天然物には何者も無力。
午前中の静かな室内。朝日ももうかなり高いところまで登っているこの時間に俺ことノッチの家の中、寝室のベットの中で布団にくるまり、俺の寝室に足音を忍ばせ誰かが忍び寄ってくる人物を待つ。本人は必死なのだが俺もここの兵士として隊長をやっていたこともあるし、辞めた後も変わらずに危険きわまりない探索者としてユウやアニエス達と戦い続けている。だからもうドアを開ける前、廊下の時点でバレているのだ。というか閉めるときは慎重で上手く出来ていたのにわざわざ起きていないかを確認するために顔の前で手を振るのはどうかと思うけれどグッと堪えてその時を待つ。
「よし…寝ていますね。寝起きに襲撃なら、必ず当たるはず…」
そもそも寝起きなら朝日が昇る前からにした方が。とかは置いておく。襲撃者も真面目なのだ。ツッコんではいけない。
「えー、コホン。」
本人から志願してきたことだし、今後そうなった方が確実に良いのでこれはトレーニングの一環。何でもいいから俺に攻撃を当てればいいだけの簡単なトレーニング。
「フッフッフ。油断しているようだな。ここでノッチさn……あなたは終わりだ!」
この口上ですでに4つ位ツッコみたいけど我慢。ユウならきっと7つはツッコめるはずだ。
「私のこの…花瓶の一撃が顔に当たってノッチさn……あなたは沈む!」
良かった。兵士時代に使っていたガントッレトを念のため装備しておいて。ツッコミはここでも必死に我慢。すでに顔は隠しきれずにピクピクしているだろうけど気にしない。
「では !」
そう勢いよく宣言して攻撃体制に入る襲撃者。あとはタイミングよく防御すればそれで終わり…
「あ、置き忘れて来ちゃいました…」
「そもそも持ってきてないのか!」
システィの天然に耐えきれる訳がなかった。
「ノッチ、辛いことがあるなら聞くぞ?」
アニエスとティリアが前回戦った公園、そこの芝生に腰をおろして特訓を眺めているとユウが隣に座り労ってきた。
「いや、ユウ。お互い様だろう?」
互いにため息をはぁー、と吐き出す。
「…襲撃って、普通名乗りをあげないよな?」
「…起こすのに普通、数回揺すれば起きるよな?」
「「普通はなぁ……」」
またゆっくりとため息。少し離れたところでは互いの悩みの種がカンカンと練習用の木製の武器を使ってトレーニングしている。
「あんた達何考えてるのよ。」
ボーッと考えすぎていたようで、いつのまにか後ろにアニエスが座っている俺達を見下ろすように立っていた。
「いや…生まれ持ったものの凄さに愕然としている。」
「はぁ?」
「そういや、昨日どこにいたんだ?ギルドでアニエスが暴れて大変だったのに。」
「暴れてないわよ。でも気になるわね。」
「ああ…昨日か……昨日だな…」
青い空を見上げて呟く。そもそも昨日からだったか…
「私に戦い方を教えていただけますか?」
昼食が終わり食器を片付けた俺に神妙な表情でそうシスティが頼んできた。
「戦い方って…」
「今まではノッチさんにくっつくように移動してきましたし、その方が安全なのは分かっているんですが…でもここから先、それじゃいけないような気がするんです。」
真っ直ぐに真剣な目で頼み込んでくるシスティ。
「まぁ…それでいいなら。」
「ありがとうございます!」
しぶしぶ許可を出すと途端に輝いたような笑顔を向けて感謝の言葉をあげるシスティに少し気恥ずかしさを感じて……
ここで止めて置けば良かったんだ。
庭先に場所を移して練習を始める。まずは適正をみないと始まらないからだ。
「じゃあまずは剣術から。一般的な剣、といってもこの王国の正式なやつですけど。」
そう言いながら剣を手渡すと恐る恐る手を伸ばしてゆっくりと持ち上げるシスティ。
「意外と重いんですね…」
「まぁ最初はそう感じるかもしれないですね。」
引き腰で握る姿に一抹の不安を感じながら
「じゃあしっかり握って軽く振ってみますか。」
と促してみると剣を頭の後ろ…に、持っていきたかったのだろうけど勢い余って背負う形に。
「振るだけでいいんですね。では!」
「ストップ。」
軽く命の危機を察知して動きを止めてもらう。
「はい?」
「いや、俺が前にいますよね?」
「……。ああ!危ないですね!」
今の間は何だろうか。
「俺は後ろから見てますので。」
「分かりました!何か変だったら指摘してください!」
最初の『では!』からここまで振りかぶった姿勢のシスティの後ろ姿を見ながら思う。
ああ、この人素人だ。
それも兵士すら遠目にみたことがないほどの。
思い返してみればそれもそうだろう。魔法の大国で大事にされてきたのだから。きっと剣すら持ったのはさっきが初めてだろう。
「いきますよぉ!」
危ない危ない。考え事をして上の空だったようだ。しっかりみておかないと。
「はぁっ!」
スローモーションになる視界の中真っ先にとった行動はその場にしゃがむことだった。勢いよく振り抜かれた剣は案の定システィの両手からスルリと抜け、その先にあった家の壁に真っ直ぐに飛翔。あろうことか跳ね返ってブーメランの様に宙を飛ぶ剣は振りきった姿勢で地面と一体化中のシスティの頭上を越え、俺の首を撥ね飛ばす意志を持ったように猛然と迫ってきた。しゃがむことでやり過ごそうと思っていたが目の前5mでまさかの失速。反射的に地面を蹴って後ろに…跳ぶ!
ザクッ!と鋭い音をたて今までいた場所に深々と突き立つ剣。
「いたた…あ、ノッチさん!どうでしたか?」
「おい、おい!」
「どうもこうも何で後ろに…」
「トリップしてるわね……」
「おーい。ノッチ。」
「あ、ああ……すまん。」
恐怖の記憶が蘇ってきたショックで意識が少し飛んでいたようだ。
「大変そうだな…ん?ティリア?」
ユウが言うようにティリアがこちらに駆け寄ってきた。そのあとを追うようにシスティも手に持った木剣を引きずるように駆けてくる。
「ご主人。私には荷が重いです。」
「そう言わずにもう少し頑張ってくれ。」
「ヤです。」
ムッスとむくれて首を横に振るティリアの戦闘服には明らかに無茶な回避で付いたであろう泥汚れまみれだった。ユウに作ってもらった時はほぼ初対面だったのに喜んでいることが全身から溢れ出していたので気の毒なことをしたと思う。…あとで洗濯代を支払おう。
「すいません…私上手くなくて……」
申し訳なさそうに謝っている態度をみると怒るに怒れない。
「というか何でいきなり戦い方を学ぼうとしたのよ。」
「あ、今朝皆さんに言ったように…私一人でもしっかりと戦えるようにです!」
「でもそれって別に魔法でいいんじゃないの?」
シン…とする空気。
少しの沈黙の後、システィが僅かに口を開き、
「それもそうですね。」
などと仰った。
「……ユウ。」
「何だ?」
「ちょっと飲みに行かないか?」
「……ソフトドリンクでいいなら付き合うぞ?」
その日の晩のギルドの酒代が創立以来最高額になったというのを二日酔いの頭で聞いたのは三日後だった。




