お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんかぁ!!
「で…どう?」
ダッシュして乱れた息を整えながら横たわる兵士を診ているヘンリに問いかける。
「五分五分…かな?」
「は?」
ヘンリは私に見やすいように兵士の背中を向けてきた。
「一番分かりやすいのがこの背中の3つの足跡。これは全部ユウ君の足跡だってティリアちゃんが証明してくれた。それで…この顔の跡が多分あそこの木に叩きつけたのかな?その跡。」
「で、何が五分五分なのよ。」
まだるっこしいのは嫌いなので急かすように聞く。
「もしかしたらユウ君の一撃が原因で…」
「ご主人はそんな事しません。」
芝居がかった仕草で手を組んで祈るようにしたヘンリの言葉をティリアが苛立ちMAXで遮る。
「もしご主人が何らかの理由で動きを完全に止めようとしたのなら…もっとジワジワとなぶるように四肢を破壊するはずです!」
それはない。と言いきれない私が悪いのだろうか、それともユウの戦闘中のイメージが悪いのだろうか。
「ん。まぁこの兵士はあれだね。隠し持ってた毒でも飲んだんだろうね。」
ほら。と向けなくてもいい正面をこちらに向けて説明を始めるヘンリ。私とティリアは顔ごと横を向いて対面だけは避ける。
「しかも驚き。この兵士の装備、かのプテリオン帝国のやつだよ。」
「え?」
ヘンリの指摘に目だけで兵士の装備を眺めると確かにそれだった。
「そこの兵士が毒で自決するとなると…」
私と違い正面から兵士を眺めているティリアが呟いているけれど、いまいち状況が分かっていないらしい。…まぁユウを探して来てみれば見ず知らずの誰かが転がっていたら仕方ないのか。ただでさえ探している間、ユウの事しか頭に無かったし。
「多分というか確実に。そうしなくちゃいけなかったってことは…
「あそこで絶対にバレちゃいけない作戦が進行中だった…か。」
藪を掻き分けて森を進みながらさっき俺が遭遇した事の整理にかかる。
さっきの足音は戦闘をしていた場所から動いていない事を踏まえると、兵士の仲間がもうすぐ俺を探しにくるだろう。一応聴覚をあげて、物音にいち早く反応出来るようにして森を進んでいく。ただ進んでいると確実に遭難するのであくまでも川沿いに移動を続ける。
「……勘弁してくれよ。俺はナマズ釣りに来ただけだぞ…」
本当にいつか自伝でも出してやろうか。『ナマズ釣りに来た。』とかそんなタイトルで。当然黒幕は俺を釣りに誘ってきたあの金髪。
「戻れたら絶対アイツに1食奢らす…」
その席にティリアも連れていって、どこまで食べられるのかの検証も同時にやろう。
「それはおいといて、まずは…この先どうすっかだな。」
まずいくつか選択肢はあるけれど一番現実的ではないのが、元の場所を辿ってアキュリス王国に戻る。帰れないこともないけど一回通った道しか知らないので確実に戦闘した場所を通る。その場合最高の結果が重傷、最低の場合は何されるか分かったもんじゃない。
「何せ躊躇い無しで自分の口を封じるような奴らだからな…」
他にも『僕は記憶喪失人間ですー作戦』とかも挙がったけれど、どの道捕らえられたら最後だから結局どんな形であれ、遭遇した途端終わりだ。
「と、なると最後の1択。」
森を進んでいるなかで人が通ったような跡を点々と巡って歩いていく。
「アイツらの作戦対称に潜り込む。」
戻っても戦闘だし、進んでも進む先がアイツらの攻撃対称に着いて戦闘ならせめて仲間…になってくれてもくれなくても数が多い方が生き延びやすい。
「問題はどうやって…」
入れてもらうか。と言いかけて気付く。
まずアイツらがどこに進攻してたのか知らん。
今の今まで進攻先が集落だと仮定していたけれど、もしかしたらさっきの杭も網も兵士が設置したものだったら、予想よりもはるかに速く戦闘現場に来てしまうし、それよりも…もし進攻先が誰もいない、そう、遺跡だったりしたら……
「…やべぇ一気に不安になってきた。」
見ず知らずの土地(というか世界)でポツンと一人ぼっちで敵からの襲撃に神経を尖らせ続ける。
「……こういう時に限って何処からかいきなり出てこないんだよなぁ…」
今はいない金髪と白髪を頭に思い浮かべて、落ちかけた日を眺めてから(恐らく)集落のあるであろう方角に歩を進める。
その時、いきなり視界が歪んだ。
立っていられなくなり、近くの木にもたれ掛かるように倒れこむ。
「……あれ?何だこれ…」
攻撃を受けた感じはないけれど、体が重い。頭も。熱が出ているのかボーッとして考えがまとまらない。寒気が全身を襲う。
「ヤバい…せめて何処かに隠れないと。」
ぐっと立ち上がろうと頭を上げたのが不味かったのか。
視界を暗闇が覆い、そのまま地面に倒れた。
「「いっきし!!」」
何だか誰かに噂されているのかくしゃみをティリアと同時にしてしまう。
それに…どことなくモヤモヤする。理由はよく分からないけど、すごく気がかりになってどうしようもない。
「…ご主人が呼んだような……」
「はいはい。また明日捜索に来るんだから今日はもう帰るわよ。」
フラフラと森に吸い込まれるように歩いていく親友の首根っこを掴んで帰路を急ぐ。
「でも、私は夜目が効くはず!」
「確証が持てないなら止めなさい。」
駄々っ子のようにバタバタ暴れるティリアだけど、いつもユウにくっついていくような力強さは無いから、夜の森の怖さは分かっているのだろう。
「とりあえず現場の木に傷つけといたから、明日からは捜索も早くなるよ。」
先導しながらサーベルをヒュンヒュンと振って会話に入ってくるヘンリ。よく目を凝らさないと分からないけどごく薄い切り傷を木に付けながらここまで歩き続けているので、明日の捜索は確かに早くから取りかかれるだろう。
「っていうかアンタ、サーベル使うの上手いわね……」
「ん?誰でも習うでしょ?」
「…それもそうか。」
私だって教わる前はゴネたけどいざ始めたら楽しくなってしまったし。
「ティリアはそろそろ落ち着きなさいよ。」
さっきから妙にキョロキョロし続けるティリアをそれとなくたしなめるけど、ティリアは心配と不安が入り交じったような表情で森を見ている。
森を抜けて王国に繋がる道に出ても、私の中のモヤモヤは晴れなかった。




