えーーー!うっそマジでぇー。
「ダメだ、逃げろ。お前でも勝てない。」
逃がす為に後ろに押しているがレオラは先程からそれしか言わない。
「聞いているのか?あの人にはファルクさんも勝てたことはない。」
「聞こえてるようるせぇ。何度も繰り返し同じこと言うなって。」
「なら…!」
「勝てる気はしねぇし、負ける気もしねぇし……まず勝負する気もねぇ。」
グイグイと押しながらゆっくりとブレグマと女が一直線になるように移動していく。ブレグマはファルクの情報通り素手だろうけれど女のほうは得体が知れない。魔法だとすれば…一直線上にしておけば味方に当たることを恐れて控えめになるだろうし、もしものことがあってもレオラを少しは守りやすくなる。
「……おい!」
「何?」
そんな俺の思考を読み取ったのかブレグマが後ろでまだ木箱に座ったまま動いていない女に声をかけた。
「手を出すな。……久しぶりに楽しめそうだ。」
「元から出す気ないわ。ただ、暴走し始めたら止めるけど。」
その返答を聞いて心から嬉しそうにニヤァと笑うと俺を指差してきた。
「よし!邪魔者はいないぞ!お前も早く立ち上がって戦うぞ!」
「……何だ、どういう奴なんだ?」
「ああいう人なんだ。戦場であっても自分と殴りあえそうな敵を見つけてはタイマンを持ちかける。そしてソイツが倒れると次を探してまたそれを繰り返す。……そして気がつけば立っているのはあの人だけ。」
「厄介すぎんだろ…」
苦笑いして目の前のブレグマを睨んでいると押していた手から抵抗が消えた。
「私は今はあの人の興味から外れている。お前が立っている間は私は無事だ。」
「……外にたっくさんいるぞ?」
「それも心配ない。あの人が戦っている最中に横槍をいれた者は問答無用でミンチにされる。……味方でも手加減無しでな。」
そう言うレオラはよく見れば細かく震えているので事実そうなのだろう。
「分かったよ。」
俺も押すのを止めて前に進んで構える。
「……ようはアイツが満足できるまでド付き合えればいいわけだ。」
「さぁーて、行くぞ!」
ブレグマは叫ぶとまっすぐに突っ込んでくる。明らかにオーバーに振りかぶった右の拳から正拳突きだろうと予想してこちらもカウンターで左を被せて……
そこまで考えて物凄い悪寒を感じて止める。
あと2回のステップで殴られる。振り上げていた左を体の前に持ってきて防御体制をとり、バックステップ。コイツからは視線を外せない。変化とはいかなくとも体を強化して必死にガードに移る俺に満足気に笑うブレグマ。この一瞬が見えている事実を俺が認識すると同時に右足が思いっきり踏みつけられ、後ろに下がることが出来なくされる。……この…!
ドゴォン!
殴られたというよりかは至近距離から爆撃でも食らったような衝撃に軽々と吹き飛ばされてテント内の木箱にぶつかり、粉々にして止まる。
「あ……やり過ぎたか。」
「楽しみたいなら、もう少し堪え性ってものを覚えなさいよ。」
「……いや、いらない心配らしい。」
激しくシェイクされた頭を振って元に戻しながら木箱の破片を払いながら立ち上がってやる。
「かわせないと分かった瞬間に逆に突っ込んで、俺の突きを横から思いっきり殴り、軌道と勢いを出来るだけ殺して受けたか……
いやー!死んだかと思ったぞ!俺の一発目で死ななかったのは久しぶりだ!」
「……黙ってろこの馬鹿力。」
反らす時に殴った腕をサスサスと擦りながら嬉しそうに笑いかけてくるブレグマ。今ので分かったことがひとつ。
「ん。すまんな。確かに戦いに余計な言葉はいらん!ならば!」
擦っていた手を離して腕をグルグルと回して、
「もう少しだけ本気でいくからな。まぁ…千切れないでくれ!」
そう叫んで突っ込んできたブレグマの右の突きを左に飛んでかわす。ガードが遅れるはずのその隙に攻撃しようとして
「ふん!」
木箱を砕いた正拳をただ横に薙いだだけの裏拳を今度は後ろに飛んでかわす。
裏拳一発が顎に当たったらその瞬間俺の下顎が無くなりそうなレベルにまで上がった怪力に戦慄する間もなく突き出される突きのラッシュをかわしながら少しずつ場所を移して誘導しつつ、もう一人の女が視界に入れておく。左の突きをそらしてチラッと見ると先程と変わりなく座っている。しかし魔法使いらしい外見から多分遠距離攻撃だってお手のものだろう。如何なる変化も見逃さないように目を凝らして
ブレグマからの攻撃が来ていないことに気づく。ヤバイ!と思って足を狼化させて飛びすさり、防御体勢をとる。
しかし攻撃は来ない。ブレグマは何故か不機嫌そうに女を睨んでいる。
「おい。」
