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ある日、森の中。

「とうぅ。」


間の抜けた掛け声と共に激流の川に風のナイフが差し込まれる。激流をものともせず風のナイフは川底まで差し込まれ、そこから今度は川の水ごとザバァァァァと掬い上げられる。切り取った張本人は暫く川底の水だけを眺めていたがやがて興味がなくなったのか、川に水を戻した。


「……」


「どうしたの?」


茫然と立ち尽くしたまま微動だにしないティリアの背中に声をかけてみる。


「ご主人…」


「ああ、うん。」


心配したのが馬鹿らしくなった。



しょんぼりを続けるティリアを連れて前回の痕跡が残っている場所までまた足を運んで、その木に刻まれた生々しい爪痕を眺める。やっぱり狼とかじゃなくてこれはどう見ても人間の痕跡…というかアイツの痕跡。


「大体なんでいきなり川底なんて掬いだしたのよ。」


「川底にご主人の痕跡でもあればなぁ…と思って……」


「今日は私達だけなんだから手早くやらないとダメなのよ?」


お説教をしつつ作戦準備の為に手早く回りを確認して誰がいないことを確かめてから、せーの。で着ていたマントを取り払う。


「デザインがダサい…」


「……私もそう思う。」


今回の作戦はつまり、『帝国チェック作戦。』ユウがいたと思われるところには一回目、二回目─まぁ二回目は頼りがティリアの鼻だったから実際には見ていないけれど─共に帝国兵が小数でいた。


そこで帝国兵は共通隊服をきて彷徨くことで、ユウ本人またはユウと行動を共にしているであろう人物を炙り出そう。という作戦だ。少し離れた場所では恐らくノッチ達が同様に展開している。それでどちらかにどちらかが現れた場合、アキュリス王国で使っている赤い煙の信煙弾を打ち上げて合流する手筈になっている。


「それで…どう?ティリア匂いする?」


帝国兵の装備らしいグレーのジャケットに赤の襟付きのシャツにズボンの上下という前衛的すぎるファッションに為らざるを得なくなってしまったティリアは、脱ぎたくて仕方ないと言った様子で自分の立ち姿を眺めていたが顔をあげるとヒクヒクと鼻を動かして辺りの匂いを探り始めた。



私は少し離れて腰に手を当てて少しの間休憩をとっておく。実はすでに一回この作戦はアルド達に頼んだときにやってもらって、その有効性を試していた。そしてその際『美少女の戦士達がきた。』と意味の分からない証言があった。『ご主人の貞操の危機!』と飛び出そうとするティリアを押さえつけながら聞いたところ、『何でもいきなりゲリラみたいに襲って来たからきっとあそこら辺を拠点にしているんじゃないか。』といつもの出歯亀キャラをどこかに忘れてきたかのように客観的な意見を貰った。とりあえず『また会って連絡先をどうしても知りたいからもう一度行かせてくれ!』と下心丸出しだったのでシスティに軽く電撃を浴びせて罰を与えておいて、『早く行かないとご主人が色んな意味で危ない!』と目を怪しく輝かせたティリアに皆で付き添ってここまで来ている訳。


以上ここまでの回想。



「何で強いのにアイツらはああも残念なのよ…」


アルドとドロイだけでもそこらの兵士には多対1でも遅れをとらないほどの実力者なのにそれを帳消しにするあの出歯亀キャラが強すぎるんだろう。以前ノッチに聞いたところ無言で顔を伏せられ、ユウには『……空が青いな。』と修行僧みたいなことを言い出したからよく分からない。



それにしてもユウが生きてることは確定した訳だけれど、そうすると今度は今まで遭遇してきた兵士達が話が合わなくなってくる。帝国の兵士と言えば帝国陛下直属の四人小隊以外は全員男だと聞いているし、事実それで今までずっと帝国の女兵士なんて見たことない。……だとすると他の?



