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手羽先、むね肉、モモ肉……


見慣れた町並みを歩いてギルドからの帰り道。昼頃、絶好のランチタイムといっても過言ではない時間帯に食堂に男の二人組。


「考えてみたらノッチとコンビで仕事行ったの初か?」

「そういえばそうだったな…必ずどっちかに誰かがついてきてたし。」


こっちに来てからの親友との初のコンビで仕事を終え、報告も終わりせっかくだし何か食いにいくか。と自然な運びで食堂に向かいそのまま食事中。


「それにしても何で今日はティリアはいないんだ?いっつもご主人あるところに私あり!とか言いつつ背中にくっついてたけど。」

「昨日は夜、何が楽しかったのかメッチャはしゃいでたから遊び疲れて寝てる。」


ノッチが牛肉のステーキをつつきながら聞いてきたので、俺も頼んでいた魚をつまんで返す。ちなみに今日の目玉メニューは豚肉を煮込んだ何かだった。


「……ユウ。」

「何だよ。」


俺の様子が気になったらしくノッチがフォークを置いて


「何かが気になっているんだな?」


「……分かるか。」

「一番付き合いが長いしな。それに、多分俺だけが他の世界から来たっていうのを本気で信じてる。」


余計な心配をさせてしまっていた気恥ずかしさから俯く俺をまっすぐに見て言葉をかけてくれるノッチ。


「……力になれないかも知れないかもしれない。けど言ってくれ。」


ここまで真剣に心配してくれている親友を裏切る訳にはいかない─

俺もフォークを置いて、手を組み、ゲンドウポーズでゆっくりと一番気になってることを切り出す。





「ノッチ……いや、ここの世界の人間は俺の問いに対して多くが笑い、少数は否定するだろう。けど!今はどうしても気になるんだ。」


思えば前回、ソースを作った時…いや、もっと前ここに来たときからの違和感。最初は気にも止めず、徐々に不信に。ソースが完成してからそれは俺の中で明らかな疑問となって渦巻いている。


「答えてくれ。ノッチ。」


深く息を吸い込んで、言い放つ。





「─ここの人達は、鶏肉って食わないのか?」

ずっと溜まっていた疑問を吐き出した。







吐き出した言葉に対してのノッチの反応は少し予想外だった。目を閉じ、腕を組み眉間にシワを目一杯寄せて生徒からの答えのない問いに必死に答を探る良き教師のように悩んでいる。


一番最初に気になったのはここの世界に来てから。今来ているコートのデザインを書いて、それを着てここでウルフそばを啜り、にっくき金髪アホに汁をぶちまけられた時。メニューを見ても狼肉や豚肉、牛肉を始めとしてどうやら家畜としても価値があるらしいウサギなどの中に俺が一番好きな鶏肉がない。と気付いたあの時。

メニューには一番大きく

『激レア!ショックカエルステーキ!』というゲテモノ一直線のものまであったのに鶏肉がないのか。と思っていたわけだが、それからここで食事を重ね自分でも買って作ったこの4ヶ月。


ただの一回も鶏肉の存在を見ていない。


「…ノッチ?」

「ああ……ううん。何て言ったらいいか…?」


生真面目なノッチは俺にしっかり答えるために必死に考えてくれている。


「お?珍しいなユウ。妻と愛人はどうした?」

「そっちこそ久しぶりだなアニエスとティリアがいないとそこまで口がスラスラ回るものなんだなアルドぉ……」

後ろから声がかけられたかと思えば、ゴシップ大好き、最近ではコンビのドロイと情報屋を始めるのではないかと専らの噂のアルドが立っていた。


「アルド。珍しいな。」

「おうノッチ。今仕事から戻ってきたところでな?ドロイはまた別の仕事だ。」


誰も進めていないのに自然な流れで空いている椅子に座り、自分の注文していたハンバーガーにかぶりつきながら話の輪に入ってくるアルド。何度見てもこのテクニックは中々のものだ。この前はこのスキルを使ってアニエスがブロッコリーが喰えないことを掴んできてもらった。


