はっきりNOという、それが一番大事。
「くそぉ!この私が…こんな形で逃げる羽目にっ」
「なら逃げんなよ!!」
北門から出たばかりのイレウスの横を走り抜けて石の橋をブーツの底の鋼鉄板を削りながら急停止をかける。
「…捕まえに行く手間が増えるだろうが。」
身を返して国に逃げ込もうとするイレウス。その前に大剣が鋭く突きたつ。
「もう逃げ場はないぜ。」
その後ろからメイスを携えたアニエス。
「そもそもアンタ歓迎されないわよ。」
「くっ……!この凡人ども!」
「ハハハ。すげぇ小物臭。」
テンプレートみたいな台詞。それと同時に侮辱されたこととは別の怒りが沸いてくる。
「鼻が曲がりそうだ。」
先程の戦闘で掴んだ感覚を元に一気に変化。
「お、お前……それは、」
そこまで言うとギリッと歯を食い縛り
「ムカつく能力を見せやがって…あの毛玉だけでもムカつくのに…!」
「は?何言ってんだ?」
俺を見て怯え、そのあとすぐに怒りに満ちた視線を向けてくる。気になることが増えたがとりあえず捕まえることが先決。逃げ道を塞ぐようにノッチとゆっくりと距離を縮めていく。橋の低い欄干に追い詰め捕まえようとしたとき、能力で強化されている俺の聴覚が反応した。
「ノッチ!後ろから来る!」
門から勢いよく飛び出した影は門の前で待機していたシスティを通り抜けて一直線にこちらに向かってくる。
「このぉ!」
アニエスのメイスの一撃をスライディングでかわし、さらに加速。
「止まれ!」
大剣の腹で横凪ぎに振るわれたそれを新体操の選手の様に寸前で捻り跳びでかわしノッチの頭上を飛び越えイレウスの前に降り立った。着地した体の軌道に沿うように日光を浴びて白銀に輝く髪をたなびかせ、こちらの動きにすぐに対処できるよう、素早く身構える。
「…タフだなぁ……。」
「そこら辺の兵と比べないでください。」
先程闘っていた少女は折られた剣の代わりの鉄の棒をノッチの方に左手を俺に向けてくる。
「…倒したんじゃなかったの?」
アニエスとシスティが駆け寄ってきて俺に聞いてくる。
「そのつもりだったんだけどなぁ…。」
少女は数が増えても最初の形は崩さず俺達に威嚇をしてくる。
「ちょっと退いてくれないか?」
「それは聞けません。この人を守るのが私の指令ですから。」
まぁそう言うと思っていたが…多分与えられた指令にはしっかり応える素直な娘なのだろう。どうしたものか。
ジリジリと門の方に移動しながらもこちらの動きに常に警戒している。だからだろう。背後からの気配に気づかなかったのは。
「ヒャアァハハッハッハアッ!!」
両手を組みハンマーの様に少女の頭に一撃を加えたイレウスは怯んだ少女の細い首を左手で掴み、低い欄干の外に少女の体を突き出すと
「早く退けよぉ!コイツ落とすぞぉ!!」
「イレウス!アンタねぇ!!」
「黙れ黙れ!早く退けよぉ!退けよぉ!!」
橋の外に出された少女は今も凄い力で掴んでいるらしく苦悶の表情を浮かべている。攻撃を加えて脱出することも可能だろうにそうしないのは堀に落とされるのを防ぐためだろうがそれは少し間違えている。現に少女の命を支えているイレウスの左手はとても鍛えているとは思いづらく既に限界が近いのか軽く震えている。
「大体何なんだよ?えぇ?凡人どもが私を?捕まえるぅ?ふざけるなぁ!!」
「今ふざけてるのはお前だ!」
ノッチの的確な指示も左手をさらに外に突き出すパフォーマンスに阻まれてしまう。考えを巡らせながら回りを確認する。今イレウスを捕まえるのは簡単だ。それこそ走ってひねりあげればそれで終わり。だがイレウスの左手にぶら下げられている少女は堀の底まで落ちてしまうだろう。あの衝撃はとてもじゃないけど耐えられる物じゃない。それは俺が体験したからよくわかる。そう、あれは本当に…
痛いんだよなぁ……けどまぁ
「やるしかない。か。」
ふぅ。と一息つき、
「ノッチ。俺が少女を助けるからその間にアイツふんじばってくれ。」
「オイ…ユウ。」「ユウ!堀に落とされたら死んじゃうわよ!」「そうですよ!普通はミンチに…」
最後のシスティの言葉。そうなんだよなぁ…『普通は』ミンチになるんだよ。苦笑いしながら右手の人差し指で軽く自分をタップ。それだけで伝わってくれたらしく皆も苦笑いを返してくれた。
やることは決まったので後は寸前まで力を抜いておく。とりあえず安心させておこう。
「オイ…ええとお前。」
イレウスがビクついて外に突き出すパフォーマンスをしたがそれを無視して視線を少女に向ける。
「…ちょっと待ってろ。」
「オイ!黒狼!お前…その足に挿してる投げナイフ捨てろ。」
意外とめざといところに目をつけてたな。と本心から感心しながら六本全てを抜く。
「地面に置けぇ…しゃがんでなぁ!!」
言われた通りにゆっくりしゃがみながら
「ああ…そうだイレウス。─お前馬鹿だろ。」
直後、俺と反対側から雷撃。バリッ!!と感電音。がぁっ!という悲鳴と共に手が離れ、少女が落ちていく。俺は変化を解いていなかったためシスティの弱体化版雷槍で感電し怯んだイレウスに一気に肉薄し胸ぐらを掴むと後ろに投げ捨てる。そこにアニエスがイレウスの頭にメイスで上段からの一撃。ドゴン!と気持ちいい音と共に石橋に叩きつけられた様だ。多分死んではいないだろう。後は簡単だ。橋の外に身を踊らせ驚いた顔をしてる少女を能力つきの全身の筋力で
「ノッチ!」
ブン!と勢いよく投げあげ、ノッチが受け止めたことを確認し─今、再びの水面へ。
そういえば着水の時に垂直に入るとダメージが少ないってテレビでのトークを思いだし体の向きを変え、水面に足を向け落下。あとはこのまま前回と同じように戻れば…そこまで考え、気付く。
─水面、凍ってね?
