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オカンの起きなさいコールは無くなってから有り難さを知る。

朝早い時間、歩き慣れた街道をまっすぐに歩いていく。腰に吊り下げたメイスを揺らしながら目的地を目指す。途中の店で薫りの強いベーコンをブロックの状態で買ってギルドに歩いていく。


前から通っているいつもの道のり。このままギルドに入り、たまに投げ掛けられる野次を振り払い帰ってからここに来るまでの鬱憤を真っ黒で素手のメンバーに(物理的に)ぶつけてから、仕事になる訳だけれど……


そこを素通りして少し歩くとある見慣れた一軒家。私がギルドに来るまでは何故か入居者が居なかった木造の家。


昨日結局持って帰る羽目になった鍵を差し込んでその中に入る。家の中は誰もいない…ことはない。いる。起きてないだけ。


ツカツカと歩いてベットの側まで来ると目の前には丸まった布団の塊。はぁー…と溜め息をついて起こしにかかる。


「ティリア。起きなさい。」


「……」


反応なし。


ならば。んん、と喉の調子を整え、


「こらティリア。いい加減起きろ。」


「似てない。」


「殴るわよ?」


誰のために似てもいない物真似をしていると思っているのだろうか。起きていないわりに随分と早い反応だったのは気のせいじゃないはず。


「……。」


「…………アニエス臭…」


「は?」


モゾモゾと虫が羽化するように這い出してきたのはここの家主の側近にして、私の親友。ティリア。


完全に寝起きらしくボーッとしたまま左右にゆらゆらと揺れながら視線を巡らせている。これは本当に眠いときか寝起きにしかしないので寝ていたのは間違いないのだろう。……だとしたらあのダメ出しは無意識?


「おはよ。」


とりあえず起きたことに違いはないので挨拶をする。しかし目をとじたまま黙ってスッと手をお椀の形にして差し出してくる親友。目ざとい親友の手に口のサイズに合うようにベーコンを切って渡してあげると、はむっと食んだままベットから起き上がりそのまま個室に引っ込んでいく。


そこからちょっと時間がかかるのでお茶を淹れる。ユウが大切に保管している茶葉の場所は熟知しているので、数あるフェイクを押し退けて目当てのそれを引っ張り出して戴く。その奥にあった『必殺ご主人』というラベルのビンはスルー。


ちょうどユウ秘蔵のお茶をすすり終えるとティリアが個室から出てきた。寝ぼけていたときのユカタとかいう服じゃなくていつもの戦闘服。……寝ぼけてはいるけど。あちこちにぶつかりそうになりつつこっちに向かってきたティリアにお茶を渡すと、両手でコクコクと飲み干していく。


「……………………うぇぇぇえ…」


「ちょ!何でいきなり泣き出すのよ!?熱かった!?」


お茶を飲み終えカップを暫く見つめていたかと思うと突然のガチ泣き。肩まで震わせてシクシク泣いている。


「……ううぅ…」


「あー、もう…何?」


「ご主人がいない……」


「だから探しにいくんでしょうが。」


割と長い時間付き合っているけれど相変わらず分からないことが多い。





「ご主人ー。どこですかー。」


「ユウー。」


ガサガサと道なき道をかき分けてユウの痕跡を探して歩く。ユウが流されてから一週間、ずっと探している訳にもいかないからその時はギルドのメンバーにお願いしたりして探してはいるけど……


