気がついたとき、そこは知らない天井…それどころか知らない世界。
「すいません。ここ暫く大きな仕事の途中でしてね。ここを開けることが多いので。」
事務所の中で接客用だろうソファに通され、ホストが淹れたお茶を啜る野郎二人。
「自己紹介がまだでしたね。僕の名前はヘンリ。ここメディオールで探偵をしている。宜しく。」
「あ、俺はユウ。」
「ノッチだ。」
ホストあらためヘンリと自己紹介をする。
「それで…君達は、」
ヘンリは自分のカップを持ち上げながら問いかけてきた。
「ああ、そうだ。実は…」
「それ以上言う必要はないよ。」
こちらの発言をピシャリと止め、お茶を少し啜り、
「僕は自分で言うのもなんだが一流の探偵だ。君たちがここに来た理由位簡単に推理できる。」
と断言した。自分で一流ってどうよ。とか思ったけども元々暇潰しに来ているわけだからそれを棚上げするのも酷いだろう。
「君達はここに─」
カップを置いてゆっくりと
「─浮気の調査をして貰いに来たんだろう?」
全く違う推理を打ち出してきた。
「は?」
「ああ、先にいっておくがその浮気の相手が僕でも恨まないでくれよ?」
「いや、あの」
「まぁ仕方ないことだけれども…何て言っても僕は美しいから。」
向かいの椅子に座り得意気に脚を組むヘンリにどこからツッコんでいいのか、そもそもどこからツッコもうか考えていると、ノッチが肩をつついてきた。『スルー。』目がそう訴えていた。
「で、確か君達はここに僕の仕事風景を見に来たんだろ?」
「…は?」
「さっきの食堂での会話でね。」
脚を組み替えながら事も無げに呟くヘンリ。
「女の娘達に聞きに行ってもらったんだ。」
「ああ、能力とかじゃないんだな?」
名探偵でも何でもなかった。
「まぁ、そんな事はどうでもいいんだけど…君達は今暇だよね?少し仕事の手伝いをして欲しいんだけど。」
「仕事の手伝い?それこそ女の子達にさせればいいんじゃないのか?」
ノッチがごもっともな疑問をぶつけると少し困ったように宙を指でなぞりながら
「あー、出来ればこの国の人じゃない方がいいんだよ。危ない目に合わせる訳にも行かないし。」
「おい、今何て言った。」
「まぁ危ない目には合うような事にはならないし、後で謝礼も出すから。今日中に終わるし!」
手を前で合わせてまるで小さい子供がやるような『お願いポーズ』をしてくる迷探偵。正直男にやられるとここまでウザいとは思わなかった。
「どうする?ユウ。」
「面白そうではあるけど…面倒臭そうでもあるんだよな……」
うーーん、と野郎二人で頭を付き合わせてひそひそ話で相談。
「別に断ってもいいけど、お連れの女性勢が入っていったお店に働いている娘がいてね?その娘の情報だとスーパービューティフルビューティーコースで入ったから多分5時間位出てこないよ。」
………。
「で、仕事しに来たんだよな?」
「そうだけど?どうしたんだいユウ君。」
「何で病院?」
結局流されるように仕事の手伝いを引き受けたのだが、真っ直ぐに向かった先は恐らくこの国で一番大きいと思われる病院。
「実はここで働いている娘からの情報でね、何でも危ない実験をしているとか何とか。」
「充分危ないじゃねぇか。」
危険性は無い。とか言ってたけど危険性しか感じない。
「いやいや。どうやら対象になるのは珍しい能力を持っている探索者を狙うらしいんだ。しかも充分確認をとった上で。」
諭すように喋り出すヘンリをジト目で睨みながら考えてみる。確かに充分確認をとった上で、何かをする気なら少なくとも今日入国して、果てには能力の『の』の字すら使っていないなら何かされる危険は無いだろう。
「ユウ。行くのか?」
「ああ、アニエス達がもし来たらそのまま待ってるように言ってくれるか?」
「流石ユウ君!話が早いね!手伝いとしては病院の中で適当に診察を受けるだけでいいからね。」
急にテンションが上がったヘンリの声を軽く聞き流して入ろうとコートを翻して
「あ、これは脱いで行ってね。」
その袖を思いっきり掴まれた。
「なるべく一般人を装って貰った方が生存率が上がると思うから。」
「何で死ぬ危険があるんだよ。」
やっぱり止めようかと本気で考えて病院内に入り、受付らしきところに歩みを進め…そこで記憶が途切れた。
──そして今。
「あれ?」
うつ伏せになって寝そべっている。段々意識が覚醒していくにつれて状況が分かってくる。
「うん。これは…多分アレだな。」
手をついて起きようとしても後ろ手で縛られているため起きられない。足もぐるぐる巻きにされているから先ず立てない。足のホルターの投げナイフもない。
「あれ一本銅貨40枚だぞ…どうしてくれるんだ…」
差していたのは左右あわせて8本。総額銅貨320枚。使い捨て感覚で使えないから戦闘が終わるたびに回収しているというのに。
「マジで弁償ものだぞ…。というか使う必要ないんだけどな……っと!」
足を縛っているものから手を縛っているのも多分縄だろう。なら能力で千切れ─
──なかった。
「…ん?」
猛烈に嫌な予感がして自分の胸元を見る。この世界に来たときに自然と細い革紐でぶら下がっていた水晶。それがやっぱり
「無いよなぁ……」
寝返りをうって仰向けになると壁の一部に格子状の窓。
「はぁーーーーー…。」
石造りの床に沈みこむかのように深い溜め息をついてふと思う。
誰か助けて。




