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町中の「お時間宜しいですか?」にお時間はあげちゃダメ。

「おいおい…ちょっと待ってくれよ。ユウが何したってんだ?」


「ノッチさん…今回はあなたの顔をたててもダメですよ。」


ノッチが俺のことを庇ってくれているようだが、とても心が痛い。


「そこにいる男は極めて危険です。」


「俺が聞いた限りじゃあの酒場での決闘はうちのアニエスがけしかけたものらしいが?」


アニエス、と聞いたとき騎士は僅かに怯むような素振りを見せたが、直ぐに本来の目的を思い出したようで、体制を戻し、


「今回アニエスじょ…いえ、アニエスは関係ありません。」


「だから…ユウが何か法でも犯したってのか?」


「ノッチ、ノッチ。」


それ以上はマズイと思ったがもう遅かった。


「ええ。そこの男の嫌疑は昨日、その酒場で無銭飲食を行いました。」


シン…とするギルド内。


ノッチの視線がとても痛い。


「ちょっと待ってくれ。」


そう言ってタイムのジェスチャーをして俺とノッチで密談開始。


「ホントか?」


「事実は…そうだが。でも逃げないとあの人の数はやばかったんだ。」


「うーん…困ったな……」


赤銅の髪を悔しそうにかきむしるノッチ。


「因みに捕まったらどうなるんだ?」


「大抵兵役を勤めて返すんだが…」


「…先ず帰されないよな。」


異世界から来たと言っていることに目を瞑っても騎士を素手で倒せる奴をたとえ平和主義の王国だろうが決して逃がしたりしない。どうしたものかと考えていると


「ちょっと通してくれるかな?」


という間の抜けた声が響いた。そしてギルドメンバーの輪をすり抜けて前に出てきたのはお爺さん。


「誰だ?」


「ああ、ユウは初めて会うか。あの人がチョウガさん。このギルドの長だ。」


チョウガという名のお爺さんはトワフほどではないにせよ小さい。160cmいくか分からない位の身長と茶色の貫頭衣を着て、口元は口の位置が分からない程に髭が成長しており、それを胸の辺りまで垂らしている。チョウガさんはそのまま俺のところまで来ると、未だしゃがんだままの俺に向けて手を差しだし、


「チョウガじゃ。ようこそ。」


と、挨拶してきた。こちらも立ち上がり、握手しようとして完全に立ち上がると手が届かなくなると分かったため、中腰になって


「ユウです。宜しく。」


握手をした。まぁチョウガさんの手が小さく実際俺がチョウガさんの手を包むだけになってしまったが。


「…そろそろ宜しいですか?」


先程ノッチと一緒にタイムをかけてそれ以来ずっと茅の外にされていた騎士が焦れったそうに問いかけてきた。


「ああ…すまんな。ちょっと名前だけ。」


ん?もしかして聞きづらかったのだろうか。


「あ、俺は…」


「ちょっと待ってくれるか?」


タイムのジェスチャーをしてポケットを漁り始めるチョウガさん。というか先程俺がやったときに騎士を含めほぼ全員がポカンとしていたので、さっき見えていたか確かではないがその一回で理解して俺に使ったのだろう。意外と油断ならないチョウガが取り出したのは一枚の細長い紙。折り畳まれているらしいその紙を俺に差し出し


「これに書いてくれんか?そしたらワシ忘れないから。」


俺が受けとるとカウンターを指差し


「あっちにペンがあるから。」


カウンターに歩いていくと、何時からいたのか女性が一人立っていた。


「始めまして。私メリルって言います。」


「あ、どうも。」


ニコニコと笑っているメリルさんからペンを受け取って書き始める。書き終わる頃に何故かもうひとつ出される朱肉みたいなもの。


「その紙に名前書いたあとにそれで捺印してくれるかの?そしたらワシ忘れないから。」


断っても仕方ないのでそのまま言われた通りに捺印する。


「…もう良いでしょう!」


いい加減我慢できなくなったのか騎士が声を荒げた。まぁ当然だろう。敵地に乗り込んだのに途中から全く無視されていたのだから。誰だってキレる。


「ノッチ。このままだと捕まるから俺は逃げる。」


「まぁジッとしてて大丈夫だ。」


どういう意味だ?と聞こうとしたとき


「あ!チョウガさん。これ!」


凄く芝居臭いメリルさんの声が響いた。


「ん?どうしたメリル。」


「ここにありましたよ。ユウさんの入団許可書!」


こちら─主に騎士に向けられたそれには確かに俺の直筆のサインと捺印。


引ったくるように奪い取った騎士が確認しているがどうやら本物らしい。騎士はそれを手に鎧が音をたてるくらいに震えている。


「…どういうことだ?俺書いた覚えないぞ?」


「あの紙、よく見てみろ。」


楽しいとニヤニヤ笑う癖なのか─それにしても楽しくて仕方ないといったようなノッチ。言われてよく見てみるとついさっき見たような紙の色。さらに少し能力を使い紙を注視して気づく。


「…ああ、なるほど。」


なんてことはなかった。あの紙はさっきチョウガさんが俺の名前を覚えるために書いた物を広げたものだ。恐らくこうなることを読んだチョウガさんが仕組んだのだろう。


「し、しかし!」


「ああ、お前さん。わかってると思うが王国がギルドに依頼するときはキッチリ話を通してもらわんと。」


そこまで言ったところで騎士は怒りを滲ませ、何かを言おうとしたが何かに気づいた様子で押し黙ってしまった。


「くっ…貴様……。」


「…王にはワシから話しとくから、ケガする前に帰れ。」


「また来る!」


そういい残し騎士はスイングドアを殴り飛ばす勢いで押し開け、帰っていった。



「やれやれ…近頃の若いもんは。」


チョウガが呟くと同時にギルド全体がわっ!と沸き立った。






「飲め飲め!俺の酒が飲めねぇってか?」


「お前の酒であってもなくても飲めねぇよ!」


あのあと呆気にとられている俺を取り残しギルド全体がお祭り騒ぎになり、どこからか料理やら酒やらが無限に沸いていき、ギルドの奥、少し壇上になっているところに連行され、そのまま歓迎会に発展した。今俺は逃げるようにカウンターのスツールに突っ伏している。ちなみにもう壇上には誰かが上がり何かの歌を熱唱している。


