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波ァァァァァァ!!

鬱蒼と茂る森の中、影を見失わないように掻き分けながら必死に駆けていく。


「ティリア、耳はもう平気なの?」


「少し前に完全回復しましたよ。」


隣を走る親友に訪ねるといつものように無表情に近い顔で何事もなく返してくる。


「それは良かった…っと。」


向こうも同様に回復したらしく時々矢が再び射かけられてくる。チラッと横目で空を確認するとノッチ達に渡した信煙から大分川とは逆に動いてきてしまっている。


「時間がないのに…」


無数のグレーの信煙も気にはなるけれど、それは今はノッチ達に任せよう。私達はあの二人組を逃がしちゃいけない!


「ティリア!見失わな……ティリア?」


隣を走っていたはずのティリアがいない。急いで辺りを見回すと後ろ、数歩下がったところにポツンと立ち尽くしていく。


ザザザ…と音を立てて遠ざかっていく二人組を追いたいけれど、短く舌打ちをしてティリアの元に戻る。


「どうしたの?毒でも盛られた?!」


俯いたまま黙った親友はゆっくりと小さな口を開き、



「もう限界です。」



ポツリと呟くとカクッと膝が落ちた。


「ちょっt「ここまでご主人と離れ!早二週間と少し!」


崩れ落ちるかと思って差しのべた手の前で怒りに満ちた声で叫んだティリアがダン!と力強く地面を踏みしめる。


「私はもう…限界です……ッ!」


そのまま両手を自分の回りの空気を集めるかのようにクルクルと自分の前で回し始め…違う。実際に集まってきている。森の空気を本気で集めだしたティリアは帝国の支給ジャケットの袖を激しくたなびかせて集めた空気を自分の合わせた手に集束させていく。


「ねぇ…何しようとしてるの?」


あまりにも不穏な気配にティリアに確認しようとすると、ちょうど合わせた手に集めた空気が毬位の大きさになり、その中は濁った水晶玉のように私から見える右手の反対側の左手が見えないほどまでになっている。


「この一撃に…私が溜めていた全ご主人成分を解き放ちます……ッ!」


ユウが聞いたらツッコミたいだろう卯論な成分が登場。


「ねぇ…ちょっと!」


「絶対に私の後ろから出ないでくださいね……」


そう言い残すと二人組が消えていった方に半身を向け、腰を落として添えた両手を風のボールを壊さないように腰だめに構えていく。


「ティリア流…ご主人成分秘奥義っ!」


叫ぶと同時に溜めた腰を一気に戻しながら両手を前に突きだし…



「臥竜!斬風螺旋波!!」



バッ!と両手をつき出す。


スローモーションに見える光景の中、ティリアの両手に包まれていた風のボールがゆっくりとほどかれていき…


ズッ…と辺りの空気がそのボールにズレ込んだかのような錯覚を感じて、急いで耳を塞いだ瞬間



バガッァァァアァアアァアァァアン!!



森そのものを食らいつくす一匹の大蛇の如く、あらんかぎりの猛威を奮い、木を丸ごと呑み込み地面を抉りながら、時に人影らしき物体まで巻き込むと意に介さない様子で猛然と駆け抜けて行った。


「……うわぁ。」


風の大蛇が駆け抜けたあとには何も残っていない。残ったのは真っ直ぐにどこまでも伸びた王国の主要大通り位の幅の更地。


「くぅ…ご主人成分が合わさると勢いも凄いですけど……私の中のご主人成分までかなり持っていかれますね…。」


「だから何なのよ。その成分。」


それともアイツからはそんな成分でも分泌できる機能でもあるのか。


茫然と立ち尽くしていると遥か視界の先に例の二人組らしき影。


「大丈夫ですよ。臥竜斬風螺旋波は国軍兵士を片手であしらうレベルの人なら死にません。」


「……そ。」


国軍兵士をあしらうレベルとなるとすでに人なのかも怪しいけれど、幸か不幸かあの二人組はその類いだったらしく短剣使いは足を押さえて止血を試みている。出血は少し多いようだがそこまでの深手でもないらしく、もう一人が肩を貸して逃げようとしている。


