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その4:患者?フェミリー&アルマ

昼食も済み、午後の診察が始まる。だが、なかなかアクサ医院に訪れる人はいなかった。

クネスは午前の出来事をメモ帳にまとめ始め、アクサは器用にペンを回しながら、肘を付い

て窓の外を眺めている。

「大変、大変だよ! アクサ先生!」

 窓ガラスを叩く音が部屋中に響き渡った。クネスが顔を上げると、そこにはフェミリーの姿

があった。

「どうかしたの?」

 アクサが窓を開けると、フェミリーは中へと入ってきてアクサの上をクルクルと飛び回りな

がら叫んだ。

「アルマさんが、アルマさんがさっき馬車と衝突して! 頭から血を流して倒れてるのよ!」

「なんですって!」

 椅子にかけてあった白衣を手に取り、アクサは診察室から病院を飛び出していった。クネス

も荷物をまとめると、それに続く。

「急患よ! 手術の準備をしておいて!」

 アクサの真剣な眼差しに、看護婦の一人が無言で頷く。フェミリーの案内で二人は路地を進

み、わき道へとそれた。

「うあああああ!」

クネスの絶叫が響く。そこには、頭どころか全身を真っ赤に染めたアルマが、地面へとうつ

伏せで倒れていた。

「アルマ! しっかりしてよアルマ! アクサ先生を連れてきたからもう大丈夫だよ!」

 フェミリーが寄り添いアルマの体を揺すると、アクサはおもむろに頭を上げた。

「ア、アクサ、助け……」

 アルマが右手を、アクサに向かって伸ばしてくる。クネスの横でアクサは、腕を組んだまま

黙ってアルマを見下ろしていた。

「なにやってんですか! 早くしないと死んじゃいますよ!」

 横でクネスがアクサを急かす。するとアクサは伸びてきていたアルマの手を、突然踏みつけ

ていた。

「いたっ!」

 アルマは機敏な動きで起き上がると、踏まれた手に息を吹きかけている。

「へえ、馬に衝突されてできた傷より、わたしに踏まれた手のほうが痛いの……」

「あっ……」

 アルマは周りをきょろきょろと見回す。冷ややかに見下ろすアクサに、ポカンと呆けている

クネス、そしてなにやらアルマを制止させようと慌てふためくフェミリー。

アルマはゆっくりと元の体勢へ戻ると、アクサに向かって腕を伸ばしていた。

「アクサ、痛い、助けて……」

 アクサは容赦なく、もう一度アルマの手を踏みつけていた。

「ちょっ! 痛いって!」

「痛いじゃないの! まったく、トマトケチャップでわたしを騙せるとでも思ってるわけ?」

「へっ? トマトケチャップ?」

 クネスがアルマに近づいていく。しゃがみこむと酸味のきいた匂いが、自然とクネスの鼻を

刺激してきた。

「ほ、本当だ。これ血じゃない」

「まったく、人騒がせな。手術の準備までさせてるってのに」

「いやいや、ごめんごめん。フェミリー、わたしの勝ちだね」

 ケチャップまみれのままアルマは起き上がると、アクサに向けていた手をフェミリーに向け

る。フェミリーはしぶしぶ懐から、五千バッツ札を取り出して渡した。

「でもばれたのはアルマさんのせいだよ……頭から血を流してるって説明して連れてきたのに、

全身赤く染めてるんだもん」

「こっちのほうがリアルかなって思ったんだけど。そうか匂いがあったか……」

「匂いがなくても見れば分かるっての!」

 するどいアクサのツッコミで、高らかにアルマが笑う。

「さすがに現役の女医さんは手ごわいわね、フェミリー」

「五千バッツ……今月の小遣い……」

 すでにフェミリーにアルマの声は届いていなかった。財布の中の残金を数えてはため息をつ

いている。

「小遣いって、フェミリーは一人暮じゃ?」

 クネスが尋ねるも、フェミリーは答えずに財布を懐に戻し、ふらふらとどこかへ飛んでいっ

てしまった。

「マスカーレイドに住んでるわけじゃないから、一人暮らしじゃないのかもしれないよ?」

 呆然とフェミリーの行く手を見つめていると、代わりにアクサがクネスの質問に答えた。

「え、そうだったんですか?」

「近くの森に住んでるって話よ。好奇心旺盛だから、人間と一緒にいるほうが楽しいみたいだ

けど」

「トラブルメーカーのフェミリーを住ませてくれる奇特な家はないってことだ」

「あんたも十分トラブルメーカーでしょうが……」

 アクサが腰を下ろし、げんこつを一発食らわせる。アルマが苦情の声を上げるまえに、冷た

く告げた。

「いい? そんなことやってると、真偽の区別が付かなくなるのよ。本当に大怪我をしたとき

に、嘘だと思ってわたしが来なかったらどうするつもり?」

「いいや、アクサは何回でもきてくれる。わたしにはわかってる。アクサってやさしいもんね」

 顔を赤く染めながら、アクサは体を震わせていた。

「照れちゃって、かわいいわね、アクサ」

「怒ってるのよ。まさか何度もこんなことするつもりじゃないでしょうね?」

「まさか。いやいや、そんなはずは。ねえ?」

「こっちが聞いてるのよ。本当でしょうね?」

 目の前で握りこぶしをふらつかせると、アルマは乾いた笑いでごまかそうとしていた。

「本当でしょうね!」

「本当です本当です。二度とこんなことしません。するもんですか」

「よろしい! では帰ってよし!」

 ケチャップを全身につけたままアルマは立ち上がると、ふらふらとオートエーガンへ向かっ

て歩き出した。

「もう、ちょっと医院へ寄っていきなさい!」

 アルマの手を引き、アクサ医院へと三人は向かった。時折地面に落ちるケチャップが、本物

の血痕のような痕跡を残す。

 病院に着くとアクサはアルマを止め、建物の外周を指差した。

「院内にケチャップが垂れるのいやだから、外を回ってね」

「えぇ、いいじゃんか別に」

「よくない!」

 しぶしぶアルマは病院の外を回り、診察室の窓がある面へと向かった。少し待つとアクサが

窓を開ける。手には先ほどシェラが持ってきた昼食の食器が握られていた。

「はい、これ」

「え?」

「オートエーガンに帰るんでしょ? ついでに食器、持ってかえって」

「あの、ケチャップを拭くためのタオルを貸してくれるんじゃ……」

「だれもそんなこと言ってないでしょ。それから地面に垂れたケチャップはきちんと掃除する

のよ、分かったわね?」

「だったらなおさらタオルを……」

「分かったわね!」

「は、はいぃ……」

 しょんぼりとうつむいて、とぼとぼと去っていくアルマ――手にはオートエーガンの名前が

刻まれた食器をしっかりと握っている。

「ちょっとかわいそうな気が……」

「アルマはいたずら好きだからね。これぐらいしたほうがいい薬になるの。なんてったって医

者だからね……って、うまいこと言うね、わたし」

「マックスの時とおなじこと言ってるだけじゃ……」

「オホホホホ、なにかいったかしら?」

 口元は微笑んではいるアクサだったが、目は笑っていなかった。

クネスはぶんぶんと首を振り、気づかれないようにメモ帳に走り書きした。

――怒らせると、怖いかも。


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