「改めてようこそ。」


その声に顔をあげるとメリルさんが飲み物をこちらに差し出しながら微笑んでいた。


「あ、ちゃんとお酒じゃないわよ。」


「…本当かよ。」


疑心暗鬼になりながら飲んでみると烏龍茶に近い風味がした。


「…さっきはどうも。」


「あら?私は何もしてないわよ?貴方を助けてくれたのはそちらの方よ?」


首だけでそちらの方を見ようとするとカウンターをスーッと俺が飲んでいるのと同じものが流れてきた。


「サービスじゃ。」


「いらん。」


速攻で流し返す。その反応が楽しかったのかワハハと笑い、スツールを飛び石のように飛び越えながらチョウガが俺の隣に来た。


「ようこそ。ギルドへ。」


「どうも。そう言えばさっきやけに騎士があっさり帰ったけどあれって?」


「今ぁ王国はぁ俺らにぃ頼ってるんだよぉ。」


「うわっ!酒くさっ!」


「まぁ…そういうことになるわね。」


既に完全に出来上がってるノッチをずらし、空いているスツールに座らせながら聞く。


「何かから守っているのか?」


「あら、鋭い。」


私ビックリしました。といわんばかりに胸の前で手を合わせるメリルさん。


「今は帝国からの進軍が活発じゃからな。



「帝国?他にもあるのか…」


「そうじゃなぁ…主だった国は幾つかあるんじゃが、それ以外はまだ小さな村みたいなものじゃから、帝国はそこを自分のところと統合させたいらしいわ。」


「なるほど。世界中使った陣取りゲームってことか。」


喉が少し渇いてきたので一口飲んで続ける。


「んで帝国様は先ずはここを取りに来た。って訳か。」


チョウガとメリルさんが揃って驚愕の表情を浮かべる。


「…何故そうじゃと?」


「その帝国様とここがどんだけ離れてるのか知らないけど、帝国様として一番避けたいのは他の所に攻めてる間に本国が落とされることだろ。どうせ同じ労力なら近くのこう言ったら失礼だけど…とるに足らない所に戦力を回すよりかは一気に後顧の憂いを絶っておいた方が遥かにいい。」


「…ほほぅ。」


そこでチョウガの目がスッと細くなった。まるで品定めをするかのように。


「よし!じゃあそんなユウに仕事をやろう。ワシのオススメ!」


いや、結構です。というより早く


「まぁ!良かったですね!」


メリルさん、


「やったじゃないかぁ。初仕事だぞぉ!」


赤銅色の髪の酔っぱらいからの援護射撃。


これは一刻も早く立ち去るべきと判断し、立ち上がった俺のコートにしがみついてくるチョウガ。


「まぁユウにとっても悪い話じゃないぞぃ。この仕事を無事成し遂げたらなんと家を進呈しよう。」


歩行速度を上げる。


「結構前に新入りさんが住んでたんですけど、その人死んじゃったから変に建物も新しいし、処分はもったいないな。って処理に困ってたんですよ。」


ダッシュに移行。しかしその小さい体の何処にそんな力があるのかピタリと止められてしまった。


「ギルドから何と僅か四軒。今なら家具つき。大きなソファにベット付き!」


「大きな大きな悪霊もセットだろうが!」


全力で抵抗しているのに全く動かない。チョウガをよく見てみると服のなか、右肩の辺りで光っている。あの輝きは─水晶。つまり能力。ならばこちらも使っても問題なかろう。決意したらあとは行動あるのみ。


「落ち着いてよく考えるんじゃ!今この王国の一軒家の価格を調べたらあの家が金貨10枚。それを貯めるまで宿無しじゃぞ!」


言われて考える。どうやらこの世界は銅貨、銀貨、金貨という具合にランクアップし、一般的な農家が年に銀貨90枚といったところだ。100枚貯まるとひとつ上の硬貨一枚と交換なのでどれだけ大変かがよくわかる。


「残念でしたね。実は俺ここに銀貨なら18枚あるんですよ。」


そう。ウォーウルフの討伐したときに換金して貯めた銀貨。武装も広告塔になるかわりにタダだったし、望まぬ無銭飲食で出費はゼロ。


皮袋に入ったそれをつきだしながら、


「多少時間はかかるでしょうが、俺は」


ここまでいったところで俺の手から奪われる俺の全財産。奪ったのは─


「はい♪確かに。」


まさかのメリルさん。


「あの…それ、俺の全財産。」


「?今回の宴会費ありがとうございました!」


「待てぇ!」


何を言っているのか分からないという顔をむけてきた。しかしすぐに何かに気づいたようにハッとし、目を潤ませて


「これでユウさん…無一文ですね。」


「誰のせいだ!!」


エプロンドレスの袖を目元に持っていき、涙を拭いています。アピールをしているがあの肩の震えは断言していい。笑いだ。


「じゃあ、行ってくれるの?」


いつの間にかカウンターに座ったチョウガが俺の肩に手を置いてくる。


「…分かったよ。で?何すればいいんだ?」


「なぁに。簡単なことじゃ。─ウルフを狩ってきてくれ。」



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