主役は後から来るもの。脇役は最初っから来るもの。
「よぉ……」
息を吐くように小さく音頭をとって半歩前にでる。突き出される槍の穂先を回したメイスで弾き、
「いしょっ!」
その回転を生かして敵の腹にメイスで一撃を見舞う。少しフワッと浮いた敵の腹には簡易的な冑が装着されていたけど元々メイスは甲冑相手に有効打を与えるために作られた武器だ。ヒュヒュンと回しながらうずくまる敵の顔は真っ青で、とても起き上がってくる気配はない。
はぁ…。とため息をつく。だいたい敵の指揮官はなんでメイス持ちがいるというのにこんな装備で突っ込ませるのだろうか。
まぁ付いてなくても変わらないのだけれど。
「あぶなぁぁぁぁぁい。」
あまりにもやる気が感じられないそんな声に我に帰り、そこから少し離れる。
横と頭上を通りすぎる刀と大剣を見送るとさっきまでいたところが瞬時に真っ赤に染まった。
「ごめん、助かったわ。」
苦笑しながら片手をあげて礼をいう。
「いいってことですよ。」
フンス。とお決まりのポーズで偉そうにしてくるティリア。
私も認める実力者の親友はこの戦いの中でも腰に手を当てて胸を張れるほどの実力者。それは知っているけど…
「ねぇ、ティリア。」
「?」
「……何でもない。」
ここで『何で帰り血とかが一滴もないの?』とかツッコむのは野暮だろう。ツッコミはアイツに任せておけばいいんだ。
ファルクの仲間とすれ違うように下がってバリケードに身を隠して息と調子を整えておく。
「それにしても…こっちはもう平気そうね。」
バリケードから顔を少し出して辺りを見回してみてもどこで戦闘している箇所も劣勢なところはない。
「なぜか全く指揮系統がないというか…そもそも指揮官が近くにいるのか?全然収拾が執れてないぞ?」
ノッチは兵士長をやっていた経験からか、採点するかのように顔をしかめてぼやいている。
「これならユウが大砲を破壊しに行った意味も薄いかな…」
「……ご主人。」
あ。
「ちょっとご主人のところに行ってきますね。」
「待ちなさいって。」
フラリと立ち上がってどこぞに行こうとするティリアの腕をつかんで止める。
「おおよその大砲の位置は飛んできた方向から分かりますし、迷子になりません。」
「まだここで迎撃し続けてもらうわよ…!」
「もうほとんど残党処理じゃないですか…!」
「その残党が多いから言ってるんでしょうが…!」
グググ…とここに残す為に必死な私と(恐らく)ノッチのひとことでご主人に会いたくなった親友との駆け引き。
「……何をしているんだ…。」
「あ!ファルク!ちょっと手伝って!ティリアがこのままだとどっか行っちゃいそうなの!」
「戦闘中なのだろう?」
「そうなんだけど!その通りなんだけども!ちょっと…本当にストップ!」
奇しくも願いは届いたらしくティリアは抵抗を止めて思い止まってくれた。
「……そういえばここを死守するように、ってご主人に言われてたんでした。」
「死守とは言ってないと思うわよ。」
だけどもティリアは現に今、思い止まってうーん。と考えながら立ち止まってくれている。……片手間に敵を斬り伏せながら。
しかし相変わらずユウはティリアにとって大部分を占めて……
良いこと思い付いた。
「スゴい悪どい顔してるぞ。」
「ノッチ。少し任せてもいい?」
ノッチとファルクに防衛をちょっとだけ任せてティリアをバリケードの中に引き込む。肩に手を置いて正面からティリアの目を直視。
「ティリア。いい?アイツはここの防衛を任せて出ていったわね?」
「……コクッ。」
「実はアイツ、ティリアがここを守り抜けたら……」
ここで少し溜めて勿体ぶらせておく。
「たら……?」
食いついた。
「『1日何を仕掛けられても抵抗せぇ券』を発効するっていってたわ。」
「……!何と…!」
「でもそれにはここを守り抜けたら。って条件付きなのよ……」
「やらいでか。」
チャキッ。と刀を鳴らせて臨戦態勢に入る親友。チョロい。
「……今ユウとほぼ同じ顔してるのに気づいてるのか?」
「そっくりというか瓜二つだが…無自覚だろうな。」
バリケードの向こうでノッチとファルクが何か言ってるけどそれよりも今は親友の戦力強化に専念しておく。
「それだけじゃないわ。ここでの働きに応じて私がユウに口効きすることで…!」
「することで?」
「『1日服従券』に昇華することだって出来るのよ!」
「……!」
目をランランと妖しく光らせて完璧に戦闘態勢の親友。……詐欺に引っ掛からないか心配になってきた。
「ノッチさん。ファルクさん。ここは私に任せて下さい……」
そう言いながら敵の前に歩み寄っていくティリア。敵もティリアからの謎オーラに怯んでジリジリと後退していく。
「いいのか?勝手にあんな約束事を決めて。」
「問題ないわよ。アイツの尊い犠牲があってこそ、ここの防衛は為されるのよ。」
「完全に悪役の台詞だぞ……」
まぁもっとも犠牲にならないとは思うけども。
人知れず危機に陥ったユウの身に合掌しているとまたしても大砲とやらが撃ち込まれてきた。けれど飛んできた方向はてんでバラバラ。数発は門付近に着弾したものの残りは拠点の何もないところにばかり当たり、最後に飛んできた一発はあろうことか拠点の外側に着弾し、大きな爆煙をあげている。
「今度は着弾点すら疎らか…」
「せっかくの兵器もこれじゃ意味ないわね。」
「攻め返すなら今、か。」
ファルクが総員に攻撃の号令をかけようとした時、ふいにティリアが下がってきた。
「どうしたの?」
不審に思って近寄って声をかけると、不機嫌そうに眉をよせて門の外を睨んでいる。
「……すっごいヤなものを見たので。」
「ヤなもの?」
嫌悪感丸出しのティリアの視線を辿っていく。
「……。」
「どうしたアニエス!何か…、……。」
私達の異変に駆けつけたノッチもその存在に言葉を失う。言葉がない訳じゃない。「またか。」とか「あ、生きてたんだ。」とか「え、今?」とか……口に出すのも面倒になるようなそんな存在。
「知っていたのか?」
ファルクも私達を気遣うように声をかけてくれる。
「……出来れば記憶から消したかった。」
門の外、そこには毒々しい悪趣味な赤い服に身を包み、ティエルフールでもう会うことはない。と思いたかった……
イレウスが立っていた。




