本人が無自覚でやることが一番恐ろしい。
「もう諦めなさいよ。」
「させないわ…ここから先には誰も通さない!」
アニエスの忠告を無視して傍らに倒れていた兵士の剣をとり斬りかかってくる王女。軽く横から払いながら狼化したままだったので刀身をムンズと掴んで下から膝蹴りをして武器を無力化。余った刀身は遠くに放っておく。
「ユウ、シレッと人外のことするようになったな。」
「俺はそう思わない。」
ノッチの指摘は聞こえないふりをして扉に手をかけ開けようとすると
「止めなさい!」
またしてもジェリー王女から制止がかかった。
「そこから先には誰も通さない!」
「いい加減にしとけコラ!」
コートを掴んで止めようとしてくる王女を怒鳴り付けるが頑として離さないと言わんばかりに握りしめてくる。
「ユウ。どうすんのよ。って言うか何でアンタが怒ってるのか今一ピンと来ないんだけど。」
アニエスが焦れたように後ろから話しかけてきた。
「ここ開ければいいんですかー。」
システィに至ってはもう扉をグイグイと両手で押して解錠を試みている。…引き戸なのは言わないでおくとして
「…言っておくか。目ぇ醒ましてくれるかもしれないし。」
そう言い、考え付いた推理を口にしようとしたその時、正面玄関口のバカデカイ扉が外側から押し開けられた。
音に驚いたらしくコートの拘束が離れるより早く一斉に向き直り臨戦体制をとった俺達の前に転がり出てきたのは─
「ヘンリ?!」
「ああ、ユウ君!ちょうどよかった!あれどうにかならないかな?」
サーベルをその手に持っていたヘンリが指差す扉の先には
見た目は完全にライオンなのだが何分サイズがデカイ。恐らく動物園で昔見た奴よりも二回りほどの大きさに尻尾は何故か中腹当たりから蛇がその赤い舌をちらつかせている。ゆっくりとこちらに歩いてくるその背中にはびっしりと鱗が生えている。
「……今度はマンティコアかよ…」
ひきつったように笑うしかもう出来ない。
「ご主人の世界にはいたんですか?」
「あんなのいてたまるか。」
もしいたのならツチノコなんて目じゃないだろう。…捕まえようとする勇者がいればの話だが。
「ヘンリ!どこ行ったと思ってたら何あんなの連れてきてんのよ…」
少しずつ下がりながらアニエスが問い詰めている。今は距離があるけども一気に縮めれる距離しかない。
「いや僕も大変だったんだよ。粗方終わってこっちに戻ってきたら見たことない人がいてさ、何してるんだい?って聞いたら逃げ出して。その人と入れ換えるように…」
「アレが出てきたのか…」
「そう。流石ノッチ君。」
当ててもらった時の癖なのかパチン。と指を鳴らした瞬間グルァと叫びマンティコアが駆け出してきた。
「ノッチ!ボリス退かしてくれ!」
叫んでこちらも飛び出すと途中でグッと身を屈め空中を滑るように飛びかかってきた。昔見たビデオで大型肉食動物はそこから体重をかけて身動きを封じ噛みつきで仕留めるらしい。こっちに来てからもそれはウルフを狩ってるときに正しいと学んだ。
だからあえて落下点に入る寸前で身を翻してバク宙。回る俺に当たらないように後ろから飛び出してきたメイスが着地したばかりのマンティコアの額を強かに打ち付ける。振り抜いた勢いでそのまま横に転がって回避したアニエスが数瞬までいた空間をあまりダメージにならなかったらしいマンティコアの噛み付き。入れ替わるように飛び出してライオンっぽさが僅かに残るたてがみを片手でしっかりと掴み
「歯ぁ食いしばれ…よ!」
思いっきり引き寄せながら左膝蹴りを歯に叩き込む。砕けないまでも少しは怯むかと思って着地した俺の首に噛みつこうと尻尾の蛇が顎を目一杯開いて襲ってきた、が。
それは無視して噛み付きを避ける為にアニエスが一撃いれた場所に肘打ち。下に押し付け上を跨ぐように右に退いた瞬間左側からいくつもの剣閃が煌めき尻尾の蛇ごとマンティコアの胴を斬りつけた。
「固っ。」
蛇は斬り飛ばされたのは気にしていないように自慢の皮膚を斬られたことが気に入らなかったのか、それとも斬った感想がそれだけなのが癪だったのかは知らないがティリアの方をグルッと振り向いたマンティコアに斜め後ろから再度肉薄。ティリアが自分の射程から離れた瞬間、獰猛な笑みをこちらに向けるマンティコア。
「俺は何もしないぜ?」
呆気にとられたように一瞬固まるマンティコア。その硬直ごとえぐりとるようにメイスが振るわれる。
「吹きぃ…飛べぇぇ!!」