「アルド。お前にもとりあえず聞くが、ここで鶏肉って食わないのか?見たことないんだが。」


ためしに聞いてみたところ、アルドも完全に驚いた様子で口に持ってきていたハンバーガーを、食べることなく置いてノッチと数回視線を合わせるとノッチと同じように考え始めた。聞いちゃいけないことだったか…と質問を取り消そうとした瞬間、


「食わない訳じゃないんだが……」


と、ノッチが絞り出すように呟いた。


「不味いのか?例えば…とてもじゃないけど、喰えたもんじゃない……ゴブリンの肉みたいな。」


「いやいや!旨いぞ!あれは先にも後にも感動的な味だった!……うん。」

「……アルド、食ったことないのか?」

「いや、食ったことはあるんだけど……何分ガキの頃、一回だけだし…」


いまいち要領を得ない答。味に対してはテンションをあげて情熱的と言ってもいいほどの勢いだったのに、食った経験を聞かれると曖昧になる。


「ユウの言い回しを借りるなら…

『食う文化もある。ただ喰えない。』

ってところだな。」

「おお。ノッチそれだそれ。」


俺の真似なのかキリッと表情をつくってまとめるノッチ。


「上級階級じゃないと喰えないのか?」

「そんなの法都バルティスの法じゃあるまいし。アキュリスではそれはないさ。」

「……へぇ…。」


確か、マルデキカクガイが喰えるとこだったけ…と、どうでもいいことを思いだし先を急かす。


「ええと…つまり、強すぎる。とかそんな感じか?」

「お。流石ユウ。その通り。化け物みたいな風貌にぴったりな強さ。それが捕まえられない理由なんだ。」


鳥が強すぎる…ね。と吐き捨てようとしたけれど、でもそれじゃないと捕まえて向こうの世界ほどではないけれど品種改良をして一般食卓に並ぶはずだ。と納得して皿に残っていた最後の一口を口に入れる。


「確かユウは外れの森でアヒルにあったんだっけ?」

「ん。……ああ。」

「アヒルにあってか?…運が良かったんだなユウ……。」


こっちに来たばかりの時、空中を逃げ回る鷹を機動力で完封し、生きたまま空中で食い漁るアヒルには戦慄したものだ。

まぁ、バジリスクなんて見ちゃったからそのインパクトも薄れたけど。


「それらの頂点に君臨するのが、今まさに外れの森に来ている、ニワトリだ。」

「…ニワトリ?」


頭の中を向こうでもよく見た(といっても田舎の祖父母の家でだけれど)あのコケコッコーが歩いていく、とてもじゃないけれど強いといえない姿。


「そう。ニワトリ、だ。」

「ええっと…こんな感じの……コケコッコー?」

「それは卵鵜だろ?俺らが食べる卵を産む。ニワトリは…化け物だ。」

「化け物って…」

「まぁ聞け。ユウ。ノッチに代わって俺がわかりやすく教えてしんぜよう。」


アルドが手を広げて俺らの注意を集めると語りだした。


「そもそもニワトリをこの国で食べれたのは二人のおっさんのお陰なんだ。」

「おっさん……」

「まず、俺らが生まれる前…もっと言っちまうとこの国が出来るきっかけになった出来事を打ち立てたおっさん…ここらの土地は昔から鳥類が多くて村なんて建てようものなら、あっという間に蓄えた蓄財から食い尽くされてとてもじゃないけど、村なんて考えられなかったらしい。」

