イメージって結構大事なこと。
「ぅぅぅうううわわぁぁあああああ…。」
「…いい加減うるさい。」
「ユウが冷めすぎなのよ……。うあぁぁ。」
浮遊箱に乗って移動中、アニエスはもうずっとこんな感じだ。
「…すごぉい。空を…飛んでるぅ。」
「確かに凄いな。」
四人乗ってもまだ余裕のある浮遊箱は先程塔を出発し、今空中を移動中。
「皆さん全員そんな感じの反応をされますよ。」
クスクス笑いながらシスティさんはアニエスとノッチを見ている。俺も乗って出発直前にはこんな感じの反応だったのだが、アニエスを見て流石にどうかと考え、今では自制している。
「…ええと、システィさん?」
「あら。システィでいいですよ。」
「じゃあ…システィ。その、これに乗るときにプリズムに触れたろ?あれって何?」
塔のてっぺんでこれに乗る寸前プリズムに触れてから乗っていた。
「あれはこの浮遊箱の動力ですね。あれに触れて、皆さんの体から魔力を貰って動いているんですよ。」
「魔力?俺ら全員使えないぞ?」
観光気分からいち早く帰ってこれたノッチが聞き返す。
「使えないだけでも皆さん持ってるんですよ。」
そこまでいって左の人差し指を真上にピンと立たせ、先生のように講義を始める。
「魔法使いって言うのはその中でも、水晶にそのポテンシャルを見出だされた者達のことを言います。」
「じゃあ!私もなれる!?」
アニエスも魔法使い関係の話になるとシスティに視線を向け、真剣に話を聞いている。そんな様子を見てクスリと笑ってから
「可能性はありますよ。それと魔法使いになると得意な魔法の色に髪が染まるんです。」
「得意な魔法の色?」
「はい。殆ど全部使えるんですけど、その中でも特にコントロールしやすいやつ、とでも言えば良いでしょうか。」
そこまで話したところで、浮遊箱が中央の塔に到着したらしい。滑るように塔の二段目に着地した浮遊箱は僅かに浮き上がり停止した。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
再度絶叫しながら塔の縁の壁まで突撃し、本当に激突しながら
「すごぉい!すごぉっい!!」
と、跳ね回っている。
「ここから一望出来るんですよ。」
そのまま順に指さし、
「先ずあちらのサウスエリアでは主に農業などが栄えてまして、その両隣、イーストエリアは主に居住区。ウエストエリアでは観光のお客に楽しんで貰うための施設が集合しております。」
そこまで説明したあと、少し苦笑いをして
「…そしてあそこノースエリアで魔法の開発がされています。」
「開発って言うと…攻撃魔法とか?」
「いえ…日常の魔法を効率良く使うための道具の開発などですが…」
辿々しく答えるシスティ。だが空気の読めないアホが
「え?攻撃魔法とか使ったりしないの?こう…ドーン。みたいな。」
そのあまりにも抽象的な説明に気を抜かれたのか、ふっと笑ってから
「そうですね。じゃあ登りながら説明しましょうか。」
一瞬見えた横顔に明らかな自責の念に妙な胸騒ぎを覚えた。
「何かあるのかしらねぇ?」
「そう思うなら聞けばいいだろ?さっきは俺も聞かなかったけど。」
不思議そうに首をかしげるアニエスに向かってそう言うと
「人には聞かれたくないことだってあるでしょ?特にさっきのシスティみたいな行動に出るような人は周りがそんなこと無かったようにして、最終的にその行動自体を忘れさせるのが一番なの。」
俺に顔をよせて話してくるアニエス。言っていることは正しいと思えるし実際直ぐに俺たちに助け船を出してくれたから無かったように出来れば一番だろう。
「…お前、意外と気が利くんだな。」
正直に感想を言ったのに殴られた。
「そもそも魔法はイメージが大事なんです。」
塔の中、螺旋階段を先頭で登りながら説明をしてくれるシスティ。
「回復系ひとつでもそのイメージで相手をどうしたいか。それが結果に直結するんです。」
