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その6:窓からの侵入者

空がだんだんと暗くなり、近所の家から炊煙が立ち昇っていく。どうやら夕飯の支度がはじ

まっているようだ。

 アクサは机の上のカルテを整理して、棚の中にしまう作業をしている。その姿をクネスはひ

じをついて呆然と眺めていた。

「結局、参考になりそうな話はなかったなぁ……」

 ぼやきながら、あくびを発する。骨折り損のくたびれもうけとは、このことかもしれない。

 と、突然窓から一匹の猫が診察室へと飛び込んできた。口には一匹の秋刀魚がくわえられてお

り、診察室の中でもそもそと食べ始めている。

「あら、どこの猫かしら……」

「こんなところで食事をしてるんですから、野良猫じゃないですか?」

「野良猫は警戒心が高いっていうけど、薬品の匂いが好きなのかしら」

「どんな猫ですか、それは……」

「それはそのぉ、飼い主が薬品会社に勤めてるとか」

「飼い主がいる時点で、野良猫ではないです」

 クネスのツッコミにアクサが頭をかきながら照れ笑いをしていると、今度は人影が窓から診

察室へと飛び込んできていた。

 同時に繰り出されたほうきが、悠然と食事をしていた猫を的確に捉える。だが、猫はまるで

予想していたようにその場から飛びのいていた。もちろん口には秋刀魚がくわえられている。

「まったく、この泥棒猫!」

 第二派が猫を襲う頃には、人影の正体はあきらかだった。オートエーガンを切

り盛りしている、アルマの娘で実質的な主人であるニオだ。

「このっ! このっ!」

 診察室の中でほうきをふりまわすニオ。猫は器用に一撃一撃を避けては、その合間に秋刀魚

の味に舌鼓を打っていた。

「ニオ! 部屋の中がめちゃくちゃになるだろ!」

 意外にもその声を発したのはクネスだった。アクサはあっけにとられていたものの、今では

ニオと猫の攻防を微笑みつつ温かく見守っている。

「だって、この猫いつも魚を盗んで逃げるのよ!」

「んなこといってもなぁ……」

「今日という今日は、許さないんだからね!」

 ほうきの乱打を繰り出すニオの股をくぐりぬけ、猫は縦横無尽に診察室の中を走り回ってい

た。ついに秋刀魚はきれいな骨を残して、猫の胃の中へと収まってしまった。

「ナァゴー」

 まるでお礼でも言ってるかのように軽く会釈すると、猫は入ってきた窓から外へと逃げてし

まった。

「勝負ありね。ニオ」

 後を追おうとしたニオのほうきをつかみ、アクサが告げる。暗闇に消えていった猫の逃亡劇

に、ニオもどうやらふんぎりがついたようだ。

「くうっ、今日も逃げられちゃった!」

 ほうきを床に落とし、骨だけになった秋刀魚を拾う。頭と尻尾のほかは全て骨という、完璧

な食後の痕跡だった。

「わたしの夕飯なのに……」

「いいじゃないの。魚の一匹ぐらい」

「よくない! いつもいつもやられっぱなしだもん! いまに一泡拭かせてやるんだから!」

 目を吊り上げているニオの頭を、アクサがポンと叩いた。きょとんとしているニオに、アク

サがウインクしてみせる。

「どこの魚が一番美味しいのか、あの猫は知ってるのよ」

「えっ?」

「いつもオートエーガンから魚を取って逃げるんでしょ? 他の家とは一味違うニオの味付け

を、あの猫は認めてるってことよ」

 首を傾げつつニオは考えると、結論を感じさせる大きなため息を吐いた。

「猫に認められてもねぇ……」

「あら、猫にも認めてもらえないような食事が、人間に認めてもらえるかしら?」

 アクサの言った言葉の意味を、ニオは即座に理解していた。猫が嫌がるような魚を、お客さ

んが喜んで食べてくれるはずがない。あの猫は、本当にオートエーガン――ニオの食事が大好

きなのだ。

「そうだね。猫も一番だって言ってくれる店なんて、他にないもんね」

「そういうこと。きっとあの猫だって、お金があれば払いたいと思ってるわよ」

 お金を持って支払う猫の姿を想像する。ニオは我慢できずに、プッと吹きだしていた。

「うん、わかった。今日のところは許してあげる」

「よしよし。母親と違って聞き分けがいいわね」

「でも次に盗まれたときには、きっちりとお返ししなくちゃ!」

 指の関節を鳴らしながら、気合を入れる。ガクッとうなだれるアクサに、ニオはクスクスと

微笑んでいだ。

「それじゃあ帰りますね。どうもご迷惑おかけしました」

「いいわよ。アルマに比べれば可愛いもんだわ」

アクサにお辞儀をすると、ニオは床に落ちたほうきを拾い、窓から外へと出て行こうとした。

「こら、待ちなさい。ちゃんと入り口から出ていくのよ」

「いいじゃない。ここから入ってきたんだし」

「他人の家では礼節を重んじないとダメよ。ニオだってオートエーガンに窓から出入りされた

ら嫌でしょ?」

「うぅ、確かに……」

 しぶしぶニオは窓からではなく、診察室の入り口から外へと出ていった。

「アクサ先生、いいんですか?」

 去り行くニオを見送りながらクネスが尋ねる。アクサは首をかしげつつ、クネスの目線を追

った。

診察室の中はニオと猫の格闘の痕跡が、いたるところに残っていた。花瓶は倒れ中の水があ

ふれている。椅子は倒れ、カルテの一部は猫の爪跡が残り、床には猫の足跡とニオのほうきに

ついていた泥が散らばっていた。

「ま、まあ、今から片付ければいいでしょ。クネスも手伝ってくれるわよね?」

「いいですけど……」

「じゃあ、チャッチャとやっちゃいましょ!」

 それから一時間、アクサとクネスは診察室の片づけに追われるのだった。


「さっ、これでおしまいね」

 診察室の中をきれいに片付け、消毒を終わらせると、ようやく病院らしい雰囲気を取り戻し

ていた。クネスはぐったりとして、椅子へと腰掛けうつむいている。

 アクサは気持ちよさそうに背伸びをすると、腰に手をやりポツリともらした。

「今日は平和な一日でよかったね」

「えええぇぇ! どこが平和だったんですか!」

 クネスが絶叫する。アクサは事もなげに、ニッコリと微笑んでいた。

「だって、怪我したり、病気になったりした人はだれもいなかったじゃない。病院なんて儲か

らないほうがいいのよ」

「それでよく医者を続けてますね……」

「まっ、ボランティアみたいなものだし。わたしの医術でみんなが助かるというよりは、なに

もおきないで毎日過ぎていくほうが望ましいのよ」

 満足げに頷くアクサを見て、ようやくクネスは取材の相手を間違えていたことに気がついた

のだった。


マスカーレイドに異常なし!?第4話 アクサの平和な一日……いかがだったでしょうか?

今回はマスカーレイドで医者を営むアクサ先生を中心に、住人の魅力を引き出してみました。

楽しんでいただけたのなら幸いです。

まだまだマスカーレイドに異常なし!?はシリーズとして続いていきますので、どうかよろしくお願いします。評価、感想などあわせてしていただければ、とてもうれしく、励みになります!

では、第5話をお楽しみに♪

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