「どんだけつえぇんだよ。」

「しかし、その時降臨していたニワトリを死闘の末退治し、怯み、姿を消した鳥類を牽制しつつ、ここに立派な国を作った…


それがここの国王。アルファード・アキュリス国王だ。」


国の成り立ちが鳥の討伐で決まってしまうこの世界にかなりの違和感を感じてしまうのは仕方ないだろう。


「しかもその際、討伐したニワトリの肉をバルティスに献上したことで国としての地位を確立させた偉人だ。」

「おっさん呼ばわりしてたじゃねぇか。」


何故国王をおっさん呼ばわりしても平気なのか、と思ってノッチを見ても、うんうん。と感慨深そうに頷いているから話は事実なんだろう。


「…で?もう一人は?」

「……勇者だな。」

「は?」

「ニワトリに関わった人間は皆すげぇけど、国王のおっさんが偉人なら、あのおっさんは勇者だ。」


心から『ならおっさん呼ばわり、やめねぇ?』とつっこみたいけど止めとこう。


「勇者…ブレイブリー伯爵はウルフ狩りが趣味の官僚だったんだけどな。」

「……持ってった槍でつき殺したのか?」

「ユウ…ニワトリとサシで勝てたらもう人間じゃねぇって。違ってな。ある日、開けた原っぱにあるものを見つけ、それを持ち帰った……」


「…まさか。」

原っぱに見つけた、と言うことは少なくとも本体ではないだろう。持ち帰った。と言っていたことから運べる鳥関係の何か……

「ああ、それがニワトリの卵だった。」


「持ち帰ることすら危険きわまりない…しかし反対意見が吹き荒れる議会の中、涙ながらに『我々と同じように、鳥類とも分かり会えるはずだ!』と叫んだ、あの気迫には……その時一介の兵士だった俺も感動した……!」


どうしよう。どこからつっこめばいいんだ。こんな時、側近がいたら適当に顎でもゴロゴロして遊ぶことで気をまぎらわすことが出来るのに。


「俺もノッチと同じ様にその時兵士をやっていてな。運ばれた卵が二つとも孵った時は国中ひっくり返したように大騒ぎしたもんだ。そして、ブレイブリー伯爵が折角だから。と内1羽を用意していた巨大なギロチンで首を落とし、その肉を国中に振る舞った。」

「やってること矛盾してんじゃねぇか。何が分かり会えるだ。殺っちまってんじゃねぇか……!」


懐かしい思い出を振り替えるように目を細める二人を今、思いっきりどつきたい。


「しかし……式典が終わり、国外れにあった伯爵の邸宅に雛を運び終えた時、森から突如、怒り狂った親鳥が襲ってきた…!」

「まぁ……当然だな。」

「同行していた国軍も全く歯が立たず、一夜にその広大な邸宅、庭園、飼育していく予定だったあまりにも巨大な鋼鉄の檻を破壊しつくした親鳥は、2メートルはあろうかという雛をくわえ、飛び立っていった……」


……まぁそうなるな。

ツッコミを噛み砕き、それを口に出さないように水を飲み干す。


「一夜にして何もかもを破壊していったニワトリをまた不用意に刺激しないように、国は不用意な討伐を禁じ、ブレイブリー伯爵は更地になった自らの領地を今……」


喋り続け、渇いた喉を残り一口になったハンバーガーとドリンクで潤し、


「立派なキャベツ畑にして元気に農業をしている。」


アホな原因で全てをフイにしたおっさんのその後を心配した自分を殴り飛ばしたい。


「まとめちまうと……ここで鶏肉が喰えないのは、その異常な強さ。ってことだ。」


アルドはそういうと立ち上がり、食器を戻しにいった。


しかし…強いのか……


「なぁ…ノッチ。」

「なんだ?」








「確かに……旨かったんだよな。」





「……!まさか、ユウ。」

「そうだよ。やってやろうじゃねぇか。」


たかが鳥1羽。ビビることはない。

そうだ。バジリスクなんて鳥擬きだって狼化で充分殺れた。

ノッチの戦闘力はリバ川の戦いでもシスティを守りながら戦い抜き、本気ではなかったとはいえブレグマと渡り合っている。

それに俺にも…もうひとつ変化がある。


「やってやろう。俺らならいける。」

「……そうだな。やるか!」


頷きあってから身支度はその前の仕事で完璧に整っているから、勢いよく飛び出した。



……この時、俺は、

この世界が俺が元いた世界とは

まるで違うことを、

すっかり忘れていたんだ。






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