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契約書は隅まで読もう。

「いかがですか?」

「うん。いい感じだ。」



前回のオーク戦の後幾つかの戦いを経験したあと俺が考えたのは武装の強化。前回はオークだったからどうにかなったが、もしもっと強いのが出てきた場合、今のままではどうしようもないと思い至り、トワフの店にまた来たというわけだ。



「でもいいのか?今回も無償って。」

「ええ。問題ありませんよ。ユウさんだから手に入るアイデアなんて幾ら出しても買えたものではありませんしね。」


なるほど。例えるなら中世の騎士の時代に現代兵器を持ってくようなものか。


「それに面白い情報もありますしね。」

「言っとくがあれはデマだぞ。商売職がデマに踊らされるなよ。」

「おやぁ…ずいぶん必死に。」


一睨みすると、俺の武装を取りに奥に引っ込んでいった。あの軟膏事件以来どうやらカップリングされてしまったらしく、ギルド内での居心地が悪化した。今ではノッチも普通に話しかけてくるし、ギルドでもたまに冷やかされるくらいなので、もう俺らは無視することにした。


「お待たせしました。」


そういって持ってきたのは少し小振りな木箱。


「先ず、その手甲の説明ですが。」


手甲自体も改良を加えた。ガードの薄めだった上腕に狭い範囲でダメージを受けると、致命的にならないにせよ凄く痛かったので、もしかしてこの先この素材を切り裂く奴がいないとも限らない。そう考え上腕部の体の外側に鋼鉄板を二枚、平行に設置。


「あ、そうでした。工夫させていただきましたよ。」

「工夫?」

「手首を起こして貰えますか?」


言われるままに手首を起こしてみるとver1からあった手の甲に着いていた鋼鉄板とカチリと噛み合った。


「得意技の助けになればと。」


確かにこれなら見た目より固い物を殴った時に間違えて手首を捻挫することもなさそうだ。因みに得意技というのはオーク戦での必殺の一撃となったあの技。鉤爪のように指を開き、そこからの一撃。実際使い勝手がよく、もし防がれたとしてもそのまま掴めるので隙あらば使っていたら得意技になった。アニエスとノッチに命名されたこの技の名前は


「なんて言いましたっけ。ああ、 『牙突』でしたか?」

「それは却下した。今の名前は『狼撃』」

「…あまり変わらない気がしますが。」


最初、ノッチが牙突と命名したのだが俺がそれだけは止めてくれと懇願し、その折衷案で誕生したのが狼撃。どっかの金髪がずっとスーパー熊手パンチとか言ったのは二人で無視した。


「気分が大事なんだよ。」

「そういうものでしょうか。あ、そうだ。本題のこちらも出来てますよ。」


差し出された木箱の中にはクナイ。

少しアレンジは加えているがデザインの大元はそれをモチーフにした。唯一空いていた大腿部に専用バンドを使って左右3本ずつ装着。ついでにブーツも靴底から踵まですっぽり鋼鉄板で被ってもらった。


「これは後々慣れていくとして、もう一個の方は?」


もう1つ仕事をしている最中に気になったことがあり、それの製作も依頼していた。


「それなんですが、」


一枚の紙─広告を渡してくる。


「『雑貨屋ザイフ』…おいこら。」

「はい?」

「お前の親戚だろ。ここやってるの。」

「さて?」

まさかのとぼけるスタイル。

「まぁ、行ってみるよ。」

「ちょっと良いですか。」


出口に向かって歩く俺をトワフが呼び止めた。


「何だよ。」

「そのナイフの名前ですが、 『刃牙』なんてどうでしょうか。」

「絶対に駄目だ。」






「えーとこっちを…右か。」


貰った紙の道筋を確かめながらゆっくりと進む。アキュリス王国はどうやら円形の国土の中心に国王がいる宮殿があり、そこから放射状に道が延びている。だから道を一本間違えると、永遠に目的地にたどり着けなくなる。依然何でこんな形なんだ。とアニエスに聞いたところ、どうやら防衛しやすいとかなんとか。


「賢者の石とか…言わないよな。」


魂だけ抜かれるなんて絶対に嫌だ。


「あれ?旦那?」

「誰が誰の旦那だ。」


東大通に出て、あと一歩というところで最悪の二人に出会った。


「妻は?一緒じゃないのか?」

「旦那一人だが……」

「「もしや離婚!!」」


近くの八百屋で、王国近辺で一番固いハンマークラッカーという人体の頭と同じくらいの大きさだが固さはその名の通りハンマー位じゃないと割れない果物を先程の二人の前に持っていき、一個を出来るだけ綺麗に握り潰した。