「ちょっと待ちなさいよ。」


そろそろと歩く二人組の前に腕を組んで行く手を阻むと、一瞬短剣使いを離して私達を迎撃しようとして、諦めて睨んできた。


「お前らの探してる物なら私達を拷問にかけたところで絶対に吐かない!!」


と、憤怒に満ちた声で怒鳴り付けてきた。


「…え?」


「惚けるな!」


意味が分からなくて聞き返すと残った片手で腰のダガーを抜いて威嚇をしてくる


「私だけでも抵抗を続けてやる……!」


話し合いたいけれど相手の目には敵対心しかない。


「……この人、ご主人成分が切れて…」


「それだけは絶対にないわね。」


親友のボケ(?)を封殺すると少し寂しそうにしている。まさか本気で言っていたのか。


「うわ!何だこれ。ここら辺一帯何も残っていない…」


「あ、あそこにいました。」


「おおーーい。アニエスちゃーん。ティリアちゃーん。」


ティリアが作った更地に森の中から現れたノッチ達がこちらを見つけて、システィが手を振ってくる。


「あ、ちょっと待って!今はちょっとめんどくさいことになってて「すまん、アニエス!」


ノッチは短く断りをいれると手に持った大剣を振りかぶり、


「俺達も今、結構めんどくさい状況なんだ!」


森の中から後を追うように現れた帝国兵を凪ぎはらった。こちらに合流してきたヘンリも自分のサーベルを返り血に染めている。


「何か木の上で動く影を見つけたから信煙でアニエスちゃん達に知らせようと私頑張ったけど。そしたらこの人達が沢山きて……えい!」


システィも戦いは苦手ながら雷球を兵士にぶつけて動きを封じたりして必死にサポートしている。


「特に怪我はないわけね?!」


「怪我はないけどな!……この数が面倒だ!」


ノッチが力任せに四人ほどを弾き返して私の近くまでさらに後退しながら悪態をつく。


「仲間を呼んだか…!」


「呼びはしたわよ。」


二人組を庇うように立つと弓使いが憎々しいと言わんばかりに睨みつけてくるから、こちらも負けじと強気で返す。


「……結構な数、お呼びじゃないけどね。」


ジリジリと下がりながら先頭を私とノッチ、ヘンリが両サイドをティリアとシスティが魔法で完全に囲まれないように牽制しながらどうにか突破口を探るけれど、森の至るところから兵士が出てきて、ついに更地の真ん中で囲まれてしまった。


「……酷いな。」


「五月蝿いわよ。大人しくおぶられてなさい。」


弓使いに担がれている短剣使いが冷静に状況を説明してくれた。嬉しいから無事に抜け出せたら脇腹でもつついてやろう。


囲んだ兵士が一様に着ている前衛的なカラーリングに目眩を起こしかけた時、軍勢の中から前衛的なカラーリングをレザーにしてしまった、より可哀想なカラーリングの兵士が抜き放った剣を片手にぶら下げ、偉そうに出てきた。


