに上げた悲鳴に、人類軍が気付き、一斉に攻撃を始めるものの、こちらもパニックに陥ってまともな攻撃になっていない。歩兵達は斜面で突撃して足を滑らせ滑落し、這々の体でゴブリンの目の前にまろびでてうち取られる。ゴブリンはゴブリンで滑落してくる人類歩兵に真っ向から立ち向かい、そしてともに滑落していく。
人類軍の弓兵はこちらも慌てて味方の背中に箭を浴びせる。
ゴブリンに接敵した味方の援護をしようとした人類歩兵が、ゴブリンに突貫しようとすれば、誤って味方の背を突き通す。乱戦に陥れば、ゴブリンだか人類だか解らなくなり、斬り伏せたら味方。
谷間には人類とゴブリンの阿鼻叫喚が響き渡り、血の匂いが立ち籠めた。
ほとんどのゴブリンは戦の情景に魅入られていたが、グル、ガラッハのもの、それからコボルト村の犬人はこれを冷ややかに見ていた。
秋の襲撃でどれだけ損害を出さずに、犠牲を減らして戦う事が重要なのか、わかってもらえたのだろうか。
戦闘時間は結局30分もかからなかった。昼前に決着がつく。
ゴブリン達は当然のように全滅。全員が討ち死にして屍をさらしている。が、十倍の兵力を擁し、地形を利して圧倒的な戦が出来る筈だった人類軍はそれをかなえる事ができずに十人以上の死者に加えて、倍以上に達する負傷者を出していた。総てとはいわないが、ほとんどは同士討ちだ。
はためく隊旗が二,三減っているところをみると、どうやら隊長自身が討ち死にしてしまった隊があるようだ。これは酷い。
戦を終えて、負傷者の救護がはじまっている。
恐らく総指揮官は、作戦を継続するかどうか、判断を迫られているはずだ。
それならば、その後押しをしてやろう。
「よし、立て!槍を掲げて、声を上げろ」
私が率先して見本を示す。この声、人類軍に届け!
「ウォー!」
ゴブリン達が戸惑っている。
「何をしている。声を出せ!」
「おー」
「もっとだ!」
「「うぉー」」
「もっと!!」
「「「ウォー!!」」」
中にはやけになって盾と槍を打ち鳴らすものもいる。それでいい。
こちらの山頂からでも、人類軍に戦慄が走ったのが見えた。兵数は多いとは言え、かなりの兵が死亡、負傷している。そこへもって、先ほど戦い苦戦した数の数倍の援軍だ。まともな指揮官なら、ここで引くはずだ。谷まで降りて、わざわざ陣を不利にする事はない。我々が追撃するのならば、高地の有利をもって迎撃すれば、一方的に負ける事はないはずだ。人類軍の指揮官がそう判断してくれる事を願って、さらに声を張り上げる。
どうだ。退け。退いてくれ。
軍勢に挟まれたゴブリンの村からは、女や子供が顔を出し、双方を窺っている。
5分もすると指揮官達らしい一団が散り、全軍に撤退が指示されたようだ。そそくさといった風情で、負傷者死者を抱え上げ、箭を拾い、斜面を登っていく。可能ならば追撃をしておきたいところだが、今は未だ勝ち戦に乗って危機感を減ずるのは望ましくない。
撤退していく人類軍をみて北の村が調子に乗っているので、釘を刺して置かなくては。
「これであの村は男を失い、地上から消え去るのだ」
皆がハッと私の顔を見上げる。
「男手の居ない村は、どれぐらい続く?」
「運がよければ、二,三人は・・・」
「それは、村が続いているというのか?」
「い、いわない・・・」
山頂を越えていく人類軍を見つめながら、我々はすっかり消沈してしまった。
「くり返すが、私達が考えているのは生き残る事だ。一時の気分に任せてあたら命を散らすのは本意ではない」
「わかった」
「さて、そうは言っても私達の手伝いを必要とする者達が眼下にいる。彼らを放置していくわけにはいかない。いいな」
人類軍の旗が見えなくなった斜面をそういって、私は下り始めた。




