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如何なる時でも平常心。

後ろで響く剣劇の音に後ろ髪を引かれるけれど今、しなくてはいけないのはイレウスの奪還。アイツ自体が何かの害にはならないけど、敵の軍事力が合わされば今後も同じようなことが起きてしまう。

「……急がねぇと!」

一層の加速をつけるために体を沈みこませ、地面を蹴り抜くような加速。

「少し、落ち着いてください。」

加速している俺の前にまたしても新顔。

今度はラムダよりは歳とっている……ヘンリと同じくらいか。リムレスの眼鏡をかけた修道着を着た男が立ちはだかっている。

「誰だか聞かねぇ!そこをどけ!!」

今さら構っている暇はない。引き絞った拳を叩き込もうとして、その体をするっ……と俺が通りすぎる。実態のない敵の正体を感じる前にすり抜けた俺を暖かい空気が包んだ。

「っ!蜃気楼か。」

体勢を崩してしまった俺は頭から地面に突っ込む前に前転の要領で受け身をとって速度を出来るだけ維持したまま、再度加速。

「……止まってくれませんかね!」

少し苛ついた声と共に俺の真下の地面に亀裂が走り、

猛烈な熱風とそれに掘り上げられた土砂と共に高々と打ち上げられる。というかこの炎……さっきの奴か!

「止まっていただけないなら─」

空中で体を捻って男の方を向くと男の回りに無数の火球が漂っている。

「─四肢の数本は覚悟してもらう!」

それが鳥を形作ると全5羽の火の鳥が、それぞれ複雑な軌道を描いて俺に殺到してくる。

「……っ!」

四肢を千切ろうと殺到してくるそれは今は無理して龍化して翼を羽ばたかせてイレウスを昏倒させるべく飛びかかる。

背中に次々に火の鳥が着弾するけれど灼熱の熱を持つはずの鳥達は俺に当たった側からパリン、パキィン。と儚げな音を立てて空気に溶け、あるいは地面に落ちていく。

「……ならば!」

普通の兵士なら怯むところを全く動じずに魔法をまた放つ。今度は上から猛烈な熱風が浴びせられ、あえなく地面に叩きつけられてしまう。

「……っ!」

「どうやら魔法自体は無効出来るようですが魔法の余波は無効に出来ないようですね!」

うつ伏せに倒れている俺に、無数の火球を集めて炎の獅子を形作ってくる敵。

「─止まってもらいますよ!」

ゴウゴウと唸りにも似た火炎を迸らせながら俺を呑み込もうと迫る獅子。

それが当たる瞬間、横から水の大蛇が獅子の体に絡み付き揉み合うようにして水蒸気と共に消え去った。

「ごめんねユウ君。少し遅れちゃった。」

「ヘンリ…もう少し遅れてたら俺が焦げてたぞ……多分。」

立ち上がりながら敵に相対しているヘンリに文句を言うと、ハハハ。と短く笑ってから

「ここは任せてくれていいよ。シュラー……ああ、彼の名前ね。彼はまともなのは炎の魔法位しか使えないし。」

「『位しか』って火力じゃねぇだろ……」

俺が砕いた火の鳥の残骸が地面の至るところで燃やす……というよりかは地面を喰らって燃えるかのように炎が地面を掘り進めて沈んでいく。多分…『対象物を燃料にして燃える。』ってとこか。

……設定は月並みだけど、俺じゃなかったら死んでるぞ。

「つうか…何でアイツの名前知ってるんだよ。向こうもお前の名前知ってるっぽいし。」

「まぁ今はノッチ君が熊みたいな奴と闘っているから助けに行ってくれないかな?」

「……ここは任せた!」

ヘンリについての話題は後でも聞ける。急いでノッチの方に駆け出す。それを遮るように火の鳥が襲ってくるけれど、水の孔雀みたいな鳥の大きな羽に当たった端から水蒸気を残して消えていく。

「頼みましたよー。」

「ぶっ!システィ?」

「魔法だけの闘いなら私だって行けるんですよー。」

頼りない感じは感じるけれど、ここは任せて再度加速。急いでノッチの下に。


「困りましたね。」

「それはお互い様じゃないかい?僕は君と戦う気はないし、出来るなら止めたいんだけどね。……ああやって必死になれるのがユウ君達のいいところだし。」

「……何故貴方がここに?」

「質問の意味が分からないなぁ。ああ!もしかして…僕が仲良くして貰ってる女の子達の中に君のガールフレンドがいたのかい?それならば誤解だと……」

「そこも変わらない。何故、貴方がアキュリス王国に?」

「……気まぐれさ。」

「……?よく分かりませんけど、ここは通しませんよ!」


「ですから…闘う気はないんですよ。」



「ノッチ!」

あまり離れていないところで戦っていたノッチは、俺の声に反応を見せたブレグマの一瞬の隙をついて、持っていた大剣を捨てブレグマの腕をとり、一本背負いの要領で投げると、そのまま後退して俺と合流した。

