その3:患者ではないマックス=フォール
その後しばらく、アクサ医院にはだれも訪れなかった。暇そうにメモ帳をもて遊ぶクネスの
横で、アクサは古いカルテを取り出しては、なにやら熱心に読んでいる。
カルテも当然患者の症状や情報が明確に書かれているので、クネスは見せてもらえないのだ。
「ちょっと、困ります!」
「いいからいいから、おれとアクサ先生の仲だから問題ないって」
制止する看護婦を振り切り、診察室の扉を開けたのはマックスだった。手にはバラの花束を
持ってきている。
「アクサ先生。今日もお美しい!」
「あらやだ、マックスったら心にもないことを……」
「いやいや、アクサ先生に比べたら、どんな女性も見劣りしますよ!」
部屋の隅にいたクネスの存在にまったく気がつかず、マックスはバラの花束をアクサへと渡
した。マックスの後を追うように、かぐわしいバラの匂いが室内へと広がっていく。
「いつもありがとう。マックス。おかげで院内の病室がすごく華やかになってるわ」
「あ、あの……病人にじゃなくてアクサ先生へのプレゼントなんですが……」
「あら、そうだったわね。ごめんなさい。オホホホ……」
手に口をあてわざとらしく笑うアクサだったが、マックスはめげるわけにはいかなかった。
アクサの手を優しくつかみ、しゃがみながら口元へと運ぶ。
「ところで次の日曜日、アクサ先生はお暇ですか?」
「うーん、病院は休みだけどね……」
「でしたら一緒に遠出をしませんか? 夜景の美しい岬をみつけたんですよ。もちろんアクサ
先生の美しさには及びませんが……」
「やだ、マックスったら。年上のお姉さんをからかうもんじゃないわよ」
「いえいえ、本心ですよ。世界一美しいダイヤモンドだって、アクサ先生とは天と地の差があ
るんですから」
必至に笑いをこらえているクネスに、マックスはいまだ気がついていない。
迷っているアクサを前に押しどころだと判断したマックスは、ずいと体を近づけ真剣な眼差
しで告げた。
「で、アクサ先生? 次の日曜日は……」
「あ、ごめんなさい。よく考えたらその日は妹の結婚式だったわ」
肩すかしを食らって、こけそうになるマックス。同時に先週の出来事を思い出す。
「た、たしか先週は兄の結婚式では……」
「そうそう。いいことって重なるものなのよね」
まったく手ごたえを感じられず、マックスはがっくりとうなだれて引き返しはじめた。そこ
でようやく笑いをこらえるクネスの姿が視界に入る。
「うおっ、クネス! いつからここにいた!」
「マックスが入ってくる前からいたさ。いやー、おかげでいいものが見れたよ。ニオに伝えて
おかないと……」
「うわっ、ちょ、まて! 今のは練習だったんだよ!」
「そんな……練習だなんて。わたしをもてあそんだのね!」
ヒックヒックと声を立てて、アクサは泣き出してしまった。慌ててマックスはアクサに寄り
添い、弁解を試みる。
「いや、これは、その……ニオでいつも練習してるってことですよ」
「なるほど。しっかりとニオに伝えておいてあげよう」
「うああああ……」
どつぼにはまり進退きわまったマックスは、診察室から逃げ出そうと走り出した。
「こんにちはー。オートエーガンでーす」
タイミングよく診察室の扉を開けたのは、アクサの昼食を配達しに来たシェラだった。マッ
クスはそのままシェラとぶつかり、室内へと跳ね飛ばされた。
「マ、マックス! なにやってんのよこんなところで!」
シェラはマックスの体当たりもまったく意に介さず、逆に床へと突っ伏した後のマックスの
存在に慌てふためいていた。手に持っていたアクサの昼食を机の上におき、マックスへと駆け
寄ると、頭を起こし両手で支えてあげる。
「ちょっと、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとうシェラ」
起き上がろうとしたマックスの横で、クネスが半笑いのままシェラへと伝えた。
「ちょうどいいところにきた。マックスがアクサ先生をナンパしてたんだ。ニオに伝えておい
てくれないか?」
ガンッ!
「いてぇ!」
頭を支えていたシェラが手を離し、マックスが後頭部を床へとぶつける。痛みにこらえるマ
ックスをさめた目で見下ろし、シェラは冷たく言い放った。
「へぇー、そんなことをしに来てたんだ」
「いや、違うって」
「帰るわよマックス。どうもお騒がせしました」
「ちょ、痛い、離せって、シェラ!」
頭の代わり足を持ったシェラは、マックスを引きずりながら診察室を出て行った。
「フフ、ちょっとかわいそうなことしちゃったかしら?」
「あれ、泣いてない……」
「もちろん嘘泣きよ。マックスにはいい薬になったんじゃないかしら? ほら、わたしって医
者だから、こういう薬を出すときもあるのよ」
うまいことを言ったと自画自賛しながら、うんうんと頷くアクサ。
クネスはアクサに合わせて乾いた笑いをもらすのがやっとだった。