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怒れる者にはマジで近寄るべからず。

空気は伝染するものだ。気体が、という話ではなく雰囲気といったほうがいいのだろうか。楽しそうな人がいたら楽しい気分になるし、イライラした人がいたらどこかギスギスした空気になる。


自分のドレスワンピースを戦闘方面に特化させるという魔改造した服のスカートのポケットから懐中時計を取り出して時間─というよりは先程からたった時間を確認すると乱暴に蓋を閉じてしまった時に腰のメイスが跳ねるように動いたが気にも止めず、また足踏みをはじめだす。


「…遅い。」


「……そうだな。」


ボリスに謁見の間なるところに通され、暫くお待ちください。から早30分。俺とノッチも参ってきているのだがその真の原因は


「早く差をつけなくちゃいけないのに…!」


「一刻も早く、更なる輝きを…!」


「早く、早くっ…!」


何かが憑いているのでは、と真剣に考えるレベルの女性勢。いつもよりギスギスしてるため我等男性勢も何と声をかけていいか分からず部屋の隅でソファにも座らず小さくなるしかない。ただでさえ気まずい空気の中、うちのサブリーダーがゆっくりとポケットから時計を取り出し


「…ユウ。遅い。」


俺に無茶ぶりをかましてきた。


「…そうだな。」


俺の必死の発言を断ち切るように懐中時計の蓋を閉じ、


「遅い。」


またも不満。ここで『ちょっとは辛抱しろよ。』なんて言ったら恐らく雷に焼かれ、風でスライスにされ、メイスで挽き肉にされる。


「……そうだな。」


「遅いですねぇ…」


「…そうですね」


「ご主人、遅いですね。」


「そ、そうだな。」


なぜか全員俺に話しかけてくる。


この状況を何とかしたくてノッチにアイコンタクトを送るが『俺もわからん。』と返ってきた。何か空気をかえるイベントはないのか…


そんな祈りが通じたのかドアが開いた。その瞬間イライラモードを瞬間的に封印して一息に姿勢を正す女性勢。


「お待たせしました。申し訳ありません。」


ドアを開けて入ってきたのは何というか…銀に輝く髪をなびかせ、顔や体とかではなく全てのバランスが完璧に整った美しいでも綺麗でも言い表せないそんな女性がゆっくりと入ってきた。


「私がメディオール副国王、ジェリーです。お待たせしてすいません。」


「あ、いえ…アキュリス王国からの書状を届けに来ただけなので…」


ジェリーさんのオーラにでも圧されたのか少しドモるという珍しいリアクションのアニエスが書状を渡すと完璧な所作で受け取ったジェリーさん。


「では失礼します!」


「待てって!」


渡すなり勢いよく踵を返して帰ろうとするアニエスの袖をしっかり捕獲。それに便乗して抜け出そうとするティリアは襟を掴んで止める。


「もう用は終わったはずですよご主人!」


「そうよ!」


「礼儀ってものがあるんじゃないのか?!」


「急ぎの用がありましたか。それはすいませんでした。お詫びといってはなんですが今日一日自由に施設を利用してもらって構いませんよ。」


「「「ありがとうございます!」」」


「「コラ待てぇ!」」


ノッチと共に逃げ出した女性勢を追って勢いよく外に飛び出していく。


挨拶忘れてたけど…もう会わないだろうし、いいか。




「あの二人が…そうなの?」


ユウ達が去ったあとゆっくりと椅子に座りながらボリスに尋ねる。


「は。入国時に確認済みです。」


「そう…」


ふぅ…とため息をつき、


「今度は…大丈夫よね?」


「わかりません。ですが…あれだけはまだ試していませんから。」


「よろしくね。」




「何であんなに早いんだよ!あいつら!」


「ユウ!さきに回り込んでくれ!挟んで止めるぞ!」


「止まれお前らぁ!」


宮殿門の前で能力全開のダッシュで追い抜きブーツを思いっきり地面に押し付けて急制動をかけ、止まる。ティエルフールでは同じことをしたらブーツがすり減って歩きづらくなったが、今回は靴底に改良がしてあるので削れたのは石畳だけ。


「何よ!」


走りながらメイスを抜き放つメイスを持ったまま側転し両手を広げて待ち構える俺に接近するアホ。


「邪魔ぉ…するなぁ!」


側転から飛び上がり華麗に宙返りを決めつつ遠心力を増して振られるメイスを能力で筋力を腕を上に掲げ腰を落としてガード。


「失礼します!」


「…おい!」


アニエスが空中にいる間に下から俺の顎を斬り飛ばすように低空から迫るティリアの真剣をしゃがんで回避。その瞬間フリーになったアニエスに引き戻したメイスの柄で背中を殴打され、転んだ俺の横をティリアが俺のコートを踏んで動きを止めつつ普段みせない本気のダッシュで駆け抜けていく。


「止まれって…」


「ごめんなさい!」


アニエス達の方向を向き、立ち上がろうとする俺を後ろから腰、背中、と続いて何故か頭だけ両足で思いっきり踏み抜いて前の二人に続いて町に消えていくシスティ。



「…平気か。」


漫画によくある大勢に踏みつけられたキャラみたいな格好で見知らぬ異国の地に突っ伏す俺を気遣うノッチの声。


「お…俺を…踏み台にしていったぞ……」


「正直、システィがあれだけ早く走れるとは思わなかった。」


ノッチの的はずれな感想を聞きながらコートの汚れを叩きながら起き上がる。最近これくらいならなんの影響もなく立ち上がれることに違和感を感じなくなってる自分が少し怖い。


「どっちにいった?」


「あそこの店に入っていったぞ。」


ノッチが指差すさきには『身体美容』の看板。


「ああ…痛ってぇ…。さて…じゃあ迎えにいくか。」


「迎えに?なかなか出てこないと思うぞ?自由に施設を利用できるんだし。」


「考えてみろ?そう早くに使えるわけないだろ?」


「…それもそうだな。」


ゆっくり歩きながらそこらじゅうにある店を見渡す。


「そういえばこの世界…ああこっちでは怪我したときってどうやって治すんだ?」


「大抵は塗り薬とか…消毒とかの自然治癒だな。俺は何か薬が効きにくいから使ったりしないけどな。」


「ふーん…」


「腕がもげたり、足が吹き飛んだりしたらもう生やしたりとかは出来ないし、怪我があまりにも深かったら魔法とかで塞いだりとか…」


「それって治癒魔法的なやつか?」


ノッチは困ったように首を傾げながら


「うーん…魔法は詳しくないからな…クライス王女に聞いたほうが「ストップだ。」


トラウマが記憶の隅から吹き出してきそうだったので全力で防ぐ。


「何かあったのか…?」


心配そうに見てくるノッチに少し罪悪感を感じながらそれとなく話題をそらしにかかる。


「まぁ、魔法のエキスパートならシスティもいるしな。別にいいかな?と。」


「確かにな。…と。いたぞ。」


迎えにいった店で店員を相手取って交渉を続ける女性勢を引き剥がすのにはかなりの手間がかかった。



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