「何よ。」
「この少年が気になって全力を出せてないだろうが。」
ビシッと指を指して文句を言うけれど女は女でそもそも最初から俺はおろか、レオラすら興味がないようで自らの毒々しい紫色の髪を少しずつ手にとっては枝毛を探すリラックスっぷり。
「……私がいなかったからその少年をうっかり殺しそうになっても止められないわよ?それでもいいの?」
「うううーーむ……ならその時まで気絶してろ!これならいいだろ!」
「ダメよ。リーダーはこれから四肢だけは本気でやる気でしょう?悪ければそれで終わりよ。」
その後もブレグマが案を出しては女に次々却下されていく。
「なんだ?あれ。」
「ユウ。」
俺が気にしているといるという問題がクリアされない限り攻めてくる気配がないので少し緊張を解いているとレオラが俺に話しかけてきた。
「……お前が名前で呼ぶって珍しいな。」
「聞け。このまま逃げるぞ。」
「……それは無理だろ。今の最善策は出来るだけあのクマさんを楽しませてやれるかだろ。それで援軍を待って数の差で撤退してもらう。……まぁ撤退してくれそうにはないけどな。」
「どうする気だ?」
「ダメ元でいいなら一個あるけど、どうする?」
「なぁ。ちょっといいか?」
未だに俺に全力を出させるにはどうしたらいいかを考えていたらしいブレグマに挙手して声をかける。
「?何だ?」
「あー、なんつうか…お願いというか何というか。俺は残るからさ。レオラは見逃してくれねぇ?」
「……何故だ?」
不思議そうな顔をして首を傾げるブレグマ。そりゃそうだ。
「実は、な。」
もったいつけて溜めてから一歩前に出てコートを脱ぎ、レオラに渡しておく。
「こいつがここにいると俺が本気を出せねぇんだ。巻き込むからな。」
威嚇も兼ねてニヤァと笑いながら前にもう一歩進む。
「…!本当か。」
「まぁな。」
嘘は言ってない。
「……ならいいだろう。」
いいんかい!とツッコミそうになったけど黙ってレオラを送り出す。コートを渡したのは俺が身軽になるのもあるけど敵陣を避けて戻るレオラに少しでもダメージがないようにだ。
テントの外から草木を掻き分ける音がなくなると、女がはぁーー……と深いため息をついた。
「…まさか本当に見逃すとは思わなかった。信じた訳じゃないわよね?」
「俺もまさか見逃すとは思わなかったけどな。作戦崩れても知らねぇぞ?」
「作戦?」
味方からも非難をうけたブレグマはそれでも訳が分からない。と顔に書いてある。
「スライム奪いに来たんじゃないのか?」
「ああ……あれな。正直俺はどうでもいい!作戦自体ももう滅茶苦茶だしな!」
何が可笑しいのか笑いながらそう言うブレグマ。
「……ファルクが言ってたぞ?アンタは作戦の指揮は執れねぇって。」
「おお!俺は付き添いで来ただけだ!」
「…付き添い?どういうことだ?アンタが作戦の指揮を任されてここに来たんじゃ…」
「ないな!」
すっぱりと断言されてしまった。このまま聞き続けていればスラスラ喋ってくれそうだが…
「リーダー。」
「ん。何だ?もう少し喋りたいんだが。」
「そのまま喋り倒してどうすんの。それより頂いた使令を果す方が先でしょう?」
「それもそうか……よし!お前!」
ビシッ!と指を指されてのご指名。
「本気を出してないって本当だろうな!」
「本当だよ。嘘は言ってない。」
いい加減高すぎるテンションに飽きて若干投げやり気味に返す。怒るかと思ったけれど態度はどうでもいいらしく、嬉しそうにまた笑いだした。
「……笑いすぎると顎外れるぞ。」
「外れたらまた入れればいいだろう!」
言い返された。
「いやぁ……しかしよかった。久しぶりに俺と殴りあえそうな奴が出てきてくれた!」
声高らかにそう言うと腰を落とすブレグマ。
ここまでは予想通り。あとは今まで変化していなかった俺が最初の接近と同時に変化。数発入れて怯んだところを全速力でここから離脱するだけ。
そのタイミングを掴む為にブレグマを見て……二度見。
さっきとは違う。
髪は何でか短くなっているし、腕や足も少し太くなっている気がする。
それに一番あり得ないと思うけど……四肢や首の素肌部分が茶色い毛皮みたいなものに覆われている?うん、覆われている。
「……」
「ん?何だ?どうした固まって。」
低くよく響いていた声も少し変わって…今や野性味溢れるいい声に。
「何だそれ…」
「…そうか。知らなかったか。なら教えてやろう。」
おい…嘘だろ?
「俺の能力…」
まさかとは思うけど。
「『変化─熊─』だ。覚悟はいいか?これは手加減ができない。」
……マジですか。




