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ブログで書き綴る

作者: 竹仲法順

     *

 午前零時を回る頃まで、自宅のリビングにあるパソコンを立ち上げて、キーを叩いていた。一日の仕事が終われば、ブログでいろいろと綴るのである。別に今に始まったことじゃない。サービスが出端の頃からやっているので、もう十年か、それ以上続けていることになる。

 夜間は基本的に睡眠に充てているのだけれど、どうしても書いておきたいことがあれば、遅くまで起きている。勤務先の会社は午前九時から始業なのだけれど、あたしなんか午前一時過ぎとか二時前ぐらいまで起きていて、ずっとネットをしているのだ。遅刻だけはしないように気を付けていた。

 朝は基本的にコーヒーを一杯飲み、トーストを一枚齧ってから、必要なものをカバンに詰め込む。タブレット端末やフラッシュメモリなどを、だ。そして持ってから部屋を出ていた。一日の始まりはきつい。だけど仕方なかった。午前八時には自宅マンションを出て、駐車場に停めてある車に乗り込む。エンジンを掛けてアクセルを踏み込んでから、走らせた。

     *

 毎晩遅くまで起きていて寝不足ではあったのだけれど、その分、昼食後などは眠気が差していたのである。コーヒーを飲み、カフェインで意識を覚醒させた。確かに夜は眠った方がいい。だけど、あまり早いと眠れないのだし、午前零時を回っても眠気が差さないこともある。コーヒーを飲み過ぎているからだろう。

 毎日、何杯コーヒーを飲んでいるか、分からない。水代わりなので、多分カップに七杯とか八杯ぐらいは優に飲んでいると思う。胃腸の調子がおかしいこともあった。明らかに胃が痛かったり、腸が過敏な働きをしていて、下痢気味の時などもある。まあ、人間だから誰でもそういったことはあるのだけれど……。

     *

「主任」

「何?」

「お疲れみたいですね」

「ええ。夜なかなか寝付けなくてね。睡眠不足だし」

「私なんか、午後十時半にはベッドに潜り込んでますよ。朝は自然と午前六時過ぎに目が覚めますし」

「理想的ね」

 部下の男性の一人である多和田(たわだ)が話し掛けてきたので応じる。立ち上がり、フロア隅のコーヒーメーカーへと行って、コーヒーを一杯注ぎ足した。あたしも思うのだ。三十代だけれど、まだ変われると。生活のリズムを朝型にするために、体調を調整しようと思っていた。

「これなんかいいですよ」

 多和田がそう言って市販の睡眠導入剤のパンフレットを持ってきた。三十日分で千円ぐらいだ。安い。試してみてもよかった。不眠症は治療が必要だと言われているからだ。今度ドラッグストアに行って、買ってみるつもりだった。効けばそれに越したことはない。そう思っていた。

     *

 日々仕事は続く。会社での嫌なことや愚痴、泣き言の類を日記に整理する意味でブログを使っている。アクセス数は一日に百人ほどだった。ネタは際どいものまで含めて、何でも書くから、読者も飛びつきやすい。毎日欠かさず更新していた。もちろんツイッターのように短文で書いてもいいのだけれど、短い文章じゃ言い表せないこともある。だからあえてブログで書いていた。

 真夜中にコーヒーを飲むと、当然眠れなくなるのだけれど、別に気にしてなかった。単に生理的にコーヒーを飲みたいと思うだけで、他意はない。本来なら水の方がいいのだけれど、マンションの水道水はカルキが入っているのだし、ミネラルウオーターを買うお金はない。だからコーヒーにしていた。その代わり、ブラックで淹れる。

 多和田が教えてくれた睡眠導入剤を買いに行ったのは、パンフレットを見てから、ちょうど二日後で、店内にいた薬剤師に話すと、商品のあるコーナーに案内してもらえた。

「これですね。よく売れてるんですよ」

 錠剤タイプで眠る前に一錠服用すれば、寝つきがよくなり、心地のいい眠りを維持できるらしい。騙されたと思って買ってみた。別に損をするわけじゃない。千円など、あたしにとって痛くも痒くもない金だ。別にそのぐらい出してもいいと思っていた。

     *

 その夜、ブログに話のネタとして睡眠導入剤を買ったことをアップしてみた。最後に一言<これ飲んで、すぐ眠ります>と書いてから、である。そのままパソコンの電源を落とし、一回分を水で服用してから、ベッドへと入った。すぐに眠気が差し、眠りに落ちる。

 驚くほどよく眠れた。朝まで熟睡である。翌朝起きた時も目覚めがよかった。起き出し、キッチンへと入っていく。薬缶でお湯を沸かし、コーヒーを一杯淹れた。飲んでから、必要なものを詰め込んだカバンを持ち、駐車場へと歩き出す。車のエンジンを掛けて、車体をしばらく温める間、スマホで自分のブログを見た。昨日はやはり百人ぐらいがアクセスしてきたようである。

 社へと行き、午前八時半過ぎにフロアに入っていくと、多和田たちが先に来ていて、

「おはようございます」

 と挨拶してきた。

「ああ、おはよう。……今日も頑張らないとね」

「ええ。企画書、ジャンジャン打ちますから」

 多和田がそう言って、自分のデスクへと行く。そしてキーを叩き始めた。ぼやぼやしてられないわねと思い、パソコンを立ち上げて作業し出す。別に過剰な闘争心などはなかったのだけれど、仕事には熱が入っていた。

     *

 正午になり、食事を取りに出かける。近くのランチ店に行く途中、スマホを見ながら歩いた。ブログにコメントなどが来ている。別にそう気になるような書き込みはない。単に<眠れるといいですね>とか<お休みなさい>といったコメントが書き込まれていた。一々返信はしない。単に見てくれてる人がいるんだなといっただけで。

 ランチ店で野菜サラダをメインに据えたヘルシーな日替わりを頼み、テーブルに食事が運ばれてきたら、箸を付けて食べ始める。変わったことはなかった。いつも通りのお昼である。熟睡できた日の翌日は実に心地いい。そう思いながら、午後からも業務に励むつもりでいた。ゆっくりと食事を取り続ける。一息つけると思い。それに、今夜はブログに何をアップしようかと考えていた。食事を取りながらも、そんな取り留めのない類のことを頭の隅に置いておく。

 食事を取り終えて、テーブルから立ち上がり、レジで食事代を清算した。そして店外へと歩き出す。ずっとスマホを見つめながら、歩き続けた。すっかりネット依存症になってしまっていて気恥ずかしい。だけど、今のあたしぐらいの世代の人間なら、誰もが虜になってしまうのだ。もちろん、ずっとネットをし続けるということはあまりいいことじゃないのかもしれないけれど……。

 その日も昼食を取った後で眠気が差し、午後からの業務がやけに億劫になってしまうのだった。ずっと考えている。これからも丸々一晩熟睡したい時は睡眠導入剤を飲もうと。そして自分の体調の変化をブログに載せようと。何もかもを書き綴るという意味で、ブログが成立していると思えるからだ。

                                 (了)


  



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