「なるほど。なら攻撃魔法打てるやつは相当な馬鹿か、頭がイってるかのどっちかだな。」
「…どうゆうことよ。」
俺の後ろから不機嫌そうな声がかけられた。みたとこ延々と同じループみたいなので、後ろ歩きでアホに説明する。
「いいか?魔法はイメージが結果になるんだ。じゃあたとえば炎で敵を倒したい。どう考える?」
「ええと…うーん。」
「ノッチはどうだ?」
「そうだな。熱傷位でも倒せるしな…」
「それじゃダメだな。」
「つまりどうゆうことよ。」
アニエスが少しムッとしながら聞いてきた。
「火炎を相手にぶつけるんだったら、その炎はどのくらいの熱さで、どれくらい燃え続けるのか、ぶつけた相手がどれだけ燃えるまでそこに消えずに留まるのか、燃えるといっても程度があるし、それこそ消し炭にしたいんだったらそれに見あったイメージを持って打たなくちゃいけない。」
そこまで説明すると二人は苦笑いをしていた。普通に考えてあり得ないだろう。自分の放った魔法で人がどう死ぬかを鮮明に思い描いて放つ訳だ。常人なら出来ない。
「…残念ですけどユウさんの説明で合ってますよ。実際は他に体のどこがどのくらい焼けるか、とかもあるんでけどね。…最近はそうゆう方が少しずつ増えてきてまして。」
悲しそうな顔で語る姿を見て思うところが無いわけではないのだが、下手に声をかけない方がいいだろう。アニエス達もそれが分かっているらしく黙っている。
「さて。皆さんつきましたよ。ここから女王の間です。」
「このまま入っていいのか?」
「もう話は通っているので。」
そのまま重たそうな扉に手を触れ、先程と違い、決まった呪文を唱えるとゆっくりと開いていった。開いた先は恐らく三段目全てがこのフロアになっているのだろう。約30m程の円形の広間の中心に深紅のカーペットが真っ直ぐに敷かれ、その奥に玉座が1つ。回りはこの国を一望できるようにだろうか。太い柱を何本か残し、全面が硝子で覆われている。システィとアニエスは歩いていくと、ピタリと踵を合わせて止まり
「アキュリス王国から使者として送られたアニエス以下三名。クライス女王陛下に謁見を!」
と気をつけの姿勢から右手を自らの左胸に当てた。見ればノッチも俺の隣で同じようなポーズをしているので、急いで同じポーズをとる。まだ傷みが取れない背中が急な動きに一瞬疼いたけど。全力で治れぇ。と現実逃避の意味も込めて念じておく。
「…結構ですよ。私はそういった堅苦しいのが嫌いなので。」
そう言って玉座から立ち上がったのは思わずハッとするような美女だった。クライスという名前からてっきり男性だと思っていたが、着ているドレスがまだ充分離れているのにはっきりと胸の部分が膨らんでいるのが分かる。どこぞの貧相なアホはこの前、町で会ったとき顔を見るまで性別が分からなかったので、エライ違いだ。カーペットと同じような深紅の髪を靡かせてこちらに歩いてくるクライス女王をじっと見ていると、未だにこの世界の敬礼を続けている俺を一目見てクスリと笑うと、
「…こちらの方が異世界から来た人ですね。」
「へぇ…何でそうだと?」
最大限なめられないように敬礼を続けながら挑発的にそう返す。その様子が面白いのかクスクスとまるでここが自宅だったら腹を抱えながら笑い転げそうな勢いで笑いだした。幾らなんでも失礼ではないか。と思っていると、目に溜まっていた涙を拭いながら体を起こして敬礼をして
「代表の者が礼を終えたら」
スッと右手をおろし、体の後ろで組み足を肩幅に広げて立ち、
「こうするのが全世界の敬礼の一連の動作ですよ。子供なら誰でも知っています。」
言われて回りを見回すとシスティは気の毒そうにこちらを見てノッチは教えなくてすまん。と顔に書いてあり、回りにいる向こうサイドの方々はザワザワしている。アニエスは俺をさぞ愉快。と口を猫のようにし笑いを噛みしめている。『わざとか?』とアイコンタクトを送るとコクッと頷きその動作で口から笑いが漏れ、ブフッと吹き出している。