「ユウ。なんだアイツ。異様に堅いし…なんというか…その。」

「多分俺と同じような奴だよ。」

「マジか……」

投げ飛ばされたブレグマはやっぱりさしたダメージはないようで立ち上がると頭をガシガシと掻いている。この隙を逃す訳にはいかない。狼化して一気に決めようとした瞬間、

「ハハハハハハ!ざまぁみろ貴様ら!」

とても耳障りな声が響いた。

「援軍を呼べば、この通り!貴様らごときを抹殺することだって訳無いんだよ!」

「……キイキイ五月蝿いな…」

俺…というか全員が思ったであろうことを口に出したのはまさかのブレグマ。熊みたいな手で器用に頭を…


掻いていない。


実際には掻いているけれど、普通の人間の手。良く見れば顔つきも俺を見てはもう一回殴り合いたい。とデカデカと書いてあるけど、それを必死に押し込めるように苦しそうな顔をしている。回りにいたラムダもイレウスの声を聞いて大好きなおもちゃを取り上げれた子供みたいな顔でつまらない!と叫んで槍を振り回し、担ぎ直してしまった。ああいう戦闘大好き人間がティリアとファルクという強者を前にあの態度とシュラーも戦う気はないようでヘンリと二言三言話した後はリラックスしている。

「……お前ら」

一体何しに。と聞こうとするけど、

「お前らよく助けにきた!」

イレウスの耳障りな声に遮られる。

「残念だったな貴様ら!私を捕まえられるものか!」

「……アイツの声って何でこうも聞き苦しいのかしら。」

「あ、アニエス。どうしてここに。」

「途中でレオラとシエラに任せて戻ってきたのよ。それと。はいこれ。」

アニエスが渡してきた俺のコートを受け取って着る。何でか着てた方がテンションあがるなぁ……。


「もう聞くこともない。と思えば不思議とそう感じなくなるだろ。」

ブレグマの言葉に違和感を感じたけれど、それを聞く必要はなかった。

イレウスが喚きつつ、重力魔法の檻から出ようと手をかけた。その瞬間。


めしゃっ。とよく熟れたトマトを地面に叩きつけたような湿った音と共にイレウスの手が潰れた。


「あ?あ、あああああぁぁあっぁ!」

「何?仲間割れ?」

アニエスが動揺を隠せないように俺に聞いてくるが、それは俺もよく分からない。

ただ分かるのは、イレウス側のブレグマ達から闘う気が全く無く、突如手が潰れ驚愕と痛みに叫ぶイレウスに対して誰も助けにいこうとしない。

「ハハハハッハ!やっぱりこうなった!」

笑い声に振り向くと槍を肩にかけたラムダがこみ上げる笑いを隠さずに両手をパンパンと打ち合わせながらブレグマの下に歩いてきていた。

「リーダー!俺の勝ちですよ!約束忘れないでくださいね!」

「……戻ったらお前を殴って黙らせればいいんだろ。」

「ちょ!違いますって!俺と闘ってくれるってことですよ!」

「どういうことだ?」

一応見えないように狼化をしつつこの状況の判断にかかる。

「…どういうことも何も、お前が考えていることとおんなじことだ。」

「話がいまいち見えねぇ。」

新しい状況にファルクやティリア、ヘンリにシスティも俺の近くに寄ってきて即応できる体勢を整えながら問いかける。

「……説明するのも面倒くさいんだが。」

困ったように眉を寄せたブレグマは俺達と同じようにリーダーであるブレグマの下に戻っていたシュラーに何かを指示すると、シュラーは左手を重力の檻の中で暴れまわるイレウスに向ける。シュラーの腕がわずかに震えたかと思ったら、何かに突き飛ばされたように跳ね上がり、今度こそ気絶したようで地面にどぉっ。と崩れ落ちた。

