ラオおばさん ~宗教の国~
~宗教の国・Taji~
数千メートル級の山の間にある小さな国。
現在成立しているどの国よりも長い歴史をもつ。
この国独自の宗教を持っており、未だにすべてのものごとが信仰のもとに成り立っている。
おや、あんたここら辺じゃ見かけない顔だね。
それにその装備、どうやらこの国の人間でもないみたいだし……
なに、旅をしてて山を登ってきたって? そりゃまた、珍しい。
でも、なんでわざわざこんな山奥の偏狭な国まで。
へぇ、ドワーフがそんな事を。
いや、少なくとも私はきいたことが無いよ、すまないね。がっかりさせたかい?
まぁ、お詫びといっちゃあなんだけど折角だから家によっていきなよ。
別に遠慮しなくても、ここであったのも何かの縁ということでさ。
温かい飲み物くらいはご馳走できるし、何かおもしろい話も聞かせてやれるかもしれないしね。
飲みなよ旅人さん。
温めた山羊の乳に蜜が溶かしてある。この国の春の味みたいなものさ。香草も入ってるから臭いもきつくないだろ。
さて、旅人さんはこの国について、どういうふうに聞いてるんだい。
え、ほとんど何も知らない?
まぁ、そりゃ仕方ないか、こんな辺鄙な場所にあるうえに、国交もほとんどないからね。
そうなるとどこから話せばいいかな。
ん、なに一つだけ知ってるって。なんだい、言ってみなよ。
あはははは、国民が全員一つの宗教を信仰してる国って。
いや、旅人さん悪いね、気を悪くさせたかい。
しかし、そんなふうに外では思われてたのか。
私たちとしてはそんな認識で暮らしてなかった物だからちょっと驚いたよ。
まあ、宗教といえば宗教だけどね。
うーん、そうなると、この国についてとかの話がいいかな。
じゃあまず、旅人さんこの世界の神話についてはどのくらい知ってる?
そう、そのアイシットとかのでてくる。
もう一つ人間に伝わるアストラールのほうも知ってると話が早いんだけど。
これがこの国と何の関係があるかって。
まぁ、そうあせらなくても大丈夫だよ。
なんたって、この国歴史だけは半端じゃなく長いからさ。
記録で言えば、先の大戦が始まるはるか前からここにあったようだし。
だからまあ、その神話とも歴史的というか宗教的に少なからず関わりがあるということ。
でも、旅人さんが両方知ってるって言うんだったらここで変に説明しなくてもいいかな。
旅人さんは、この話を最初に聞いたときに人間側とヴォール側で妙に似てるなとか思わなかったかい?
とりあえず、人間側とヴォール側でバラバラに生まれたにしては箱庭とか、闇を追いやったりするところとか、かぶってる部分が結構あるよね。
何でだと思う?
まぁ、確かに大戦中にお互いの神話が混ざったとか色々な見方ができるかもしれないけど、これに限ってはそうじゃないんだ。
結論から言うとこの二つの話、元は同じ一つの話って事なんだ。
そう、世界には最初、アストラールもアイシットとそのお供もいなかった。
光も闇も、大地も空もなくて全てのものがグルグルと溶け合って渦を巻いていた。
そうやって世界が混沌としていたある日、渦巻きが段々と回転を速めだして遂には大きな塊となり、さらに変形していき女神の形をとった。
女神は、半身は金色もう半身は銀色に輝いていて、見る者によっては女神であったが、別の者が見ると男神であった。また、生まれたばかりの赤子であり、老いた人であり、金持ちであり、乞食であり、動物であり、植物であり、人間であると同時にヴォールであった。
さて、そのようにありとあらゆる矛盾を孕んでいながら完璧なる存在だった女神は、まず自分の頭の方から空を取り出し、足のほうから大地を取り出した。
こうして世界には空と大地が生まれた。
その他にも女神の爪からは岩や山が生まれ、女神の髪からは草や森が生まれ、女神の中を流れていた血液は河となり海となった。
そうやって、女神様は今の世界を創り上げていった。
そして、完成した世界に住まう物として金色の方から人間を生み、銀色のほうからヴォールを生んだ。
最後にこの世界に生きる子どもたちを見守るためにと、女神は銀と金の眼を空に放り投げ、それが月と太陽になった。
そうして、この世界は完成した。
と、まあこれがうちの国に伝わっている神話。
神話からも分かるかもしれないけど、うちの国ではこの世界を生み出した女神様を信じてるんだ。
これが、更にどうしてうちの国がこんな所にあるかって話に繋がっていくんだけど、どうする、旅人さん?
