イメージ…というか第一印象って大事。
外れの森─
俺がこっちに来て最初にいた場所であり、ノッチと初めて出会った場所でもあり、そしてウルフを蹴り殺した懐かしい場所でもある。
名前の由来はどうやら探索するのが割に合わないから。らしく、だから外れの森。
そのなかで最強の存在でもある鳥類。
その中でも頂点の、ニワトリを狩り獲るため、ノッチと昼過ぎの森にいる。
「さて…こんなものか。」
街で買ってきた滑りを良くする油が入っていた缶を空にして一息つく。
ノッチと一生懸命塗りたくった物を見下ろして改めてその巨大さに舌を巻く。
「…にしても、デケェな。」
「国王が討伐の時に設置したものなんだけどな。錆びをとって油を噴けば昔みたいに動作するだろ。」
直径4メートルほどの大きさのそれの内側にいたノッチが、うっかり仕掛けを踏んで作動させないように慎重に跨いで
超巨大トラバサミの外側に出てきた。
「これで行けんのか?」
「ああ、昔はこれを使ったらしい。」
自信たっぷりにノッチはこの先の獣道を指差し、
「作戦としてはシンプルなんだけどな。あっちにある開けた原っぱに陣取っているニワトリを挑発して、こっちまで誘導。そんでもってここで中心にある鉄板を踏んだ途端、バチン!……んで、あとは転んだところを。」
「ノッチが大剣で首を落として終わり、と。」
「そういうことだな。」
作戦としてはシンプル。
いくつか気がかりはあるけれども。
まぁ、コケコッコー。とかけてきたニワトリをこの過剰なトラバサミで獲るということは、きっとバサバサ羽ばたきながらあの小枝みたいな足で走るニワトリの羽を挟むんだろう。その時点でかなりデカイが所詮ただのニワトリ。クチバシの一発を警戒しておけばなんの問題もない。トウモロコシでも撒いておこうか。
「体に生肉とか巻かなくていいのか。」
「ああ……あんまり意味はないな。」
冗談のつもりで笑いながら言った俺のジョークに真剣な顔で答えるノッチ。
「嘘だよ。トウモロコシでも撒いときゃいいだろ。ニワトリだし。」
「は?ユウ。ニワトリだぞ?」
「ああ…コケコッコー。だろ?」
「「…………」」
「……ユウ。」
「待った。俺が悪かった。」
そうだ。ここは俺が高校生だったところとは違う。ここのニワトリは空の覇者。
帰りがけにコンビニに寄ったらワンコインでカラッと揚げられたニワトリとは別物なんだ。
「ちょっと時間もらっていいか?」
深呼吸して俺の中のニワトリのイメージを塗り替えていく。
ここに来たての時のあのあり得なかったアヒルを思い出せ。
あれよりも強く、俺の側近並みに常識が通じず、金髪アホよりもタチが悪い、
悪鬼羅刹の鳥。
「……よし。オッケ。」
「大丈夫か?」
「問題ない。これでもう俺は何が来ても驚かんぜ。」
心配そうなノッチにサムズアップして大丈夫アピール。その間も頭の中で幼稚園児の描いたみたいな『ぼくがかんがえたさいきょうのとり』のイメージは絶対に崩さない。
「それにしても、どうやってあそこまで連れていくんだ?」
超巨大トラバサミから離れ、ニワトリをそこまで誘導するために、森を倒木や枝を避けて奥に移動していく。
「ああ、ニワトリは森の覇者だからな。基本、縄張りに入った動くもの全てを狩り、喰らうからそれは気にしないでいいんだ。」
道を塞ぐように倒れる倒木をヒョイ。と軽く跨いで越えたノッチは俺の方を向いて
「だから、大事なのは少しでも身軽にすることだな。」
「なるほどな……それで、ノッチが向こうのトラバサミで待機して、俺がダッシュであそこまで誘導して……の分断作戦か。」
ノッチが跨いだ少し大きめの倒木をか軽くジャンプしてかわし、木々が濃くなっていく森の奥地を目指す。
「あ、そうだ。他に情報ってあるか?ニワトリの。」
「あ、そうか……まず大事なのが、バジリスクとは同じと思っちゃダメだ。比べ物にならないからな。そして一番危ないのが、飛翔からの降下攻撃だけど…まぁ森だからな。飛べはしない。だからクチバシと…踏みつけか。踏みつけが意外と危険度が高い。」
「へぇ…」
攻撃方法としては鳥のそれ、ってことか…と、一人頭の中で化け物鳥の攻撃パターンを、大雑把に刻んでおく。
「パワーがどうかなんだよな…」
「パワーは…スゴいだろうけれど、ユウは新しいアレがあるだろ?」
ノッチがニヤニヤしながら自分の首をツンツンとつついてこっちを見てくる。多分俺の能力…それも新しい変化態の龍化。
「あー…あれな。実はなんかあれからやってみてもいまいち安定しないんだよ……」
実はリバ川の戦いから帰還したあとしばらくしてから、あの変化態の性能チェックを兼ねて側近立ち会いの元、何度か変化を試みたけれど、何故か狼化にしかならなかった。
たまに短い羽が数本生えたりしたり、狼化の一部が鱗になったりしたことはあったけれど、所詮それで止まってしまう。
結果としてあの変化態─龍化はあの時以外出来ていない。
「体力が足りなかったとかか?」
「いや、体調が万全になってからやったからそれはないと思う…」
「「うーーん。」」
「ノッチはどんな感じなんだ?全身強化だっけ。」
「え。あー…なんと言うか。」
仕組み的にはノッチのそれが仲間うちでは一番近いはず。ノッチは首を捻ったりしてしばらく考え…
「……すまん。」
手をあげてギブアップ。
「分かんないか……」
「分かんない。というか、気づいたら出来てる感じだな。最初こそ戸惑うけど慣れたら自然と出来てる感じだから。」
「食事の時のナイフとフォークの使い方を覚える感じか。」
「そうだな。」
ここの住人のイメージがそれだとしたら俺は例えるなら、算数しか知らない子供がセンター試験の問題に挑むのに近いか。
「前途多難だな……」
「それよりも、ユウ。」
これからどうやって覚えていくか考えているとノッチが前の繁みに身を隠し、手招きで俺を呼ぶ。
「いたぞ。」
繁みに俺も同じように身を隠してから、ノッチが指差した方向を覗き込む。
ニワトリを横から伺う形になったけれど、多くの情報を得ようと目を凝らす。
大きさにしてバレーボールのコート位か、開けた原っぱのど真ん中、羽を畳み、目を閉じて堂々たる様子で地に臥しているその姿は、
まずバカみたいにデカイ。原っぱいっぱい、つまりバレーボールのコート位のそこに無理矢理その巨体を押し込んでいる。
目、といったけれど閉じているのはあくまでもしゃがんでいるここから見える1個だけ。他の二つはパッチリと空いてる。グロい配色の紫に近い色の目をグリグリと動かして自分の回りを警戒している。
その他のパーツ、体や翼、トレードマークの頭のトサカは俺が知ってるニワトリと一緒だからアレをニワトリと認めたくない俺の頭を混乱させてくる。
「……どうした?ユウ。」
「ノッチ。」
とりあえずサラッと確認しての第一印象を、ふっ。とニヒルに笑ってから答える。
「俺が知ってるのと大分違う。」