「なかなかいないですねー。」


「どこまで流されたのかしら……どうしたのヘンリ。」


「ん?いや皆ユウ君が無事だって信じてるんだなー。って。」


ニヤニヤ笑いながら後ろを歩きながらそんな事を言ってくるヘンリ。


「まぁユウなら平気だろ。」


「ユウさん泳げますし。」


「腹捌かれても生きてたやつがそう簡単に死なないでしょ。ね。ティr「喋ってないで探してください……」


ズモモ…と重苦しいオーラを放ちながらこちらを威圧してくる親友(?)。ごめん。と謝ると前をまた向いてご主人ー。と呼びかけ、探し始める。


「……ん?」


よく見るとパシパシと軽く手を叩いている。あれはたまに見せる誤魔化したい時の……そこまで腹を捌いたことを無かったことにしたいのか。 


「ふーん……あ、皆こっちこっち。」


こちらの反応を楽しんでいるのか、いつものニヤニヤ笑いのまま違う藪をかき分けて進んでいく。


「何でしょうかね?」


「まぁついていくか。」



道なき道をスイスイといくヘンリに付いて歩いていくと草むらの一角に私達をしゃがませた。


「じゃーん。」


おちゃらけて指し示すその先には…


「あれ…帝国の兵士よね?」


「どこに進軍してるんでしょう?」


3人ほどの小隊を編成して進軍している帝国兵が私達と同じように道なき道を進軍していた。


「不思議でしょ?」


「いや、どっちかというとこれを知ってるヘンリに驚いているんだが…」


「ああ、それはね。知り合いの小物屋をやってる娘がここら辺に材料の調達しにきた時に、バッタリ会ったから気を付けて。って教えてくれて。」


「小物屋の娘がわざわざこんな森の奥地に一人でこないでしょうが。」


どこまで嘘か分からない言葉で誤魔化そうとするヘンリにツッコんで兵士を注視する。


「ねぇノッチ。アイツら進軍中なの?」


「ん?……いや、違うな。進軍というか、何か探してる?」


ノッチの言うように迷いなき進軍ではなくまるで道を確認しているような…


兵士達が森の中に消えた頃合いを見計らって藪からゴソゴソと這いでる。


「どうしよ。」


「あ、あの人達にも手伝ってもらいますか?そしたら早く見つかりますよ。」


「システィちゃん、それは無理かなー…」


「とりあえずここでウロウロしていて鉢合わせしても仕方ないし、他のルートで探しましょう。いくわよティリア…ティリア?」


さっきから静かにしているティリアはジッと兵士達が消えていった森の方を見つめたまま、動こうとしない。


「……ご主人の匂いがした。」


「は?」


そう呟くと鼻をヒクヒクさせて匂いの元を探り始めた。


「え?匂い?」


「あ。ティリア匂いに凄い敏感だから……それにその匂いの元がユウだし…」


「信憑性は高い。ってことかい?」


頷いて答えて辺りに目を凝らす。普通の人だったら疑うけどティリアだから恐らく確かなのだろう。……前に隠し持っていたデザートを手洗いに立った一瞬で食べられた経験はきっといつまでも忘れない。並んで買ったのにっ…!!



「出たぞ!!」




森の奥から響く怒声に引き戻され、戦闘体勢に素早く戻る。しかし暫くしても先程の兵士は戻ってこない。


「…あれ?」


「私達じゃないんですかね?」


システィが言うようにそもそも私達を見つけたところであそこまで反応するだろうか。それに『出たぞ!』…まるで探していた何かと遭遇でもしたかのような─


そこまで考えたところで弾かれるようにティリアが森の奥に駆け出していった。


「ちょ、ちょっと…ティリア!」


慌てて後を付いていき、隣に並ぶといつものボーッとした表情とは違い、真剣に取り組む時の真面目な顔で、木の枝や藪に引っ掛けそうな服を全く引っ掛けずに疾走していく。全く勢いを緩めることなく走ってるとかすかに戦闘の音が聞こえてきた。それと同時のティリアがまた加速をかけ、今度は目の前の木々を風魔法で引きちぎりながら猛然と駆けていく。


必死に走って開けた場所に出るとティリアが抜刀して立ちつくしていた。


「どうだった?!」


「もういませんでした…」


遅れて到着したノッチの問いにしょんぼりして刀を納めながら答えるティリア。


倒れている兵士達にも刀傷はなく、全員剣をへし折られ、着ている鎧は大きく凹んでいた。


「はぁ…はぁ…ユウさん、ここに…いたんですかね……」


「ここにいたと思うよ。ホラ。」


そういってヘンリが指差す先には木に深々と刻まれた爪痕。


「ユウだな。」「ユウね。」「ご主人…」


まだしょんぼり状態から回復できないティリアも認めるほど、清々しい痕跡。


「鎧を凹ませるほどの勢いで蹴れるやつを他に知らないしな。」


ノッチの言うこともその通りだけれども、また謎が増えてしまった。


「なんでユウ君、帝国の兵士と戦ったんだろうね?」


「少なからず因縁はあるんだけど…こんな森の奥でたった一人でゲリラ?…あり得ないわよね……」


「もしかしたらどこかに泊めて貰ってるんじゃないですか?」


「システィ。ティリアが暴走し始めるからそこら辺で止めておいて。」


泊めて貰ってる…のも、ティエルフールで王女と一時逃避行した訳だから無きにしも有らずなんだけど、それもしっくり来ない。


「まぁ今日はここら辺にしておいて帰ろうか。ホラ、こうやって木に傷をつけておけ…ば。」


そういってサーベルでナナメに走った爪痕の上から新しく傷を付けた。確かにこれなら再開もしやすいだろう。ティリアが作った道もあるし。


「しょうがない。兵士が起き出しても困るし、帰りましょうか。」


今一つ解決しない問題と確かな確信を得て引き返していく。




……また明日もティリアを起こしにいかないと。



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