怒れる者に触れるべからず。
病院には向こうでもしょっちゅうお世話になった。風邪とか体がダルくなったから。とかではなく専ら外傷がその殆どを占めていたけど。
「この臭いはあんまり変わんないんだな…」
国中に漂う消毒液みたいな臭いを嗅ぎながら正反対にある宮殿をめざして今は異世界の巨大な病院みたいな国を歩く。
「しかしまた怪我人とか、病人みたいな人が多いんだな。」
先程からすれ違った人は寧ろ無傷な人が少ないくらいで中には頭に巻いた包帯に血が滲んでいる人までいた。
「最近立ち上がったばかりの国ですが、良い噂が多くて人が集まっているらしいですよ。似たような形ですと私がいたティエルフールに近いですかね。」
システィが説明しながら街道を見回して
「ですからああいうのもお国柄です。」
そういって指差した先には『香草灸』と書かれた看板を提げた店があった。
「ああいうのって効果あるのかしら…」
「あるにせよ無いにせよ関連があったら集まってくるんじゃないか?」
興味津々に見つめ呟くアニエスをノッチが言葉で制している。
「あれ?そういえばユウ。ティリアはどこ行ったんだ?」
「あれ?さっきまで横にいたんだけどな…」
キョロキョロと辺りを見回すとフラフラと店に歩いていくティリアを見つけた。
「ティリア。どこ行くんだ?」
駆け寄って肩を叩こうとすると俺が声をかけたら絶対に止まるはずが、歩みを止めることなくフラフラと歩いていく。
「おい、ティリア?」
仕方なく肩を掴んで制止をかけるが頑なに歩みを止めようとしない。
「離してくださいご主人。私は今すぐあそこにいかなければならないんですっ。」
「落ち着け!まずは宮殿が先だろ!」
「超!最優先事項です!!」
尚も振りほどいて進もうとするティリアの腕を掴んで動きを止め、ティリアが入ろうとしている店をみると『頭髪美容』と書かれた看板があった。
「この私の髪に、更なる輝きをっ!」
「十分輝いてるから落ち着け!」
実際腰まで伸ばしそのまま流している白髪は枝毛らしいものは見えないし、前に暇すぎて軽く摘まんでみたときにはスルリと簡単に指の間からすり抜けるほどサラサラだった。当然怒られたが。
「離してくださいっ!」
「帰りによれば良いだろ!」
「私の方が先です!」
尚も抵抗を続けるティリアを引きずって皆の元に進み始めた時、アニエスがスッと俺の近くまで近寄ってきた。
「ちょうどよかった。アニエス手伝って─お前もどこに行くんだコラ。」
フラフラと歩いていくアニエスを左手でしっかり捕獲。
「離しなさいよ。」
「迷子を増やしてたまるか。髪ならティリアにもいったが帰りで良いだろ。」
親の仇にトドメをさそうとしたところをとめられたかのように睨み付けてくるアニエスが逃げないようにこちらも腕を掴んで制止。
「はぁ?髪なら私は従女に洗ってもらってるから必要ないわ。」
「従女ってなんだよ。」
相変わらず分からないこいつの実家に戦慄しつつしっかりと掴んで逃げないようにし、アニエスが向かおうとしていた店の看板を見ると『整形美容』の文字。そしてその下にこんな文字。
『即日簡単!憧れの胸囲をあなたに!』
思わず手を離すところだった。
「お前十分ある…だろ。」
「何でドモるのよ。システィにはどう頑張っても勝てないから、せめて…ティリアには勝っておきたいのよ!離しなさいよ!」
確かに今服の上から見た感じでは二人の胸囲はあまり変わらないように見える。今のうちにライバルに差をつけたい気分は分からなくはない。…何のライバルかは知らんけど。……うん?そういえば。
「ティリア。ちょっといいか?」
掴んでいる着物の袖をツイツイと引っ張ってヒソヒソ声で確認開始。
「はい?」
「セクハラとかじゃなくって単純な確認なんだが、……お前ってサラシしてるんだよな?」
「ご覧になりますか?」
「いやご覧になりたい訳じゃない。」
首を傾げながら着物の襟首を緩め始めるティリアをしっかりと制止。…そうか、サラシをしているということはつまり…外見よりもその…
「戦う前から決していたというわけか…」
「何よ。何で憐れみの目で見るのよ。」
うっかり顔に出てしまったようだった。
「あーもう…ノッチ、助けてk」
『離してください!私の、私の肌に潤いを!』
『大丈夫だから!迷子にならんでください!』
向こうでも同じような光景が繰り広げられていた。
「…分かった。あとでちゃんと行くから。それならいいか?」
「「………まぁ、それなら。」」
さて…あとは
『離してくれないのなら電撃を浴びせますよ!』
『あとから必ず行きますから落ち着いて!』
ノッチが丸焦げになる前に手早く交渉を済ませるとしよう。
「何だってあんなに抵抗したんですか…」
「譲れなかったんです。それよりも早く済ませましょう。もう門も潜ったことですし宮殿も目の前ですよ。」
いつもよりキリッとしているシスティが先行しつつ門番に書状を見せて中に入ると、あちらでいう国会議事堂みたいな本殿?が前にありその前に2本の棒が捻れて先にいくにつれ一本になっている奇妙なオブジェがあった。
「なぁ、これなんだ?」
気になったので問いかけてみたがティリアからも返答がない。
「おい。」
宮殿の方に視線を向けると一心不乱にそちらに歩いている女性勢。当然俺は眼中にないようだ。仕方なくオブジェを通り抜け、先に入っていた女性勢プラスノッチに遅れて本殿の中に入るなり
「「「遅い!!」」」
「うん。皆本当に落ち着いてくれ。」
金髪を除いてキャラが変わりすぎではなかろうか。
「ユウさん!美容は一日の手遅れが命取りになるんですよ!!」
「どんな世界ですかそれは…」
「それと健康も。ですよ。」
思わず敬語になってしまった俺の発言に被せてきた声に皆が顔を前に向けると、そこにはノッチといい勝負をしそうな筋骨隆々という言葉が辞書から抜け出してきたような忠誠心の高さを示すような太眉をもった男がシャツに長ズボンという風貌で歩いてきた。
「このような身なりですいません。先程まで所用があったため。私はメディオール副国王補佐、ボリスと言います。副国王がお待ちですこちらに。」
宮殿の左側に歩いていくボリスという男に付いていきながら宮殿を歩いていく。
「なぁ、質問いいか?」
「何でしょうか?」
「何で『副』国王なんだよ。普通は国王だろ。」
するとボリスはハハハ。と笑い、
「失礼。その国王が普通でないので。実際副国王が取り仕切っているのですよ。」
「辞めた方がいいだろソイツ。じゃあもう一個。入り口からは見えなかったんだけど、あの奥の建物。あれなんだ?」
「それは秘密ですよ。」
わずかに顔を険しくしながら答えるボリスを問いただしてみようと踏み出したとき、アニエスが俺の腕を引いて止め、ありがとう。と断りをいれ
「ちょっと!何考えてるのよ。」
それはお前…と反論しかけて、自分が不用意だったことに気づく。確かに人一人にしても隠し事があるのに国に無いわけじゃないし、それは当然軽々しく触れて良いものではない。
「そうだったな…俺が軽率d「急がなくちゃいけないんだから余計な時間無いの!!」
気付けばシスティ、ティリアからも怒りの視線。
…そうか、これが理不尽か。