「それは止めなさい。って言わなかったかしら?」

二人目の聞き覚えのある声と共にもう一人。ゆっくりと森から出てくる魔女そのものみたいな格好の女。

「こうでもしないと黙りそうになかったもので。」

「黙らせるって言うのは程よくよ。あなた達のは違う。」

呆れたように首を振りながら片手をさっ。と横に振るとイレウスの回りの空間が一瞬揺らいで元に戻った。

アザミが解除した重力場に向けてまずブレグマ、それにシュラー、最後にラムダが続きブレグマが片手でイレウスを拾い上げ、肩に乗っけた。

「……もうお帰りか?」

皮肉を込めて去っていこうとする背中に声をかけるけれど、

「ああ、もうすぐイレウスが呼んだ増援がきちまうからな。その前に処理しとかないと都合が悪いんだ。」

「……処理って。」

アニエスが隣で絶句するが、元帝国関係者のティリア、ファルク。あとどういう事情かヘンリは……このあとの処理が分かっているらしい。

「……筋書きはどうする気なんだ。」

俺に変わってファルクが聞くが、ブレグマ達はさして気にも止めない様子で

「それが唯一困りの種だったんですが、そこの。」

ブレグマの代わりに参謀ポジションらしいシュラーが答え、途中で俺を指差してきた

「ユウさんの出現で何とか理由が出来そうです。」

「ええ。……『勇猛果敢に攻めたイレウスでしたが、敢えなくユウさんに返り討ちに合い、殺されてしまった。』…で、どうでしょう。」

その筋書きが気に触れたらしいティリアが弾かれるように斬りかかっていく。

シュラーがそれを予期していたように火の鳥を片手で3羽飛ばす。

ティリアは走りながら精製した風の玉を二つぶつける。玉に当たった端からぽしゅうぅ……と情けない音を立てて消えていく。最後の1羽を刀で斬り捨てるティリア。その鳥の影からもう1羽。

「!」

かわしきれないティリアを狼化して間に合った俺が腕を掴んで抱き寄せるようにして火の鳥の軌道から逸らす。

「……お前、手ぇ出すなら俺が相手してやろうか?」

必要以上にくっついてくるティリアを剥がしながら凄んでみる。

「誤解ですよ。その娘なら群れを用意しても斬り伏せますし。」

やっぱりか。と側近を睨むもシャツを軽く掴んで潤んだ瞳を向けウルウルしてくる。……これは、もしや。

「あざとさアピールか。」

「うい!」

凄く力強いお返事。どうすればいいんだろうか。

とりあえずナデナデしつつ押し剥がしていると

「おい!ユウ…で、いいんだっけか。」

「何だ。」

ブレグマが声をかけてきた。少し探るような不思議な顔を向けて俺を見ると

「なるほどな。」

と、納得。

「話が見えねぇんだけど。」

「ま、あれだ。俺達はこれから処理しに行くからもうここから逃げた方がいいって言うのと、1個ヒントだ。」

「ヒント?」



─お前のそれは「変化」じゃない──



そう言い残すとブレグマ達の輪郭が少しずつボヤけ……消えた。


「……何にせよもう攻めてはこなそうね。」

ふうっ。と息をついたアニエスはメイスを軽く振って腰に戻した。

「それで、これからどうする?」

言い出しっぺの癖に回りに聞くアニエスに緊張を保ったまま大剣を拾い上げたノッチが答えた。

「まずはアキュリス王国に帰った方が良いだろ。増援が来るって言うのも気がかりだし。……ファルクはどうするんだ?」

ノッチに話しかけられたことで少し動揺したように腕を組むと

「私は仲間とまず合流せねばな。」

と、毅然と返してきた。

「アンタの仲間なら一事アキュリス王国に入れてもらってるわよ。」

「ならファルクさんも一緒ですね。」

「……スライムは」

「僕が持ってるから安心だよ。ちゃんと戻ったら処分するし。」

「うう……」

自分が出した問題点がことごとく潰されたのが嫌だったのか自慢の槍をクルクル回して若干キョドるファルク。

俺は視線を皆に飛ばしてから、『集合。』と顎をくいっ。と傾ける。音をたてずに俊足で集まってくれたファルク以外のメンバーと相談開始。

「あれは……あれだよな。」

「あれね。」

「気にすることないと思うんですけどねー。」

「まぁ…兵隊長クラスだし、責任感は大事だと思うんだけどな。」

「もっと気楽に考えればいいのにねぇ。」

「「「お前が言うな。」」」

「……!ご主人…っ!(スリスリ)」

頑なに離れない側近以外の考えも一致した。


「ファルク!」

「…なんだ。」

「とりあえずアキュリス王国に撤退ってことにすればいいんじゃないか?どのみち帝国に戻れねぇだろ。」

撤退。という言い回しが功をそうしたのか、うなずいたファルクと共に、



一路、アキュリス王国に。


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