「あれ……痛い…。」


「ティリアちゃん、ダメですよ。あの人はあれが格好いいと思って、ああいう残念な服を着てるんですから。」


「システィちゃん、ティリアちゃん、聞こえてる聞こえてる。」


奇しくも私と同じ感想だったらしい。


「ううん!さてと…おや?」


残念な服を着た兵士は仕切り直そうとしたのか咳払いをしてから私達を見回して不思議そうに


「君達は…新入りかな?」


と言い始めた。しかし少し考えたのち、どうでもいいと判断したらしくわざとらしく手を打ち合わせた。


「まぁいい。シエラ、それとレオラ。私達が来た理由は分かるな?」


そこまで言うと


「リーダー、ファルクと持ち出したものは何処だ?」


声のトーンを落として脅すように聞いた。


「……私達を脅しても喋らんぞ?」


「それはもう知っている。もう一度だけ聞くぞ?持ち出したものは何処だ?」


短剣使いが付き合いきれない。とつまらなそうに吐き出した。


「アンタ達アイツらと知り合いじゃないの?」


「レオラがアレと知り合いだという事実から末梢したいくらいだ!」


弓使いが私に噛みつかんばかりの勢いで叫んできたことから多分こっちの弓使いがシエラなんだろう。そして二人組はアイツらと繋がりがあり、そして犬猿の仲。


「ご主人の匂いがするというのはどういうことですか!!」


逆にこちらは何故かティリアが担がれている短剣使い改め、レオラに全身から怒気を滲ませて詰め寄っている。


「防御が崩れるんだけどなー…」


「ムダよ。ヘンリ。もうティリアは何も聞こえてないわ。」


仕方ないから残りの面々で隙間を埋める。


「さぁ答えなさい!ご主人はどこですか!」


「ん?ということは……お前らがユウが言っていた仲間か…」


「ご主人を知っているんですね!さぁ答えなさい!答えずにここの森の肥やしになるか!答えて私の嫉妬とご主人への情愛の風にその身を裂かれるか!選ばせてあげます!!」


「レオラにそんなことをしてみろ!私がお前を殺してやる!」


「そうですか…コイツもですか!待っててくださいご主人!こやつらを生け贄にご主人を召喚してみせます!!」


「落ち着きなさい!ティリア!」



「いい加減にしろ!!」



私達の痴話喧嘩にいい加減耐えきれなくなったらしい兵士が声を荒げた。ハーハーと息を着いているから相当怒っているようだ。


「そこの金髪。お前らがその二人組が捕まえてくれたことには礼を言おう。そこでだ。私達にその二人組を渡してくれないか?そいつらは元仲間なんだ。」


「……渡さなかったら?」


とりあえず聞き返してみると、私達を無遠慮に眺め


「まぁ…それなり、だろうな。」


と、にやけた顔で言った。


「……きもっ。」


本音を正直に言うティリアが今この場にいる全員の気持ちを綺麗に代弁してくれた。


しかし少し声量が大きかったようで、こめかみをひくつかせた兵士はスッと手をあげた。あれは攻撃合図だろう。多分。


「そうかそうか。死にたいなら…!」


カッと目を見開くと


「殺してやる!!」


手を振り下ろし、前衛部隊が剣や槍を掲げ一斉に突撃を仕掛けてきた。


「来たわよ。ほんとに。」


「まぁ…捕まるわけにも殺されるわけにもいかないから、これくらいしか残ってないな。」


「あ、ええとシエラちゃんと…レオラちゃんだっけ。そこで待っててね。………あれ?ティリアちゃん?」


ヘンリの不思議そうな声に視線だけ向けるとティリアは特に構える訳でもなく、ただ立っている。


「ティリア?早く構えて「戦う必要がないもので。」


私の忠告に被せるように遮ってくるティリアの目には確かな確信の色が見えるけれど、戦う必要がない……


「チッ。今さら来たか。」


疑問に思っているとシエラがいきなり何かに毒づき始めた。自分の事かと勘違いしたシスティがキョロキョロと見回して、何かに気づいて同じように構えをとく。それと同時にヘンリも。


あまりにも無防備な姿勢に兵士も手を出すべきか迷って数10mのところで足踏みをしている…その時、ハッキリとガサガサ!と段々とこちらに近付いてくる─



森の中をアイツが走ってくる音を聞いた。



「………今来るのね。」


「まぁ、らしいっちゃらしいな。」


苦笑しながらノッチと一緒に構えをとく。ノッチに至っては大剣まで背負い直した。


「そうだそうだ。最初から抵抗を止めて大人しくソイツらを渡せば良いだけだ!」


「勝ち誇ってるんじゃないわよ。残念ファッション。」


ガサガサと遠かった音は今やザザザと連続して聞こえてくる。もうすぐ着くだろう。


「もう私達が戦う必要がなくなっただけよ。これからこれから。」


「これから、の方が面倒だと思うけどな。」


ノッチも苦笑して同意してくる。ティリアは大好物を目の前に置かれた飼い犬のように目を輝かせて今か今かと待ち続けている。ヘンリとシスティは負傷したレオラの手当てに取りかかり始めた。今さらながら私達のチーム、だらけすぎじゃないかと思う。……まぁリーダーがリーダーだから仕方ないか。


痺れを切らせて再度総攻撃の使令を出そうと手を振りあげた、まさにその時


藪ごと引き裂く勢いで影が私達と兵士達の間に神速で割り込んできた。



「………」


突然の闖入者に兵士達は驚きの、私達はやっとか。と呆れた沈黙。


「…ゴホッ。」


むせた。


「…ゴホッ、ゴホッ!」


恐らくずっと走ってきたのに今いきなり止まったから苦しくなったのだろう。


仕方ないから少し待ってあげると息を整え終わったらしく、やがて黒に赤いラインのコートや少しだけ伸びた黒髪に付いた葉っぱや枝の欠片を払いながらゆっくりと立ち上がる。



「「「「「遅い!!」」」」


一斉に大声で叫びかけると、少し声に押されたかのようによろけてから、振り向き


「ごめん。少し遅れた。」


ユウは久しぶりの苦笑いと共にそう言った。



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