寝る子は育つ。
多少強引にユウを送り出したけれど、段々とニャァと目の前の戦闘が楽しみで仕方ないと笑顔をうかべて久しぶりに見る狼化に変身して『少し強めだからよ、うっかり死なないでくれよ?!』と叫んでから突っ込んでいった。
「……よし。で、何の用?ティリア。」
いつのまにかおんぶお化けになって肩越しに恨みがましい視線を向けてくる親友に訊ねる。
「…………………………ご主人とのスキンシップ…!」
「あとで好きなだけユウに甘えなさいよ…」
アイツはしつこくすると諦めて無抵抗になるから、それでティリアも満足できるだろう。そう言っても剥がれない親友の手を軽くタップ。
「疲れました。」
「我慢しなさいよ…」
液体みたいにスルンと私の背中から離れると腰のベルトみたいな幅広の布をゴソゴソとまさぐると、簡易箒を取り出した。
「どこに入れてたのよ。」
大きさから入りはするだろうけれど、絶対にお腹に違和感があるだろうし、その前に前屈出来ないだろうし。
「?帯の中ですよ?」
何を言っているんだ?と小馬鹿にするユウとそっくりの反応。そのまま何事もなかったかのようにパッパッ。と近くの切り株の埃を払うとチョコン。と座りユウの戦闘を足をプラプラさせながら観戦を始めた。
油断しすぎないようにね?と言い残しスタスタとノッチ達のところまで歩いて後退する。そこではノッチが前衛として大剣を仕舞って一応警戒して、ヘンリは例の二人組の怪我の治しがまだ不満らしく治療を再開して、システィはのんびりしている。
「さて…アンタらに聞きたいことはあるけど……今はいいわ。」
短剣使いの確か、名前が…短剣使いを見下ろしながらそういっておく。
「…待て。」
言いたいことは言ったから離れようとしたら呼び止められた。
「何よ。」
「加勢しなくていいのか?アイツ一人ではいくらなんでも危険だろう…」
「アンタらが巻き込んだんでしょうが。」
ズバッと言い放っておくとグッと押し黙ってしまった。
「それにね。」
背後で聞こえてくる金属が砕ける、凹む音を聞きながらしゃがみこんで真っ直ぐに短剣使いを見据えてこう言ってやる。
「お楽しみモードになったユウに負けはないわ。絶対に。」
「やっべ。」
勢いよく飛び込んだはいいものの今の自分に結構戸惑う。別に剣とかハルバードが恐いとかじゃない。問題は俺自身。
膝下まであるブーツについているプロテクター部分で反らし、弾きながら手を軽く握ったり閉じたりして力を調整する。バフォメット戦ほどはいらないと思ってその時の感覚の78%位で突っ込んでいき、降り下ろされた剣を右肘で砕き、もう一回右肘で腹に一発、そこで浮いたから左の掌底を入れたら漫画みたいにすっ飛んでいき、木にぶち当たって止まった。ピクピク動いてるから死んではないと思うけども。…ん?
「逆にとればあの位でいいってことか。」
それが分かれば簡単だ。頭への一撃は禁止、腹に数発で戦闘不能になる。タタン!とステップを踏んで加速。武器を振るってくる二人の間を体を捻ってかわして比較的警戒の薄かった奥にいた丈夫そうな一人に、体を回してから、頭をカチ割るようなかかと落とし。防御に回してきた斧をカチ割り、かかとをキめて、これで二人目。
着地と同時に胴を真っ二つにする軌道で滑り込んできた刃を右の膝と肘で挟んで止めて、左の手刀で割る。折角振り上げた右足を踏み込んで左の膝を入れると上体が曲がり、敵の背後からもう一人来ていたから左手で膝を入れられ、白目の敵を掴み上げてその背中まである丈夫そうなプレートアーマーで防ぐ。その衝撃で目を覚ましてしまったから右の掌底を今度は手加減なしで叩き込んで後ろの敵ごと吹き飛ばす。
また背中からきた槍の穂先を頭を横にずらしてかわして、引き戻される前に長い柄を噛んで止める。噛んだままグイッ!と引き寄せて、唖然とする敵を左肘で地面にめり込ませる。
体を止めない。常に先に。攻撃の手を弱めるな。
「は…はははははははは!!」
戦いの中でのテンションと高揚感からの笑い声をあげながら次なる敵に!
