己の限界を知ればなんとやら。
キョロキョロと辺り一面暗闇の中を見渡して夜中の巡回が来ていないことを確認する。大人しくしていれば殺さない。と言っていたように基本何をしていてもスルーなのだが、俺が今からやろうとしていることは最悪見つかった瞬間殺されかねない。誰の足音もしないことを確認してから机の前に腰を下ろし、準備をする。
ふーー、と息を吐いて右手を前にだす。水晶の力を少しずつ出してイメージを固めていく。ここで何度も見た武器の数々。
中でもよく見た槍をイメージ……細く長く、鋭い刺し貫く為に特化した槍を。
黒いもやが手のひらに集まってゴマ粒ほどの大きさになる。ここで力んでさらに増やそうとして増えるものではない。大事なことはより確固たるイメージ…
ゆっくりとイメージを続けていると手のひらに形作られたものが現れる。
現れたのは俺のイメージ通り、
細く長く、鋭い刺し貫く為に特化した…
真っ黒なつまようじ。
「おおぅ…これが限界か……」
軽く絶望してから頭を切り替えてつまようじを机に置いてジリジリと部屋の隅まで後退していく。机の上のつまようじを凝視しながら少しずつ距離を取っていくと、小屋の壁に背中が当たった。
「変化なし、このくらいなら離れて平気か。」
机と小屋の隅まではざっと8mはありそうなので戦闘中に投擲するには近すぎるけれど、近距離なら充分だろう。
これに気がついたのが一昨日の夜。
流石に大人しくしていても小屋の中には何もないし、トレーニング位なら。と行動に移した時にちょうど見回りにきたシエラに見つかり、危うく矢を射かけられるところだった。ヤル気が完全に削がれ小屋の扉に取り付けられた鍵を見ながら『せめて針金か何かあれば……』と考え、手頃なサイズや硬さの針金を思い描いていると、手のひらに違和感を感じて、2cmの針金があった。とそんな事があったわけだ。
「整理すると、イメージするとそれが創れる…いや纏える?まぁ創れるってことか?」
このままだったら俺の能力は色々と便利な『イメージしたものがそのまま形になる』というよく漫画の敵方に出てくるアレだ。何故か四天王的なポジションに位置付けられる割に主人公ではなくその仲間のパワーアップ後の強さ証明書みたいな扱いが多いのはそういう宿命だろうか。
「でもどうも違うみたいなんだよな…」
ファルクに頼んだらすぐに持ってきてくれたランプの灯りを頼りに針金を探しだして手に置き、消えるようにイメージしながら握りこむとフッと跡形もなく消えた。
「小物はこれでいいとして…問題は次だな。」
今度は気分的に両手を合わせてイメージをしていく。グッと握りイメージを強くしていく。頭の中で完全に固まったところで、バッ!と両手を引き剥がすように大きく広げる。開かれた手から床に落ちるそれを寸前でキャッチして慎重に机の上に置く。
「創れちゃったか…」
俺のもやが創ったものだから黒いのは黒いけれど、想像以上にそっくりな一振りの刀。刀といっても鞘もなければ柄もない、いわゆる刀身のみの物騒なシロモノ。
「ティリアの刀作るときに散々見たしイメージ自体は楽だったな…」
ひとまずそれは置いておき、続く2作目。
今度は投げナイフの製作に入る。今までと同じ手順でイメージ。
「…正直形が細部まで分からん……」
今までの戦いでもごくたまにしか使ってないせいか刃の部分が全く思い出せない。
それでもどうにかまとめあげ、刀よりも長くイメージをして手を開く。
「……なんだこれ。」
出来たのは形こそそっくりだが何の凹凸もないただの鉄の板。試しにもう一度持とうとした瞬間、端っこからもやが宙に溶けるように消えていってしまった。
「所持している時間は関係ない…問題はどこまで詳しくイメージ出来るか、か。」
一つ分かったところで刀をとりあえず消そうとして掴みあげる。
「これ、使えるのか?」
使う上での最重要課題。使えるのかどうか。せっかく作ったのだから使えないと意味ない。
立ち上がって少し回りの物を退かし、念の為小屋の扉から外を伺い、辺りを見回す。安全が確認できたところでいよいよ実践。ティリアのフォームを見よう見まねで上段に振りかぶり、踏み込みと同時に素早く…振り抜く!
