第百話 ライバル、再び人類軍の追跡をするのこと。
人類軍の動きはほぼ予想通り。まとめて渡河を行い、開拓村で編成を整えて行軍を開始する。昨年と異なるのはその規模のみ。
そして、まだようやく50人ほどの兵力が動員できるだけの私達には、奴等をなんとかする手段はない。グルの村の近くに越してきた村が最も襲撃される可能性が高い事は間違いないが、それとて確実な事ではない。奴等の索敵次第ではどうなるものか。
縦列で行軍してくる。やはり昨年同様に道を通ってくる。軍隊の移動にしか使われないというのは、なんとも因果な道だ。道らしいと言えばその通りなのだけれども。
また、昨年泊まった村の跡に駐屯するのだろう。彼所ならそれなりに広さがある上に、小川もあり、泊まりやすいのはたしかだ。私達も使いたいのは山々だったが、その程度の事でこちらの兵力を削りたくはない。私達の駐屯地は奴らを監視していた丘の麓を少し伐り拓いた。
奴らに発見される恐れはあるが、そこまで気にしていたら何もできない。
みれば斥候が小忠実に先行している。
ふむ。
こちら側にも来る可能性は有り、発見されるというのも面白くない。かといって下手な襲撃をしたら元の木阿弥。
あまり大規模なものは半日という時間では無理だが、簡単なものなら可能だろう。
奴等が間抜けだといいのだが。いや、私達の方に来たりしないぐらいには賢い方がいい。私達の方に来るほどには間抜けで、突破するほどに賢いと最悪だが。
陽のある内には準備を終え、僅かな歩哨を残して監視一日目を終える。新南の村には伝令を飛ばして警告を行ったが、どうも村の反応は芳しくない。あれだけ警告したにもかかわらず、まともに取り合おうとはしないようだ。
全く。
翌日は奴等よりも早く行動を開始する。まだ薄暗いうちに全員起き出して荷物を整え、洗顔もそこそこに出立する。大多数は草むらに紛れて北上し、新南の村を目指す。
私の一番隊のみ二手に分け、分隊にし、人類軍を東西から挟む。
私達が草むらに潜んですぐに日の出と共に人類軍が起き出す。百人からの兵士たちがガヤガヤと起き出し、だらだらと身支度をしていく。或る程度の兵力が期待できるようになったら、この機会に襲撃をするのもよろしかろう。
いや、もちろん今年はしない。ここには奴らは百人ほどしかいないが、あの城の中にはこの何倍もの兵力がある。少なくともこの5倍から6倍。今は未だ相討ち覚悟で襲撃していい時ではない。
それにしても近くで見る人類軍のだらけぶりよ。無駄口、無駄な動きがあまりにも目立つ。
新兵訓練だからと言えばそれまでだが。
だらだらと進軍し、昼前には南の山裾に着く。新南の村へはこれとあともう一山。
とは言え今年は昨年のほぼ1/3。昨年のように山を覆わんばかりの進軍は望めず、全軍を何隊かにわけ、登りやすそうな道を選んで登っていく。昨年が砂糖に群がるアリのようだったなら、今年はキリギリスの死体を運ぶアリの行列のようだ。
恒例行事のように何人かの怪我人が出ているが、中には私達がわざと斜めに切った茅の切り株を踏み抜くものもいる。今年は昼を少し過ぎ、日が傾き始めた頃に山頂に達した。山頂で少し停止したのは、このまま下山し、山腹で日没を迎える事を警戒したからだろう。早い内からどうやらキャンプの支度を始めたようだ。
昨年よりも新兵が少ないのなら練度は上がりそうなものだが、そんな事はないのだろうか。連絡では新南の村ではまだ対応を決めかねているようだ。苛立つ事に今年は人類もゴブリンものんびりさんのようだ。兵士に気付かれる事の無いように心の中だけで舌打ちをする。
三日目は下山からはじまり、再び山を登る。ここを登り切れば新南の村はもう眼下だ。とはいえ山頂に達したのはもう日没間近になってからだった。このまま下山突撃をしたら面白かったのだろうが、其程莫迦では無い。
もう猶予がないので、私達は東西の隊で連絡を取り合い、新南の村へと顔を出す。
村はこの大軍とも呼べないような武装集団を迎えて大騒ぎになるが、まあ、恐らく襲撃は明朝だろうから、直前の演習が出来たと思って喜んでおこう。
村長に尋ねるが、結局村は放棄しないで立ち向かう事に決めたようだ。わかった、それはそれで尊重しよう。
とは言え、くりかえしになるが戦えない女子供はどうするのだろうか。今なら私達が脱出を手伝えるのだが。
その申し出には激しく反応されてしまった。それはそうだろう、女子供と言えば、男どもが死んだ後でも来年再来年、村が続けられるいわば保険。男どもが我々を警戒するなら、易々と同行を申し出られる女子供も居ないだろう。たとえいたとしても男どもが許すまい。
斯くして私達はのこのこ尻尾を巻いて裏の山に登る事になった。この山頂での朝を迎えるのは昨年に続いて二度目になるのか。
まるでこの山は滅びの山だ。滅び行くゴブリンの村を見守る山。
全く。うららかな春の陽気が却って呪わしい。足下の怪しい宵の山道を気をつけながら登っていく。この谷底にいたら私達も命が怪しい。対面する山頂にともる人類軍の灯りをみながら、私達も寝床についた。




