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欲しい時が買い時。って言うけど買って後悔するときも結構ある。

『悠、いいかい。ばぁちゃんはね。怖い思いをさせたくて見せた訳じゃないんだよ。食べ物にちゃんと感謝をして欲しいから、そうしたんだ。』


小学4年の時に連れていって貰ったばぁちゃんの家で鶏のとちくを見て、怖くなって小屋に逃げ込んでしまった俺を、ばぁちゃんはそう言って慰めてくれた思い出がある。今になってしまえばすごくありがたい経験をさせて貰ったし、そのお陰で鶏のとちく法も覚えることが出来た。


「ユウ!おい!現実逃避しないでくれ!」


ノッチが心配そうに俺の肩を揺すってくる。

……なぁ、ばぁちゃん。


俺の前にいる、あれも、


鶏と、食べ物と認識するだけの勇気を下さい。




「オッケェ。落ち着いた。」

「……もう平気か?」

「ああ。」


危なかった。頭の中でばぁちゃんが『あれは鶏じゃないよ。』と笑って匙を投げた時はどうしようかと思ったけれど、記憶を総動員してモンスターをハントする有名ゲームに出てくる某先生と呼ばれる存在と、目の前のニワトリをコンタクトさせることで精神を保てた。


「しかし……あれがニワトリか。」


想像以上の存在に思わず怯む。バジリスクの時はまだ化け物感が凄かったから、それと認識するのも容易だったけど目の前のニワトリはなまじ似ている分余計にタチが悪い。

とりあえず落ち着くため、腰のバックから水筒を取り出して飲もうとしたら


「ユウ。それ、中身なんだ?」


ノッチから待ったがかかった。


「これか?確か……」


蓋にかけた手を止めて思い出す作業に入る。今日は確か側近が用意したもので、持って出てくる前に、やたら『今回の中身は自信作ですよ!』とプッシュしてくるから、不信感と共に中身を確認して……


「……コンソメスープ。」

「……予想を遥かに飛び越えてくるな。」


ノッチの慈悲に満ちた視線を見て、向こうは向こうで日々の生活で何かあるんだろう…、そう思った。


「まぁ、なんにせよニワトリは鼻も効く。水以外は狩られるぞ。」

「鼻…」


あの鳥顔でそんなバカな。と思ったけれどしっかりと閉じていた目まで開けて俺達をガン見しているニワトリ。

そうだった。常識は捨てねば。


「ニワトリが飛びかかってくるのはあの巣、原っぱだな。そこに入ったら敵意あり、と感じるらしく全力で襲いかかってくる。……ちょうどあんな感じだ。」


原っぱのラインに入らないように指差した先では哀れな1匹のリスがぴょん。と無邪気にその敷地に立ち入ってしまった。

その瞬間、俺達をガン見していたニワトリはグルッ!と首を回して自分よりもはるかに小さなリスをロックオンすると、入ってはいけないところに自分がいることに今になって気づき、反転して森に帰ろうとしたリスを自慢のくちばしでひと突き。