「─せっ!」
振り下ろして残身のまま少し止まり、余韻に浸る。俺とて1男子高生なのだからこういうことに心踊っても仕方ないのではなかろうか。すっかり剣豪になった気分で体を戻して…気づく。
「あれ?」
刀身がない。
まさかすっぽ抜けて飛んでいったか。と扉に貼り付いて外に目を凝らすが、徐々に日が上り始め、少しなら見える小屋の外の風景にそれらしい影は見当たらない。
かといって小屋の中にも突き立ってはいない。ここでギャグ漫画だったら俺の頭とかに刺さってる物だけど当然刺さってない。
……まさか。
嫌な考えが頭をよぎる。まさかとは思うけれども。
人の気配がするようになってきたのでこそこそと扉の影に隠れて同じようにしてもう一本、刀を創る。
今度はしっかり刀身を凝視しつつ遅めに横に振る。
すると…なんという事でしょう。
振り出しから振り抜きまでの軌跡を辿るかのようにホロホロともやになり、宙に消えていくではありませんか。
「……」
振り抜きの終わりにはもうすっかり無くなり、空っぽになった手を下ろす。
「……振る段階までイメージしないと出来ないんか…」
ここまで来ると流石に泣けてくる。唯一良かったのは実戦中にこれを創って受け太刀をしなかったことか。
「ゲームのプログラムじゃねぇんだぞ…」
まるで表示はされるけど、いざ装備してダンジョンに出ると何も表示されないような感じ。それよりも遥かに酷い。
「仮説にすると完全に変化先を知っていて、使った感触も熟知していて、なおかつそれが実用レベルであることが条件?」
暫しの沈黙。
「もうそれを装備した方が早いな。」
一々生死を分ける戦場でそんなギャンブルを続けたくはないし、そしたらいっそ狼化一本で戦った方が戦力的にも
「──あ。」
勢いよく立ち上がって素早く頭を回す。
すっかり忘れていた。今の仮説だと矛盾するものがある。
狼化だ。
そういえばあれはティエルフールでのバフォメット戦で変化してからずっと使っているけど、もちろん俺は人間だし前世が狼で戦いになると血に餓え…みたいな設定もない。その癖あれには一瞬でなれるし、腕だけや足だけといった具合に部分変化だって今やそれも容易い。
試しに変化してみても今時の戦隊物よりも早く変身が終わった。手を握りこんでみたり軽くジャンプしてみても変化前と後ではかなりの差がある。
「実体験は関係ない…?ならもっと慣れ親しんでいるはずの刀の方が出来なきゃ変だ…」
次々に仮説が沸いて出てくるけれど、そのどれもが違う。立っているだけでは落ち着かないので狭い小屋の中をグルグルと歩き回って考える。頭の狼耳までピコピコ動いて必死に思考を巡らせる。
「戦闘経験も違う…となると─」
グルグルと歩き回って小屋の扉をふと見て固まる。
「……」
今日の俺の監視役らしいレオラが立っていた。
ああ、すまん何でもない。と言おうと手を前に出して気づく。
自分の狼化した手だ。
そういえばさっき変化してそのままだったっけ。
「……」
「……」
沈黙。
さてここで問題。
捕まっている奴が何か物を隠し持っていた、しかもそれが武器などの場合、ソイツはどうなるでしょう?
「……よし。」
何かに納得したレオラが小屋の鍵を開けて中に入ってきた。その場に正座する俺を一瞥すると後ろ腰に手を回し、ゴソゴソと探る。そして取り出された物が填めやすいように両手を前に差し出す。
「詳しく聞かせてもらうぞ。」
カシャン。
しっかりと填まる木枠の手錠。鉄だったら千切ればそれでおわりだったけど、歴史の資料集で見たことのある重厚感たっぷりのハードなやつ。
「はい。」
答えは、拷問尋問のパレードだ。