「アキュリス王国から『面白い人材を送る』と言われていたのですが、話以上ですね。」
場所を忘れて全力で殴りにかかろうとしたのだが、クライス女王の笑い声で我に帰る。
「女王陛下。あまりお近づきになられませんよう。」
「あら、良いじゃない。ああ紹介するわね。今の私の側近のイレウス。」
「…宜しくお願いします。」
身長がそれなりにあるイレウスは痩せこけた頬と長い前髪で少し怖い印象を持たせている。お辞儀をしたのだがその時向けられた、ねとつく視線が気になった。
「そうだ。直ぐに帰ったら幾らなんでも来た意味があんまり無いわ。セントラルエリアで宿をとって、暫くゆっくりしていって。」
「いけません!」
クライス女王の提案を一蹴したのはまたしてもイレウスだった。横目に辺りをサッと確認すると『また女王の気まぐれか。』と笑っている兵士の中に、表情の伺えない兵士が少ないがいる。
「只今我が国は厳戒体制、それを「少し黙りなさい。」
クライス女王はピシャリと厳しく言い放ち
「イレウス。私は今話をしているの。それとここは貴方の国じゃない。」
「…申し訳ありません。」
イレウスは一瞬顔を歪めたが直ぐにお辞儀をし、そのまま下がっていった。
「さて、じゃあ楽しんで行ってくださいね。…ああそれと。」
クライス女王はクスリと笑うと真っ直ぐに俺を指さし
「貴方とはお話ししたいことがあるので、明日ここにまた来てくださいね。」
「へぇ…何でそうだと?……ブブフッ。」
「お前いい加減にしろよ。」
塔の中の浮遊箱に乗って降下中。アニエスは敬礼の姿勢で俺の真似をさっきから続けている。
「でも何で俺を指名したんだ?」
「人を模したモーキーは初めて見たからじゃない?」
因みにモーキーとは向こうでいう猿。
「クライス様は興味を持ったらご自分で解明しないと気がすまない方なので。」
システィが笑いながら補足してくれる。
「恐らく『異世界から来た』が琴線に触れたかと。」
「そんなものかね…」
「好奇心の塊みたいな方なので。」
「随分女王様と仲がいいみたいだな。」
ノッチが俺も気になったとこを聞いてくれた。
「以前は私もよく宮殿に来てたのですが、あの人が来てからは…」
「そのあの人は、多分アイツだな。」
ノッチが浮遊箱の外を見ていたので、皆で覗くと、終点である一階部分にイレウスが立っているのが見えた。
全員で浮遊箱から降り、
「先ほどはどうも。」
そこで例の厭らしいともとれる笑いを向け、挨拶をしてきた。
「どうした?何か忘れ物か?」
「いえいえ。ただ忠告を。─一泊なさるなら注意されて。」
そう言うと俺の隣を通りすぎ、浮遊箱に乗って二階へ上がっていった。
「感じわっる。」
アニエスは心底つまらないものを見たと言わんばかりに顔を思いっきり歪めた。
「じゃ…じゃあ私は宿をとってきますね。」
そう提案をしたシスティだが確実に元気がない。
「待ちなさいよ。私も行くわ。」
「同感だな。俺も付いていく。ユウは?」
システィを一人にしないためだろう。二人が付いていくようだ。
「すまん。俺ちょっと確かめたいことがあるんだ。」
「あ…ユウさん、宿はこの近くなので。」
「分かりました。」
さて、これで俺は気になることを調べられる。この蟠りが無くなることを願って、コートを翻し町に繰り出す。
ノースエリアのとある建物。
巨大な奇妙な動物が檻に入っているその中に男はいた。
男の名前はイレウス。グラスを傾け今は数ある中の一体を凝視してる。
「─イレウス様。」
その後ろから現れた陰。皆少しずつ紛れ込ませてきた彼の手下だ。
「どうだ?」
「予定通り、黒狼とその他に別れ、行動を始めました。」
「良し。なら計画通りにやれ。」
そう指示を出すと手下は皆、行動を開始した。
グラスを掲げ、
「バレるといけないのでね、出ていってもらおう。」
誰ともなく、呟いた。