そこまで考えた時、頭に妙な直感めいたものを感じて腰のメイスを抜かずにホルターごと跳ね上げる。


ギィン!と鋭い金属音を上げてメイスに短剣が突き立つ。相手の姿を捕らえようと体ごと回すけどそこには姿はない。


またも直感に任せて首を守るようにメイスを構えて、短剣を持った手を捕らえて止める。


「おりゃ!」


メイスをバトンの様に回して弾き飛ばそうと─


「……ッ!」


自分の体ごと回り着地と同時に素早く距離を取られた。


「ご意識頂戴。」


すかさず回り込んでいたティリアが峰打ちを入れようとするも、突如飛んできた矢の防御に回らざるを得ず体勢を戻した短剣使いとそのまま斬り結び合う。


「アニエス、お願い!」


「そっちは平気なの?」


「負けませんし、それに!」


ギャリン!鍔競り合いから互いに構え直すティリアと短剣使い。


「……この人から、ご主人の匂いがするのが気にくわないんですよ…!」


ズゴゴゴオ…!とものすごい空気を水晶を嵌め込んだ指輪を輝かせ、物理的にも纒だした。……私が矢を弾く必要ないんじゃ?


「あなたには…聞きたいことが、57個ほどあるんですよ!!」


八つ当たりにも近い勢いで猛攻を続けるティリアが少し心配になったけれど、キチンと相手のフェイントや奇襲にも反応しているからあっちは大丈夫だろう。


「さっきから私だけ矢が飛んできてるし…っ!」


矢は速いし、正確に急所を狙って飛んでくるけれどその分かわしやすい。


「ふんじばってやるわよ!」


頭めがけて飛んできた矢をメイスを回して弾き、走り出す。意外と近くのやぶに潜んでいたのはまたもや女の子。私と同い年だろうけれど……


「それも全部!捕まえてから!」


最後の矢をへし折り弓を弾き飛ばして一気に距離を詰める。腰に隠し持っていたらしいダガーを蹴り飛ばして、動きを止めるために体勢を崩した女の子にメイスを突き立てようとした瞬間、



パァァァァン……



森に響いた信煙弾の音にティリアだけでなく私達と戦っていた二人組も森の上空に目を凝らす。


「ティリア!奇襲を─」


警戒して!と言うはずだった私を黙らせたのは足元の女の子の奇襲でもなく、



空に昇る赤の信煙を追い越さんばかりの勢いで次々と上がっていく


─グレーの信煙の群れ。



「な……」


まさかこの二人組は囮?だとしたら信煙をこの二人組が上げて後は適当に付かず離れず私達と戦って合流した本隊と交替すれば良いだけだ。何も仕留める気で眉間や脛に射かける必要はない……


だとしたらあれは?


「……このっ!」


足元からの気合いの声にハッと我に帰り防御に入るけれど、せっかくの追撃のチャンスに私を素通りして森の中に入っていってしまう。


「アニエス!」


同様に逃げられてしまったらしいティリアと一緒に二人組を追って森に飛び込んでいく。


「どういうこと?あの二人組は囮じゃないわよね!」


「何にしてもノッチさん達が上げた信煙の方に向かってます!」


「……そこで第2ラウンドって訳?」


鬱蒼と茂る森の木々に手間取りながら走って追っていくけれど向こうはスイスイと木なんて無いかのように駆けていく。その内に短剣使いが腰のポーチから筒状の何かを取り出すと、その先端を走りながら木に擦り付けると発火した。


「火薬?」


ティリアの疑問に行動で返した短剣使いは火花を上げる筒を空に向けて、背中が粟立つような悪寒を感じてティリアと同時に耳を塞いだ。刹那、




キィィィイィッィイイィイイイイイン!!




「ぅゆっ!」


「いった!」


錆び付いた金属を一斉にヤスリにかけたかのような不快な大音響に思わず怯んでしまった。その隙に二人組は上に飛び木に身を隠してしまう。


「ああもう!何でこうなるのよ!」


「逃げられたら面倒です……頭痛い…」


自分が出した声がぐわんぐわんと頭を揺さぶる中、二人組を捕らえるため森に飛び込んでいく。



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