「…何やってんの。アイツ。」
高笑いしながら蹂躙していく狼化したユウを眺めながら軽く嘆息する。
「何言ってるんですか!最高に輝いているじゃありませんか!!」
「うん、分かった。でもねティリア。皆が皆そういう感想じゃないのよー。」
キッ!と睨みながら私に熱弁を奮うティリアを宥めながら目の前の惨状を観察する。
「……溜まってたのね。多分。」
アイツは女性相手にアレになるとは思えないし、それでもって負けず嫌いだから戦闘に対してのフラストレーションが溜まりに溜まっていたんだろう。それこそ狼化してるから子羊の群れに飛びかかっているように見えるけれど、私から見たら子供みたいなものだ。思いっきりぶつかって平気な相手を見つけて、力一杯じゃれついている……狼。
「まぁじゃれつかれているほうは洒落にならないだろうけど。」
「あ、終わった。」
ティリアの言う通り、最後の一人をハイキックで倒したユウ。…どことなく不満そうなのは気のせいだろう。ふと薙ぎ倒された兵士達の中から這い出して逃げようとする人影。よくよくみると例の残念コーデだった。私が指摘するよりも早くユウが飛び掛かってそのジャケットを踏んづけて逃がさないようにしている。
「アニエスー。コイツどうする?」
「そっち行くから待ってなさい。」
シエラとレオラ?だったかの二人組も足の治療が終わったらしく、そこに居させておくのも悪い気がして連れていくと、残念コーデはユウにジャケットを踏みつけられてもバタバタと動いては何やらキーキーとユウに叫んでいた。
「コイツどうする?」
「ご主人がしたいようにすればいいのでは。と思いますよ?」
「うーーん…とりあえずティリア、俺の背中から降りろ。」
いち早くユウの元にたどり着いたティリアは─というか戦闘が終わった瞬間ダッシュしていたわけだけれど─久しぶりのご主人の背中にくっつくと、後ろから抱き締めるように腕を首に回し、ぶら下がっている。今だって顔をユウの肩越しにニュッと出して自分の意見を述べると、顔を伏せて沈黙した。…ものすごく荒い呼吸音と共に。
「アンタ熱くないの?」
「右肩だけ異常に熱い。」
ペシペシとティリアの頭を叩いて剥がれるように促しているユウは置いておいて、残念コーデを見下ろして質問を始める。
「さてと、アンタらはここで何を企んでるのかしら?」
「この私を見下ろすだけでなく、その様な言葉を使うな!」
さっきまでの醜態はどこへやらと言った勢いで睨み上げて唾を飛ばしながら私達に噛みついてくる残念コーデ。
「私はお前らが襲ってきたから反撃したまでだ!」
「それにしては随分執拗でしたね。ノッチさん。」
「システィ、今は少し空気を呼んでくれ…」
背後のコントは無視して質問を続ける。
「まぁいいわ。そっちが喋らないなら…ティリア。コイツのジャケット、地面に縫い付けt「蝋桜が汚れるから嫌です!」
どうやらローオー?という刀の名前らしい。
「そこら辺の剣でいいんだろ?」
「そうね。ユウ、ヘンリ。」
そこでわざとらしく大きく息を吸って溜めてから
「本体に刺さってもいいから、コイツを地面に磔にしておきなさい。」
「鬼なの?!」
後ろで弓使いの…確かシエラの方から抗議の声があがるけど聞こえない。
「ふん!その程度の脅しで私が喋るわぁぁっぁっぁあ!!」
この後に及んで、まだ強がりを言おうとしたらしい残念コーデの眼前に深々と突き立つ剣。
「あ、ごめん。つまづいちゃった。ユウ君が折った剣が多くって多くって。」