ドズン!と重苦しい一撃を思わせる地響きと狭めの池位のクレーターを残し、リスは跡形も無くなった。


「「………」」


俺達が今黙っているのはその光景のせいではない。

そのあと、何故かニワトリがこちらを親の仇みたいな憎しみやらがたっぷりのった視線で睨んできているから。


「ノッチ。もしかしなくても、さ。」

「何だ?」


互いにジリジリと後ろに下がりながらノッチに確認しておきたいことを尋ねる。


「あのリスなんだけど。あれさ。俺達があの鳥公の巣にけしかけたとか思ってるよな。」

「ああ。そうだろうな。その証拠にさっきから無関係な俺達から視線を一切離してくださらないし。」


そうか。良かった。ジリジリと下がっているのに何故か響く地響きと共に鳥公との距離が離れないわけだ。そっかそっか。





「「逃げろぉぉぉおぉぉ!!」」





なりふり構わず罠の方向に猛ダッシュ。

後ろから森全体を揺るがすようなニワトリの鳴き声が轟き、その直後テンポ良く響く地響きとバサバサと羽ばたく音。

間違いない。狙われてる。


「ちょ、はえぇ!アイツ、意外とはえぇ!」

「ユウ!もう、ここで迎撃してくれ!あの……変化で!」


俺は足を狼化させ、ノッチは恐らく能力で脚力を上げて走りながら打開策を打ち出す。


「ノッチ!1個、重要なことがあるんだ!」

「何だ!いいぞ!何でも言ってくれ!」

「実はな!あの、龍化!─」


ノッチに聞こえるように息を吸い込んで、

テストしていたとき、偶然出来た変化態で色々と試してみた時、どうしても出来なかった、戦闘の弱点。


「─走れないんだ!」


「致命的だな!!」


ノッチのキレイなツッコミが森に響いたのが気にくわなかったのか、それともエモノの分際で漫才しているのが気にくわなかったのか、ギャロロロロロ!!と鶏らしからぬ鳴き声をあげると、予想外の鳴き声に不意をつかれ、体勢を崩した俺目掛けてリスをオーバーキルしたクチバシが振り下ろされた。