「すまん。もう一回言ってくれるか?」

「「すまん。やり過ぎた。」」


素直に反省したようなので、口止めに綺麗に握り潰したかけらを渡す。この果物は美味しいので残りは持って帰る。


「んで、何の用だよ。アルド、ドロイ。」


かじりながら後ろの二人に問いかける。


「いやぁ、仕事終わって帰ってきたら見かけたもんだから。」とアルド。

「そうそう。そしたらアニエスがいないもんだから。」とドロイ。


「で?」

「「二人でいたら全力で冷やかそうって思って!!」」


そこまで聞いて深いため息をつく。

どうやらこの二人、ギルドでも屈指の実力者らしいのだが、人を弄るのが趣味らしく最近のネタはあまり人と喋らなかったアニエスと、素手でオークを狩る俺を夫婦としてからかうのが日課だと言っていた。。


「…まぁいいや。ところでここって知ってるか?」

「何々?『雑貨屋ザイフ』……」


見た瞬間、一気に顔がひきつる二人。


「まぁ、行ってみれば分かるが疲れるぞ。」

「何があるんだよ。」


二人はギルドに報告に戻るらしいので別れる。正直凄く行きたくないが注文の品があるのと無いのとではこれからの仕事に支障が出かねない。




「…何だよ。これ。」


店構えは至って普通だったというのに、中は色々な種類の商品が並んでいる。ふいに向こうの世界のドン〇ホーテを思い出すほどに散在している。


「いらっしゃいます!」

「いらっしゃいませ、だろ。」


何故か来たことを報告しながら現れたのはあのトワフと似ても似つかない普通の娘さん。丸眼鏡をかけ、所々でつまずきながらこちらに歩いてくる。いい加減に分かるようになってきた。



─コイツは油断出来ない。



「あの、トワフからの注文の品があるはずなんだが。」

「は、はい!トワフ師匠からの注文の品ですね!あ、申し遅れました!私ツェナって言います!」

「あのさ、」

「す、しゅいません!い、今持ってきますから…うきゃぁ!」


取りに行こうとして恐らく売り物の鎧兜に正面からぶつかって辺り一面に物をぶちまけている。

…不安で仕方ない。



「お、お待たせしました。」


狭い店内なはずなのに初めに見たときよりもボロボロになったツェナが持ってきたのは小さな木箱。そのまま持ってきていたらきっと品までボロボロになっていただろう


「こちらで宜しいでしょうか。」



取り出されたのは腰に付ける為のバック。

仕事の際に何も入れられないのは不便だと思ったのだが、戦闘スタイル的に背中に背負うものや、肩掛けなんてもってのほかだ。革製のそれは腰にピッタリで、デザインも俺の好みに設計されている。


…黒いのはもう諦めた。



「ど、どうでしょうか。」


何故かビクビクしながら聞いてくる。


「普通にいい。料金は?」

「りょ、料金ですから?」

「落ち着け。言葉になってないぞ。」


何故かワタワタし出すツェナ。


「あ、あの、トワフ師匠から『ぼったくれるだけぼってこい。』と言われてまして!と、とりあえず…金貨80枚でいかがですかっ!!」

「いいわけあるか!」


一般的な一軒家なんと2件分。with家庭庭園付き。それと同価格のバックって何だ。


「じゃ、じゃあ!銀貨!銀貨8万枚で!」

「変わらねぇじゃねぇか!!」

「い、今なら手数料無しでこのお値段!」


駄目だ。完全に混乱している。


「…あのなぁ、トワフの指示無しなら幾ら位なんだ?」


未だにワタワタしていたツェナを正気に戻す。


「え?えーと、そうですね…これですと……銀貨12枚でしょうか。」

「銀貨12枚?」


市場の一般的な価格が大抵銀貨5~6枚だったはず。


「は、はい。市場の物と比べると少々お値段は張るのですが、素材が貴重な物を使っていますので。少なくとも擦りきれることはありませんし、斬られたら別ですが。蓋を閉じていただけたら、中身は濡れません。」


淡々と説明を勧めてくる。セールスポイントも分かりやすいし、何よりも聞きやすい。どうやらトワフからのプレッシャーで変なモードになったらしい。


「分かった。銀貨12枚だろ?」


財布がわりの革袋から料金を支払う。


「い、いいんですか?」

「いいよ。ウォーウルフ2体狩ったらお釣りがくるし。」


料金を支払っただけなのにやけにお礼を言われ、店を出た。さて…もうひとつ用事を終わらせるか。



『いらっしゃいま…おや。お忘れものでも?はい?いやいや違うんですよ。ちょっと待ちましょう!そう。広告料ですよ。そう考えて頂ければ納得して……ギャァァァァァァ』




─翌日の情報紙。今日のギルドというコーナーに『黒狼、武器屋トワフを襲撃』という項目が載った。



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