宥め役は信頼がある人のみ託される。
ガタガタ、ガタガタ。
「ユウ…大丈夫か?」
「ユウさん平気ですか?顔色が優れませんが…。回復魔法でも。」
「いや…大丈夫だ。」
ティエルフールが出してくれた馬車の中、ガタガタと揺られながら帰る最中なのだが昨夜の一件が頭から離れない。
「ああそうだ。ユウ…聞いていいか?」
「なんだ?」
前に座るノッチが俺の左となりに座る人物を指差し
「その娘ついてくるのか?」
「あ、私も実は気になってました。」
ノッチの右となりに座るシスティも気になっていたようだ。その人物はキョトンとした表情で首を傾げている。
「おい、ティリア自己紹介しないと。」
「それもそうですね。」
頷くと姿勢を正し
「私の名前はティリア。この度ご主人…ユウ様に忠誠を誓い、この身が果てるまで尽くす所存です。どうぞ宜しくお願いします。」
ペコッと頭を下げて挨拶。
「宜しく。俺はノッチ。」
「私はシスティです。」
「宜しくお願いします。ノッチさん。システィさん。」
順番にティリアと挨拶をしていく皆。
「わた「そしてご主人。改めて宜しくお願い申し上げます。」
「お、おおぉこっちこそ宜しく。」
「はい。」
スッと座り直す。…あれ?
「ちょっと待ちなさいよ。私は?」
俺の右隣に座っているアニエスが不機嫌そうにティリアを指差す。
「失礼しました。宜しくお願いします。」
「まぁ…いいわ。私はアニエス。このチームのリーダーよ。」
その発言を聞き、
「ご主人。この人は頭がおかしいのですか?」
ピリッと張り積める空気。右隣から殺気が放たれる。
「…どういう意味?」
「チームの中でリーダーとなるのは頭脳がきれることが条件です。そこはご主人に劣りますがご主人の戦闘力を考えればご主人は戦闘員が一番合っていますので仕方ありませんが。」
ハキハキと答えていくティリア。
「そういうものなのか?」
左右の殺気から逃れるようにノッチにたずねる。
「まぁ…そうだな。ある程度腕がたつ奴が前線に立つな。」
「なるほど…」
そこまでいった瞬間左から思いっきり引かれティリアに後ろから抱き締められるような形になり着席。
「つまり…何が言いたいわけ?」
怒りに燃えるアニエスは左腕を上に突き出したポーズで停止している。ティリアが引っ張ってくれなかったら俺は暫く顎が砕かれ食事が困難になっていただろう。
「私が言いたいのはつまり…」
俺の後ろからピシッとアニエスを指差し
「司令官が速攻で潰れると戦線が成り立たなくなる。と言いたいのです。」
「上等よ!外に出なさい!思い知らせてやるわ!!」
「止めろ!暴れんな狭いんだから!」
挑発を続けるティリアを宥めつつアニエスの猛攻をティリアの前に出ておさえにかかる。馬車が壊れて徒歩なんて絶対に嫌だ。
「おや♪ノッチさんこれは。」
「面白いですねぇ~。」
「そこでニヤニヤしないで止めるの手伝ってくれ!!」
「いや、だって人の恋路を邪魔するもんじゃないって死んだ爺ちゃんが言ってたしなぁ。」
「嘘つくな!」
恋路ってまず何だ!
「ご主人!退いてください!」
「ユウ!退きなさい!ティリアの次はアンタよ!」
「何で!?」
アキュリス王国に着くまで馬車が壊れなかったのはほぼ奇跡に近かった。
ガタガタと馬車が揺れながら進んでいく。目指している場所はティエルフールの外。荷台といっても遜色ない粗雑な作りの箱状の座席に押し込められているのは今回の騒動の元凶、イレウス。
馬車をひく人物も屈強な兵士であり、もし強襲などされても返り討ちにできる強さを持っている。クライス女王は強襲に気を付けろ。と言っていたがそれは無いだろう。
ティエルフールのはずれの森に入った瞬間、微かな違和感を感じた。馬車を止め回りを伺うが誰もいない…
「こんちはぁ。」
勢いよく馬車から飛び退き、抜刀。声がした馬車の上を見ると
「どうもぉ。」
ヒラヒラと手を振る槍を持った青年。
しかしいつの間に。後ろをとられるなんて油断はしていなかった…
青年はバッと飛び降りると兵士に向かって歩きながら
「相談なんですけどぉ、この人くれませんかねぇ?連れて帰らないと俺、怒られちゃうんですよぉ。」
「そうさせるわけにはいかんな。」
「っすよねぇー!じゃあちょっともらってきますぅ。…よっと!」
一気に距離を詰め突き出される穂先をかわし切り上げる。
「おおっと。」
ふざけた様子で槍で防ぐ強襲者の胸ぐらを掴み槍の柄に青年の顔を打ち付けようとするが上体を反らし防がれてしまう。
「かかったな。」
強襲者を掴んでいた手を離し腰の短剣を抜いて鋭い突き必中の一撃をあろうことか更に体を倒し、何と倒れこんでかわされる。
「もらったぁ!」
短剣を逆手に持ち変えて刺しにかかる。元から抜いた剣を上段にかまえ追撃の体勢。
確実に当たる。しかし…あろうことか槍から手を離し体を丸めると片足で短剣を持つ腕を極め、もう一方の足で回し蹴りまで放つ強襲者。仕方なく上段に構えた腕でガード。腕を極めていた足が解かれた瞬間追撃を諦め、身を庇う。
「おーりゃっ!」
気合いなど無い掛け声に関わらず驚異的な蹴りに数m程後退されられる。
「ゴホッ、強化系の能力者か…?」
しかし立ち上がりながら槍を足で掬い上げた青年は
「ん?いやぁ俺は違いますよぉ!強化系なんて古ぅい!あ、でもアザミは強化系だったっけ……」
そこまで言うと槍の柄を少し弄ってから回して構え、
「さてと…つまんないからさっさと帰るかな。」
そう言うと姿が霞む程の速度で接近し槍でのラッシュを繰り出してくる。懸命に避けながら槍の穂先に集中する。距離は槍の間合いだが今は振られた穂先は真後ろを向こうとしている。追撃を仕掛けるなら今だ。穂先が後ろを向き剣を振りかぶった瞬間、
ザッ。と腹部を何かが通り抜けていった。切り裂かれた、しかし何故?穂先は向こうをむいていたはず。その思考ごと切り裂くように身体中を切られていく。辛うじて開いた目が再び景色を捉えることはなかった。変わりに映ったのは…人を殺すことに快楽を感じる…化け物の目。
「…おーい。もっしもーし。俺まだ能力使ってませんよぉーー。」
ツイツイ。とつついてみたけど反応はない。
「終わりかぁ…なぁーんだ。」
クルクルと槍を回して血を払い、馬車に向かう。
「やっぱり黒狼と殺りたかったなぁ…陛下も殺っちゃいけないって…かったいなぁ…」
はぁ、とため息をついて馬車に飛び乗り手綱を一振りしたが、走り出してはくれない
「んーーー?」
どうやら三頭の馬は怯えて動けないようだ。
「動けー。あ、そうか。じゃあ…」
槍を振りかぶり真ん中の一頭を刺し殺す。
引き抜くと冗談みたいに吹き出した血を避け、真ん中の一頭の拘束具を槍で斬っていく。もう一回手綱を振ると分かってくれたのか震えながら走り出してくれた。
「よしよーし。…さてと帰ってリーダーに奇襲でも仕掛けて遊ぶか。」
怯えきった馬をどうにか発進させる。
目指すは本国、プテリオン帝国。