流石に無理だろ。と思ったが予想に反し轟音と共にライナーの軌道で飛んでいったマンティコアは正面玄関前まで吹き飛んでいった。
「お前あれ多分数百kgあるぞ…」
「飛んだんだからそれでいいでしょ。」
体の回りで軽く振るいケロッとした表情を向けるアニエス。
「まぁあれはあれで良いとして…だ。」
多分暫く起き上がれないだろうマンティコアから意識を離し扉の方に向き
「予想通りだと嫌だな…」
茫然自失のジェリー王女の隣をすり抜け、キツい現実に向き合うために扉に手をかけた。
何を迷っているのだろうか。アイツは『目を醒ましてやる』って言っていたのだからそのまま扉を開けてしまえば全て終わるはずなのに…そう思いながらメイスを背中にしまう。前までは分割して収納していたのだがそれだとあまり強く使うと接続部分が折れてしまうかもしれないと考えての仕様変更なのだけれども、それは今どうでもいい。もしかしたら…もしかしたらだけれども向こうから来ているアイツだからこそ知っていることがあるのか。それなら変わりに私が開けようと扉に向かって進んだ瞬間
「ご主人!」
ティリアの切迫した声と共に振り向くとライオンもどきが先程より早く駆けてきていた。慌ててメイスを抜き放ち様に迎撃の突きを─外した。
駆け抜けていった先を追うとノッチやヘンリ、咄嗟に反撃できないシスティ、ジェリー王女までもスルーし、異変に反応が遅れたユウと共に扉を吹き飛ばす勢いで中に雪崩れ込んでいった。
「ユウさん?」
「ユウ!」
一番近いノッチとヘンリが覆い被されているユウを助けに、駆け出し─
「待って!」
「アニエス、でも助けないと!」
助けにいかないと確かに危ない。ギルドでも肉食獣相手にあの姿勢になったら必ず助けに行くように教わる。制止をかけ静まり返った空気の中ライオンもどきが噛み砕こうと牙を打ちならす。その音に紛れ聞こえてくる、
「…んの、猫野郎……」
「「「「ああ……」」」」
唸り声を聞き、皆で納得。これでアイツは平気。皆に視線で指示をしてそれぞれ巻き込まれないように場所を散らせ、配置が終わったと同時にズンッ!と重い音。続けて二発連続で恐らく蹴りあげられ、前足が宙に浮くとその場で起き上がり左のショートフック。パァンと音をたてて決まりよろめいたライオンもどきのたてがみを捻りあげ……
「あ、ヤバイ。」
直感的に感じとって横に3m程ズレると
「うおらぁぁぁあ!」
怒り心頭の様子のユウの叫び声と共にライオンもどきが本日二回目の低空飛行をしながら玄関口までふたたび飛んでいった。すぐに立ち上がるかと思ったけれど流石にダメージがあるらしく今度は立ち上がろうとしては崩れている。満身創痍の姿とは真逆。ズンと踏みしめ立ち上がった─どうやらしゃがんだままあそこまで吹き飛ばしたらしい─喉をグルルと唸らせるその姿は、「何本気になってんのよ。」
「いや、いくら殴っても効かないから…」
隣に立って肩をポンと叩くと両手をギシッと強ばらせ
「効くまで殴ってやろうかと。」
牙を剥いてそう言った。
「ところでアニエス。一個頼みがあるんだけど。」
「何よ。」
狼化したままこちらに向いて喋りかけてくるな。と抗議しようとしたとき、前にある扉の部屋の中からシスティとノッチの息を呑むような声に続き、ジェリー王女の嘆きが聞こえてきた。
「ちっ…遅かったか。」
「どういうことなのよ。」
「ジェリーが現実に引き戻されたんだろ。…いっちばん見たくなかった現実を。」
どこか悔しそうに呟いて深呼吸を数回すると
「あー…それで頼みってのが……」
「完全に目を醒まさせろ。って言いたいんでしょ?」
先読みして捕捉してやると驚いたように固まるユウ。
「上手くできるかも分かんないけど頑張るわ。」
腰に手を当てて胸を張る私を見てプッと吹き出すユウの足を踵で踏みつけ黙らせる。
「そのかわり、アレどうにかしなさいよ!」
ウゴゴ…と足を抑えて唸るアホを見下すように指を指して命じると
「ま、任せとけ…」
若干震えながら立ち上がった。…まぁこの位ダメージの内に入らないだろう。
「じゃあ私は行ってくる。」
「アニエス。」
役割を果たすため歩き出した私に、ん。と片手の拳をつきだしてくる。
苦笑いをしてからこちらも拳を出して軽く突き合わせる。
私が駆け出すのと同時にライオンもどきを牽制するようにゆっくりと歩いていくユウ。
……さてと、早めに終わらせて加勢してあげるか。