「くっそ!」


足だけに留めていた狼化を一気に全身に巡らせ、崩れた姿勢から宙を蹴ってかわす。

投げ出される体になった体を捻って着地と同時にニワトリに肉薄。すれ違い様に鋭い爪で眼球を狙って引っ掻くも、分厚い瞼に阻まれる。


「簡単にはいかねぇか…」


走り抜けて振り替えると怒りに燃えるニワトリの6つ目がしっかりと俺を見ている。


「ノッチ!ここで仕留めよう!仕掛けまでおびき寄せんのは無理だ!俺が注意を引くから一発で首ちょんぱにしてくれ!」


久しぶりに着けてきていた手甲をはがしながらノッチに声をかけると


「……!それはいいが、時間がかかる!」


向こうもよく響く声で返してくれた。


「どのくらいかかる?」

「最短で2分!」


言葉でも分かるのか、そんな時間は与えない。とばかりに咆哮をあげて俺に突進してくるニワトリ。


「分かった!」


短く答えて、俺も肉薄。互いに全力で走った為、その距離も瞬間的に縮んでニワトリのクチバシの射程内に入ってしまった。

ふっ。と短く息を吐いて迫り来るクチバシを飛び越える様に跳躍。俺の下でクレーターを作り出したニワトリの首に着地。

一発いれてやろうか。と腕を引き絞るけれど、足場がガクン!と急激に沈みこむ。


「撥ね飛ばす気かよ……!」


どうやら巨大な首をたわませて俺を宙に打ち上げ、落ちてきたところでトドメを指す気らしい。勝利を確信したのかグルル…と低いタメが混じった喉の鳴りが裏付けてくる。


「……でも、お前そこから俺が何しようとしてるか、は見えないだろ?」


呟いてから、最近活躍の機会が減ってしまった足に装備している大ぶりのナイフの1本を1枚1枚が卓袱台くらいの大きさの羽毛に覆われた首に深く突き刺す。

想定外だった自分に比べ、極小の存在からのダメージにギャロロロロ!と動揺の混じった咆哮を振り払う様にしっぽの方に猛ダッシュ。

直後、ドン!と低い音と共に数瞬まで俺がいた場所が勢いよく持ち上がった。


「…!脱臼したんじゃねぇか?!」


後ろ目に根本まで突き刺してきた俺のナイフが宙高く突き上げられているのを見て、背筋が凍ったけれど構わずに加速。

首に生えていた羽毛とは比べ物にならないほど1枚がデカイ尾羽を踏み切って宙に、


「おっと。」


飛び出るのを、立派な尾羽の根本を掴んで急ブレーキ。ボッ!とその空間にあった空気ごと吹き飛ばす勢いの蹴りをニワトリの上でやり過ごす。


「失礼。」


ただ降りるのも忍びなかったので、ニワトリの背中、いや場所的には尻を数回タップしてからご立派な尾羽の1枚を引っこ抜かせて頂く。

ギャオオオ!と悲痛な叫びをあげ、振り落とそうと暴れるニワトリの背中から素早く降りて、ノッチがいる方向を確認して、ニワトリが俺を正面に捉えた時に、ノッチがニワトリの横をすぐ取れる場所に痛みに暴れるニワトリの視界に入りながら、わざとらしく歩いて移動。

1分ほど暴れて満足したのか、6つの目でしっかりと俺を見据え、口を薄く開け、完全にヤル気満々のニワトリさん。

どうやって無効化しようかと考えていると、少し懐かしい感覚。

バフォメット、ブレグマと戦った時に感じた時にもあった。

あの体の内側から溢れてくるような

高揚感やら、とにかく敵を、いや


─目の前の動く全てを、捩じ伏せてしまいたいと強く思う。


「…来いよ。」


肩幅に立って手招き。

怒り心頭、首のナイフが刺さっていたところから流れる血をその場に置き去る勢いで突進してくる。


狼化したまま、なるべく体の力を抜いて待ち構える。射程に入る前の一瞬でステップを踏み右腕を引き絞る。

一息の加速に体の内側から溢れてくる何かを出来るだけ右腕に集中。

狼化状態の腕に生えてくる毛皮が洗練されていき、強固な鱗で右腕が覆われる。


「右腕だけか……よ!」


咆哮と共に迫り来るクチバシに向けてこちらも負けじと叫びをあげ、渾身の右の掌打。

バギィィン!と金属を勢いよく打ち鳴らしたような音。ニワトリは自慢の口先が粉々になった破片を宙に撒きつつ、

俺はゆっくりと狼化のふさふさした腕に右を戻しつつ、大きく後ろに吹き飛んだ。


「あ、っつうう…!」


体格差から仕方ないのだけれど吹き飛ばされ、地面に背中から着地。

直後に右腕全体に熱を持った激しい痛みが襲ってきて、思わずその場に蹲る。

痛む右腕を左手で擦って傷を確かめると、傷自体はなくあくまで内側の損傷らしい。


「にしても……これは反動デカすぎだろ…!」


一発撃ったら行動不能…とは行かないけれど走ったら激しく響くほどの痛みに顔をしかめながら立ち上がると、ズン!と巨大な何かが地面を踏みしめた。

音の方向に顔を向けると砕け、跡形もなくなったクチバシから大量の血を流し、先程の激突の衝撃のせいだろう、クチバシに近い方の目が3つほど潰れていながらも、森の王者らしく、俺を見据え立つニワトリがいた。


「……今なら俺も殺せっかもな。」


ハハッ。と自嘲気味に笑ってみせると、こちらに死力をふり絞った突撃をしてくるニワトリ。


「でもな。ここにいるのは俺だけじゃねぇんだよ。」


ニワトリがその意味を察するよりもわずかに早く、


「─ぉぉおおらあああ!」


その下からノッチが振るった大剣がその意識ごと首を斬り飛ばした。




─真正面に、まだ俺がいるのに。










「……ただいま。」

「おかえりなさい。ご主j……」

「どした。」

「大きなトマトでも潰したんですか?全身真っ赤っかで……。イメチェンですか!」

「……ティリア。」

「うい。」

「……鉄臭いだろ?」

「うい!……それよりもその鉄臭さの根源の大きな麻袋が気になりますよ。」

「ああ─」

担ぎ直して、思う。

「──ティリア。」

「うい?」




「後になってから、やらないほうが良かった。って思うとき、あるよな?」



少なくとも、俺は今猛烈に後悔している

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