――そうか、聞くか。
旅人さんもよっぽど暇なようだねじゃあ、続きを話すとしよう。
女神様が世界を生み出してから長い長い月日がたった頃。人間とヴォールが、それぞれ自分たちを生み出した方こそ神の新の姿であると主張するようになり、離れて暮らし始めた。
そんな時代のある人間の王国に、女神様を祭る宮があり、一人の巫女が住んでいた。
巫女は王国の人からも大変好かれていて幸せに暮らしていた。
ある日、この王国の国王が女神を否定して自分たちを生み出した金色の神を信仰するよう御触れをだした。
しかし、心から女神を崇拝していた巫女は、国王の御触れに逆らい女神を信仰し続け、国民も巫女に習い女神への信仰をやめなかった。
怒った国王は、巫女を殺そうと密かに計画をたてた。
その夜、巫女が眠りにつくと夢の中に女神が現れ巫女に告げた。
「私のかわいい娘、今お前を殺そうと私の息子が密かに計画しているの。ここにいては危険よ、早くお逃げなさい。
今、私は貴女と同じように、たくさんの子どもたちの夢の中に出てきているわ。貴女はその人たちを連れてこの国から出るのよ。そして、私の所に向かいなさい、いいわね」
お告げを受けた巫女はすぐに起きて用意を整え、城門へと向かった。すると、そこには何百という人が巫女と同じように国を出る準備をして待っていた。
巫女は、その人々を連れて、仕事を終えた月や太陽が女神の本へ帰って行く場所――つまり、西へ向かって歩き出した。
何日も何日も、王国からの追っ手に怯えながら巫女たちは歩き続けた。そして、ついに巫女たちの前に天に届くかのような大きな山が現れた。
巫女たちがその山の麓にたどり着いた日の夜、また巫女の夢に女神が現れた。
「私の愛しい娘、よくここまで無事でたどり着いたわね。さあ早く、皆をつれて私の下へいらっしゃい。
私はそこで待っているわ」
翌朝、巫女はお告げの通り皆を連れて山を登りはじめた。
三日間登り続け、体の弱い者は倒れていった。その度に体の強い者が庇い、助け合いながら山を登っていった。
そして、ついに四日目巫女たちはお告げの場所にたどりついた。そこは、光が降り注ぎ、川が流れ、そして緑に包まれるまさに聖地であった。
巫女たちはさっそく家を作り、宮を建て、畑を耕し、ここを新しい国にしていった。
その後も巫女とその子孫たちは、女神の加護の下何千年もの間、国を守りつづけていった。
と、まあこれがうちの国がこんな辺鄙な土地にあり、かつ女神を信仰し続けている理由みたいな物になるのかな。
どう、おもしろかった?
これ以上詳しくとなるとそれこそ、巫女様に聞いたほうがいいと思うけどね。
しかし、さすがにこれも、数千年前の話だし、どの程度まで本当のことなのかというのは私には分からないよ。
ま、旅先で聞いた昔話の一つくらいだと思っておくれ。
おや、旅人さんもう出発するのかい。
折角だから巫女様の所にも寄ってみるって。
そりゃあいい、あそこにはこの国の歴史が全部残ってるからね。
それじゃ、旅人さん気をつけてね。また、機会があればいつでもおいでよ。