二度あることは三度目が忘れた頃にやってくる。
場所はすっかりお馴染みのギルド。ティエルフールの一件でメンバーが増えたのでカウンターではなく、大きめの丸テーブル。決闘の後日『もうユウでいい。』とアニエス本人が言ったことによりリーダーの椅子に無理矢理座らされ、何故か今詰問を受けている。
「見てなかったわよね?」
「勝負は見てた。」
「見てなかったわよね?」
「勝負は見てた。」
ふぅ…と貯まった息を吐き出しながらアニエスは隣に座る俺をジロリと睨み、
「見てなかったわよね?」
「流石にしつこい。」
これ以上話すことはない。とばかりにグイッとコップを煽ると勢いよくコップが俺の口に突撃をけしかけられたらしく、思いっきり歯にガツン!と音をたて激突した。
「正直に言いなさい。」
コップを後押しして激突させた本人は先程の質問を執拗に繰り返してくる。
「だから勝負は見てた!でもあの時はそもそも俺とお前の間にティリアがいたから見るものも見れん!!」
歯茎を襲う痛みを能力で振り払いそう反論。
「そう言いなさいよ…勝負は見てたのにあの場面を見てないなんて変でしょうが。」
気が動転していたのか思いっきり真横から審判していたのを忘れているようだ。
「確かにそうだな。」
「ノッチぃ…茅の外みたいな物言いは止めろ…。」
能力で振り払ったつもりがまだ痛みが残っているようなのでコップの飲み物で痛みを緩和。
「さて…じゃあいい加減仕事を探すか。」
一人席を立って掲示板に行き、仕事を探す。大所帯になってしまったので仕事も大人数のものを探す必要が出てきてしまった。大人数の仕事になるとどうしても両極端になってしまう。簡単だとそれこそ農家の出荷の手伝いなどで俺を含めた5人で分けると稼ぎは少ない。逆に稼ぎが大きい仕事となるとその分危険度が高い、ゴブリンやオーク討伐になってしまう。程よく難易度が低く稼ぎが大きい……そんな夢のような仕事を探して掲示板を隅から隅まで見渡して探してもやっぱり見つからない。
「いい仕事はあったかの?」
「見つからないから探してるんだろ。」
チョウガが何処からか嗅ぎ付けたらしくニコニコ笑いながら話しかけてきた。
「じゃあユウ。ワシから簡単な仕事の依頼をしてもいいかの?」
「簡単な仕事?」
胡散臭さが満点なので思いっきりしかめっ面を向けるとワハハと笑い、
「ワシの愛用の軟膏とあともうひとつ手紙を届けて欲しいだけじゃ。受けてくれるかの?」
「それだけか?」
「それだけじゃよ。」
念を押してもどうやら平気そうだ。手渡された依頼書にも怪しいところはない。
「じゃあいつも通りにサインをお願いしますね。」
羽ペンを渡しながらこちらはいつもニコニコしているメリルさん。念のために依頼書を裏がえして何も書いてないことを確認。
もう一度表の内容をじっくりと読んでいく。親の敵のように依頼書を睨み続ける俺を見てメリルさんはプッと吹き出し、
「用心しすぎじゃないですか?」
「よくもそんなことを言えますね……」
前回全ての依頼書の裏面に細工をした主犯が言える発言ではない。
「ん?聞いたことない場所だけど『メディオール』……?何処だ?」
「ああ、近場ですよ。あんまり遠くはないですね。」
「ならいいか…。」
近場なら直ぐに終わるだろう。直ぐに終えて帰ったらもう一度仕事を適当に見つければそれで事足りる。サラサラとサインをして受領の印を押してもらう。
「通達はどうしますか?」
「ああ…いいよ。皆そこにいるし。」
受領の印がしっかり押された依頼書を持って皆の元に。
「仕事あったの?」
アニエスが近づいて来る俺に気づいて声をかけてきたので
「まぁな。じゃ、発表しますよ。依頼内容、『内容、書簡一つ、チョウガに軟膏を買ってくる。』」
「ユウ。一文おかしくないか?」
「気のせいだろ。」
それは俺も感じたことだ。
「その内容なら直ぐに終わりそうですね。場所は何処ですか?」
システィの質問に答えようとしてそれについて確認したかったことを忘れていた。
「それが、俺聞いたことがないとこなんだけど……」
「ご主人?」
「皆知ってるか?近場で『メディオール』。」