「ヘンリぃ。見てろ?こういうのは多分…」
ザシュッ!と音を立てて適当に拾い上げた槍をジャケットの脇に思いっきり突き立てるユウ。
「脇を刺しておけばいいんだろ。」
ちなみに言っておくとこの時点ですでに残念コーデの顔色は真っ青だ。
「うーーん…それだと逃げちゃわないかい?ほら。ここの…」
そう言いながらフラフラと穂先を揺らめかせ、ピタリと止めた。
「肩とか。」
よりによって肩に。
「しょ、正気か?!」
「逃がさない。ってなると…ここ以上に重要なとこがあるか?」
パニクってわめき散らす残念コーデを無視してこっちに聞いてくるユウ。
「いいえ?最適よ。」
「あんまり血も出ないしね。」
「出すぎたら私戻せますよ。」
「システィが出来るらしいからユウー。思いっきり刺していいぞー。」
「ご主人、ファイト。」
満場一致。
「……だ、そうだ。」
「待て待て!何が聞きたいんだ?!何でも喋るぞ!」
「だから?」
拾い上げた槍をクルクルと回しながらゆっくりと歩み寄るユウ。隠しきれないサド心が溢れだしている影響か、肩に憑依しているティリアの呼吸音もいつにもまして荒い。
「だから止めてくれ!何でも喋るぞ!」
「そうか…」
近くで立ち止まるとうーーん…と悩みながら槍を先程同様にゆらゆらと怪しく動かしている。
「あ!なら1個お前だけにしか聞けない事があった!」
「おお!何だ?何でも言うぞ?!」
「断末魔ってきいてみたかったんだ。」
ニヤァと笑うと目を狂喜に光らせ、逆手に持った槍を猛然と突き立て
……なかった。
「……寸止めって難しいな…10cmは余裕だぞ。…って気絶してら。」
ブクブクと泡を吹きながら気絶している残念コーデ。本当に兵士だったらジャケットを刺された位じゃ動かないから、脅してみたら案外喋るかな。と思ってユウと相談したけれど…
「まさか気絶するとは……」
「これは予想外だったな。」
「もう一回起こしますか?」
「うん、システィ。雷球はいらないわ。仕舞って。」
どうしたもんか。と皆で囲んで相談していると
「わざわざコイツに聞く必要もないだろ。」
ティリアの憑依させたままのユウが槍を遠くに放り投げてから私の後ろを指差して
「お前らなら、何しようとしてたか、知ってるよな?じゃねぇとここまで執拗に襲われないし。」
シエラとレオラに向けてキリッと言い放った。…背中のティリアがシリアスを帳消しにしてるけど。
「こうなっては仕方ないか。」
短剣を納めたレオラ?─今だに覚えられない。─は嘆息して、ヘンリとシスティに治してもらった足でしっかりと地面を踏み、立ち上がると、
「ついてこい。そこで話そう。」
そう言うとシエラと共に森の中にガサガサと入っていってしまった。
皆で慌てて後を追いながら横でレオラと同様に迷いない足取りで進むユウを小突く。
「随分と楽しかったようね。」
「楽しくはねぇよ。」
「まぁ…何にせよ無事で良かったわ。」
「……そりゃどうも。」
いなくなる前と同じように軽口を叩きあいながら森の中を更なる困難が待ち受けているとも知らずに、歩いていく。
「ところでティリアはいつまでしがみついてるの?」
「俺も不審に思ってさっき確認したんだ。」
スッ、ペシペシ。
「……Zzz」
「もうこうなったら剥がれない。」
「落っことさないようにね。」
「落ちたらいいな。って思う。」
モゾモゾ。(顔を起こすティリア。)
ポスッ。(左肩に着地)
「…Zzzzzz」
「「………」」