ドガァッァァ!と物凄い激突音に思わず首を竦めてしまう。ノッチに縛るのを任せて橋の欄干に駆け寄るとシスティが不安そうに水面を覗いていた。
「ど、どうしましょう!ユウさんが着地出来るように着水前に水面を凍らせたんですけど、ユウさんが!そのまま激突して!」
よく見ると堀の水面が凍って日光を反射している。そしてその中心。何か落ちたかのようにポッカリと穴が空いてる。
「…多分死んではないわよ。」
「やっぱり両手足くっついてるわね。う~ん。」
「…それよりアイツ縛っとけよ。」
それもそうね。とアニエスは今までイレウスによって退けられていた門番や兵達が集まってきたのでそちらの方に事情の説明に加わりにいった。二回目の水面落下はやはり慣れたくない痛みを俺にプレゼントしてくれた。
「痛ってぇ…」
橋の欄干に背中をつけてへたりこむ。物語とかだとこういう能力を使ったあとは物凄い空腹感が襲ってきたりするものだがそんなことはない。
「際限なしかよ…」
呟く俺にスッと影が射す。視線をあげると目に写る白髪。
「何故助けたのですか。今まで敵だったのですよ?」
「うるせぇなぁ…疲れてんだよ。」
答えるのが面倒なのでコートを頭から被って外界遮断モード。しかしあっという間に剥ぎ取られ、俺の頬を両手でがっちりホールドし可愛らしく整った顔立ちを近づけてくる。
「答えるまでこのままですよ。」
真紅の両目で俺をしっかり見ながらそう宣言…いや宣告だ。
「このままとは?」
「白骨化するまでです。」
冗談だろう。そう思って顔を動かそうとしてもミシッと軋むような音をたてて頭蓋骨を掌握されてしまう。
「私は一度言ったらやり遂げます。」
それはそうだろう。だからこそアイツの守護なんて指令もしっかりやり、人質にまでなってしまったのだから。
「…」「…」
無言無表情のにらめっこ。
右手でおでこをペシペシ叩いてみても瞬きすらしない。
「これ以上無意味な抵抗をするならば」
すうっ。と空気を吸いふっ。と吹きかけられる。
「…何?」
「十秒に一回。これを繰り返します。」
「いや…うん。あのな、「ふっ」人の話を「ふっ」……コラ「プッ」ピシャッ」
何故か最後は唾。
「短気なので。」
「そうか。…ってコラ。」
量こそそこまでではないが不愉快なのは変わらない。
「…これ以上黙るなら強行手段にでますよ。」
これ以上の嫌がらせにでるのかコイツは。くっ。と細い首を伸ばして上を向き口をパカッと開ける。そして聞こえてくる音。「こぉーー。ころころころ…こぉーーー」
ヤバイ。話してもらうために脛を軽く蹴る。しかし離れない。
両手で俺のホールドを解きにかかる。しかし離れない。段々とピッチを増してくるコロコロ音。どうでもいいけどアニエスといい、コイツといい恥じらいという概念は無いのか。
「…分かった。止めてくれ。」
ギブアップを伝えると俺の顔にかかるはずだったタンを橋の外に吐き出し
「さ、話してください。」
と、何事も無かったように急かしてくる。
はぁー。とため息をついて
「さっきも言ったように『殺さないために強くなりたい』から…まぁ死なせたくなかったんだよ。さっきまで敵でも。」
「プッ。」
「お前失礼じゃね?」
「私と闘ったときにみたいに死にかけてもですか?」
「そうだよ。俺をアレと一緒にすんな。」
顎で縛られ連行されていくイレウスを射す。
「…そうですか。」
頷くとじっと俺を見て離れようとしない
「では何かご用命はありますか?」
「何も無い。強いていうなら俺をゆっくりさせてくれ。」
「はい。」
そう言うと俺から数歩離れてスッと土下座…いや格好はそうだけどこれはきっともっとたちの悪い…
「私の名前はティリア。生まれは倭国。まだ未熟者ですが貴方の側近として精進していく所存です。」
合流してきたアニエス達もポカンとしている。頭をあげ、
「宜しくお願い申し上げます。」
「いや、待て。何?側近?」
「先程ご用命を頂きましたから。」
スッと顔をあげ少し微笑みながら
「『ゆっくりさせる』為にこれからご主人の側近として誠心誠意、尽くして参ります。」
へたりこむ俺に土下座を解除しピシッと正座したティリアはピッと指を立て
「私を宜しくお願いしますね。」
…父さん、母さん、聞いてるかい?何故か彼女より前に俺に側近が出来たよ。