その瞬間俺以外の全員が凍結魔法でも食らったようにピシリと凍りついた。
「ユウ…そこ、ここから西にある……国家の名前よ…?」
今度は俺が凍結魔法の対象に。一瞬で見えない魔法を解除してカウンターに戻りこちらの様子をモニタリングしていたチョウガとメリルさんの前に依頼書を叩きつける。
「近場じゃなかったのか?」
歯を食い縛ったとき犬歯が延びてきていることに気づいた。多分今3割くらい変化しているんだろう。だが関係ない。
「近場じゃよぉ…徒歩七時間、馬車に乗れば四時間じゃ。」
「近場の国家だとは誰が思うか!」
「ユウさん、でも受領印押しちゃいましたし…ね?」
ダメだ反省の色が全く見られない。メリルさんにいたってはテヘペロまでやってきた。だが俺とてここで『テヘペロするにしても年齢を考えろ!』なんてツッコんだらもっと面倒になるのは分かっている。下手したら殺されるだろう。受領印もしっかり押されている。取り消しも不可だ。…なら残った道は依頼書の抹殺。一瞬で変化からの加速で依頼書をカウンターから盗みとり反撃に出る前に引き裂く。…これだ。
「ではあとで届けてきますね。」
よし。背中を見せたな、油断しきった今なら……できる。
加速に入ろうとしたその時俺の肩を誰かがクイッと押さえた。
「宜しくお願いします。」
「…ティリア?」
「はい。確かに。」
そのまま奥に下がってしまうメリルさん。
「これが書状、それでこれがワシの愛用の軟膏の名前。」
固まり動けない俺の手にメモと書状をおいて握らせてくるジジイ。
「じゃあ宜しくの。」
ホーッホッホと高笑いを残し何処かへ消えていく。
「あんた…また騙されたの?」
「あー、何だ、しょうがない。うん。」
「いきなりだったのでちょっとどうにかなりませんか?って聞こうとしたのですが…そういうことだったんですね。」
中々戻ってこなかった俺に文句の一つも言わないで事情を察し慰めの言葉をかけてくれる仲間達。何だろう。視界がぼやけて皆の顔がよく見えないな。
「ご主人。失礼します。」
ティリアが袖口から手巾を取り出してゆっくり俺の目を拭ってくれた。
「皆…」
ティリアを片手で止めて皆に向き直り
「本当にすまん………!」
無言でやさしく肩を叩いてくれる。本当に出会ったのが皆で良かった。
「そういえばさっきは何で俺を止めたんだ?」
皆に感謝の言葉をいい、明日の集合場所を指定して解散の帰り道。少し気になったのでふと俺の家に居候しているため必然的に帰り道が同じティリアに尋ねる。
「何故…ご主人があのままいっても勝てないと思ったからです。」
「俺が?とりあえず変化しての奪還だぞ?」
幾ら考えても勝てると思っていたので少しムッとして言い返すとティリアは落ち着いて諭すように返してきた。
「ご主人は確かに強いですが…あくまで能力ありきの戦闘力です。何度かアニエスさんとの取っ組み合いを見ていてもご主人は素人に毛が生えた程度です。ここから先もしも同じような能力をもった敵が現れたとき、最後は本体の戦闘力で決まってしまいますから。」
「…意外とズイズイくるな…」
「ご主人の為ですから。それに…」
少し深刻そうな顔になり
「メリルさんに能力を使っていったらご主人は絶対に勝てない……そんな気がしたので。」
先程のやり取りからそれだけのことを一瞬で判断して俺を止めたのか…時たま奇怪な行動に出るがやっぱり俺より経験が段違いなんだな。
「それと、どうしても気になることが。」
「まだ何かあるのか?」
「はい。」
ティリアほどの戦闘力、経験値をもってしても分からないこと…俺が聞いても分からないだろう。
「遠慮なくいってくれ。もしかしたら俺が役立てるかもしれない。」
でも何かは、ヒントになることくらいは言えるかもしれない。
「分かりました。では…」
深刻そうだった表情を真面目な表情にシフトさせ、俺の顔を真っ直ぐに見つめ、
「何でメリルさんはそれほどの戦闘力を持ちながら受付なんてやってるんでしょう?」
「知らん。」
きっとティリアのこの疑問に答えられるのは本人を除けば神様位だろう。




