釣り針って…痛いよね。
「……」
サァァ…と清らかな音が辺りに響く。
聞くだけでまるで心まで清らかになりそうなそんな清流の畔。
明らかに機嫌の悪い金髪がイライラしているのを表すかの如く、その手の釣竿が忙しなく震えている。
少し前に投げた釣竿の先の餌がそろそろふやけてしまってダメになってしまうので釣竿をあげて、餌の付け替えをはじめる。
「……釣れたかと思ったじゃない。」
「そう簡単に釣れてたまるか。」
俺に殺気丸出しの視線を投げ掛けて来るアニエスを軽くあしらって付け替えて、もう一度水面にリリース。
しかしどうやらアニエス嬢は俺の質疑応答が大変お気に召さなかったご様子。
「……釣れたか?」
その発言が導火線になったのかクワッ!と顔を険しくすると
「釣れる訳ないでしょ!ここで釣れるっていうから張ってるけど!小魚だけ!」
小魚といってもスーパーで売っている魚サイズなのだから別に気にすることはないんじゃなかろうか。
「アニエス、カッカするとかからないっていう釣り人のアドバイスを忘れるなー。」
「あと大声も良くないみたいですよー。」
離れた場所からノッチとシスティの援護射撃。だが距離が遠い。アニエスだと声を荒げないと声が届かないところにいるから、悔しそうに歯噛みしてまた俺を睨む。
「まぁ、ここでもう少し粘ったらまた場所変えようか。」
ノッチ達よりも更に遠い距離にある川の中の岩の上で何かを読みながら釣りをしてるヘンリからも援護射撃が来るがこれまた遠い。
「ティリア!この使えない主人に何かガツンと言ってやりなさい!」
ついに大人しく釣りを続けるティリアにもその矛先を向けはじめるアニエス。
そういえば暫く静かだったな。と俺も視線を動かしていくと
黙々と木串に魚を刺して火にくべるティリアの姿。
茫然と二人で眺めているとやっとこちらに気付いたらしく、ハッとこちらを向くティリア。…手に持った塩がもう釣りに興味がないことを物語っている。
「大体何でナマズが清流に棲むんだよ。普通は沼地だろうが。」
「そうじゃないのがマルデキカクガイなのよ。いいから黙って竿を投げなさい。」
「はいはい。あ、ティリア。一匹焼けたらくれ。」
多分ここでは釣れないと思うけれどアニエスが動かない以上仕方ない。ティリアから魚をもらって、頬張りながらひたすら釣れるのを待つ。
暫くボーッとしながら釣糸を垂らしては戻し、垂らしては戻し。だが釣れない。
それにしても清流という割には流れがメッチャ速い。川岸から抉られたかのようにいきなり深くなっているし、底がよく分からない。多分ノッチがスッポリ頭まで埋まるから水深3m位だろうか。
「……そもそもここにいるのか?」
「ここに…いるはずよ。」
「ならいっそ確かめてみるかい?」
岩の上で釣りを続けていたヘンリが本を閉じて、水面に手を向ける。
「確かめる…ってどうやって?」
「ここの水でもどうにかするのか?」
ノッチとシスティも不思議そうに問いかける中、苦笑すると
「少しね…」
水晶を光らせ、少し待つとピシッと川の真ん中に切れ目のようなものが走り
「川底でも覗こうかな…ってね!」
向けていた手をサッ!と横に払うと、漫画みたいに川が綺麗に真っ二つになり、川底がはっきりと見えた。
「やっぱり魔法使いか…」
「お、流石ユウ君。まぁ水全般と簡単な回復系しか使えないんだけどね。」
水全般。と軽く言いはするけど、流れの速い川を真っ二つに割るとなると相当優秀なのだろう。水の割れ目を右に左に移動させている間に川底を観察していると、不意に袖が引かれる感覚。
「……なんだティリア。」
「私だって頑張れば天候位変えられますよ……」
「うん今はやるなよ?」
そんな自己アピールごときで天候を変えるために、不思議な祈りを捧げ始めた側近を抑えていると、川がザザザ…と静かに元の流れに戻った。
そこに立つのはガックリと肩を落としたアニエス。
岩の上で苦笑するヘンリ。
気の毒そうにするノッチ、システィ。
「なぁ、アニエス場所変えないか?」
「……今私もそう言おうとしたところよ。」
力なくそう言うと肩を落としながらフラフラと帰路に着くアニエス。
「まぁ今度は釣れる場所を探してから行こう。な。」
「そうですよ!元気だしてください!」
「…うん。」
すげぇ落ち込んでる。何がアイツをそこまで掻き立てるのだろうか。
「ユウ君は慰めなくていいのかい?」
「いらんこと言ってないで帰ろうぜ。」
いつの間にか岩からここまで来ていたヘンリをあしらって、祈りが佳境に入ったティリアを猫だましで止めて、帰路に着かせる。
「俺も帰るか…うん?」
皆が見えなくなる前に追い付こうと歩き出したとき、何かを蹴ってしまう。
「……アイツ。」
みるとここに来る前にギルドで借りた釣竿。(アニエス使用)
「最低限これくらい持って帰れよ…」
向こうの世界で河原のバーベキュー場で放置されたゴミを目の当たりにした地元民も、きっとこんな気持ちになったのだろうか。しゃがんで拾おうとした俺の手首に、
ツタが絡まった。
「おお?」
なんだこれ。と出所を探るよりも早く、グンッ!と引かれて川岸に這いつくばる。
せめての抵抗として巻き付いたツタを斬る為に存在を時々忘れかける投げナイフを抜き放って斬ろうとするが近くまで引き寄せても引っ張られて届かない。何かに捕まるなりしたいけれど回りには大小様々な石ころしかない。ならば顔をあげて相手の顔を確認しようと前を向くと
一面の青が広がっていた。
「うっかりしてました…ちょうど食べ頃に焼けた魚達が…」
慌てて戻ったティリアが見たのは、食べ頃を過ぎてもなお、焼かれている魚。
川に続く何か…人の様なものが引き摺られたような痕。
そして釣りをしていた時と変わらない…
一度流されたら生きていられるか分からない程の流れの川。
「……ご主人?」




