趣味と仕事は紙一重
時は満ちた。
この時の為に遮二無二に働いてお金を貯めた。
今なら、器材も、材料も、時間も、
そして一番必要な技術もある。
いざ。
「ティリア。」
昼過ぎの心地よい陽気を目一杯楽しむ為にコロコロと床を転がっている側近を呼ぶ。
「うい?」
俺が座るテーブルまで緩慢な動きで歩いてきてから、テーブルにポテッ。と落下し、
だらけ始める側近。
いつもならここでチョップの一発もかますのだけれど今はいい。
ゲンドウポーズをしてから厳かに
「……プロジェクトSを発令する。」
途端に側近が背筋を伸ばして真面目な顔つきに。最初からそうしていなさい。と怒る必要も今はない。
「……いよいよ、ですか。」
ゴクリ…と生唾をのみ、来る衝撃に耐えるかの如く表情が険しくなる側近のリアクションに満足して、続きを語る。
「ああ、もう完璧に思い出した。ここに来たての頃はそんなこと、する時間も余裕もなかったが…もう限界だ。」
「私もご主人からその存在を聞かされてから今まで、ご主人成分の摂取が捗りませんでしたよ……!」
「ああ、だから最近スキンシップが激しかったんだな。」
起き抜けにいきなりシャツを剥がされた時はどうしようかと思ってパニクった結果、やや狼化したのはいい経験になった。
「では、ティリア。今からこのメモに書いてあるものを買ってくるんだ。」
「……ご主人は?」
メモを受け取り、大事そうに左の袖口に落とし込んで側近が訪ねてくる。
「決まってるだろ?」
「始めるんだよ。」
全ては、昔に置いてきてしまった、あれを再生させるため。
「で。どういうことかしら?」
イライラが止まらない。
机をタンタン…と叩いても何も変わらないのは分かっているけれど、それでもやらずにはいられない。
「何でユウが来てないのよ。ここ暫く。」
そう。ここ暫く仕事はおろか、ギルドに顔すら出していない。いや出しはしたけれど、いきなり扉を開けるなり、
「俺は今から作業に入る…暫くここには来れない。」と言い残してから、2日間本当に今までの勤勉が嘘だったかのように来ない。
「来ないって言ったからじゃないか?」
「それですねー。」
のほほんと言うノッチとシスティを睨めつけて黙らせる。
「……じゃあ見てこようか?ユウが何してんのか。」
ノッチがため息まじりに提案してきた。確かに私と同じくらい親しい間柄だし、しかもノッチも男だから多少のアクシデントなら対処できるはず……
「浮かない顔をしているな。」
「浮かなくはないわよ。というかヘンリはどうしたのよ。」
「アイツは今隣国で手当たり次第に貴族階級の女性に口説き回ったと情報が入ってな。うちのメンバーが捕らえ、尋問中だ。」
「……何してんのよ。」
「さぁな。」
グラスを傾けて喉を潤してからファルクはさらに続けてくる。
「自分から行動を起こした方が良いことだってあるぞ。経験者からの忠告だ。」
「…あんまり歳変わんないでしょうが。」
やけに重い一言を言い終わってまたグラスを傾けるファルク。なんというか今の一言は意味がありげだけど…深く聞くのは止めておこう。
「で?どうするんだ?突撃するのか?」
「心なしか楽しそうに言うんじゃないわ……もしかしてゴシップ好き?」
「……」
やっちまった。という表情をしてから誤魔化すようにグラスを傾けるファルク。
中身が空なのはスルーしておこう。
「あ、戻ってきた。」
そうこうしているうちにノッチとシスティが帰ってきた。そのまま真っ直ぐ歩いてこちらに来るけど…
システィの目がおかしい。
爛々と妖しい光を宿したまま私の肩に手を置くと
「アニエス。邪魔しない方がいい。」
「キャラ変わってるわよ。」
キリッ。と凛々しいお顔。
何なのこのテンション……
「いや、アニエス。あれは邪魔しちゃいけない。」
ノッチもキリッ。とイケメン顔で諭してくる。どことなくアイツに似せているのがウザい。
「……私が行くか…」
結局はこうなるんだ。諦めて行くしかない。
「ご主人。」
鍋をかき混ぜ続ける俺にティリアが頼んでいたものを渡してくる。
「ん。次用意しといて。」
「終わってますよ。」
「……流石だな。」
「ご主人ほどではありませんよ……」
「俺を悪大官にするんじゃない。」
うへっへっへ…とそれっぽく笑いながら引っ込むと包丁を握り、軽快な音とともに材料をみじん切りにしていく側近。
鍋の中の様子を見つつ時折スパイスを加えて味を整える。
「……何やってんの?」
呆れ果てた様子の聞き慣れた声がしたので顔を上げるとアニエスが玄関に立っていた。
「…!工場長!嗅ぎ付けられました!」
「落ち着くんだ。部長。…どんなやつもコイツを喰えば……」
「……イチコロ、ですね…。」
「そのテンション止めて答えないとメイス投げつけて鍋ひっくり返すわ。」
アニエスの非情な宣告。ティリア部長がお代官さまぁ!それだけはぁ!と叫ぶが、アニエスは黙ってメイスを振りかぶるだけ。
説得は通じないようだ。
「まぁ落ち着けよ。何も変なことしてないんだから。」
「それは知ってるわよ。…ああそっか。アンタの家ここで靴脱ぐんだっけ?」
律儀に靴を脱いで木目の床を踏み、台所に立つ俺を鍋の前から退かし中身を覗き込む。
「何これ?」
「フフン。分かるまい分かるまい。
コイツはそう……ソースだ。」
鍋の中にはニンジンやセロリ、トマトにリンゴを始め様々な具材が原型を留めなくなるまで煮込まれドロドロになったお馴染みのソースが今まさに完成間近まで出来上がっていた。
「中濃ソースにしようと思ったんだけどそれだとティリアが口に合わないらしくて、少し野菜とリンゴを増やしてスパイスを減らしてるから……中濃ソースでもなくなって完全にオリジナルになったけどな。」
「ご主人が以前食べてたものの1種らしくてですね。試食させてもらったら美味しかったんですよ……流石ご主人。」
「分かったからくっつくのは止めなさいな。袖が燃える。そしてなにより俺が燃える。」
側近が刻み終わった材料を渡してきたからそれを鍋にぶちこんで再度攪拌。釜戸みたいな調理台だから火加減の調整が一番のネックだったけれど、そこは側近が風を操って最適な火加減にしてくれる。
「……アンタ。」
「ん?」
「…………………………気持ち悪ぅ。」
「は?」
「だって、何で……そんな手の込んだ料理を覚えて…!気持ち悪ぅ!」
「…お前…!普段作ってたから自然と身に付いただけだ!」
「普段から…?アンタ前は料理人だったの?」
「いや、一般人。」
「いやぁあぁぁあぁっっぁぁあああ!完全に趣味じゃない!なのにレシピはおろかスパイスまでこんな揃えて…!おっさんくさ…ジジくさい!そこまでいくとジジくさい!!」
「…!馬鹿にするのは赦しません!両手の爪を人差し指だけ深爪にされたくなかったら!謝ってください!─」
「落ち着けティリア!」
「─そーすに!」
「ソースのほうか!!」
結局出来上がるまで台所での醜い争いは続き、ソースを使った料理の数々をアニエスも加わり平らげたあと、一晩泊まり
『まぁ、また貰いに来るわ。』
と、ソースを手土産に朝、帰っていった。




