act.007
それから約三十分かけてカナリアによって丁寧に建物の中を案内され、三人は今、入り口に立っていた。
一階は主に大衆用の食堂向きの構造で、二階と三階は各十部屋ずつからなる宿泊施設向きの構造であり、よく物語で登場する酒場のイメージの方が強かった。
それらの構造は灯馬が頭の中で描く店の構造とは違うため落胆は隠せないで居た。
「う~ん・・・」
「灯馬、御主が思い描いていた建物とは違うようじゃの?」
灯馬の心境をある程度理解しているアネモネが少し控えめに尋ねてきた。
「そうだね~」
今の灯馬の全財産を叩いた場合、この建物はほぼ確実に手に入るであろう・・・しかし、買ったとしても後に続かないというのが問題なのだ。
それは灯馬が考える店にする為にかかるリフォーム金であったり、品揃えをする為にかかる費用であったり多々ある。
そういった事を考えた場合どうしても資金が底を尽き、根城の無い灯馬の様な旅商人にお金を貸してくれる宛もあるはずが無かった。
「お気にめさなかったようですね」
「え?あ・・・はい、申し訳ありません」
考え込むと誰が近くに居ようと、自分の世界に入り込んでしまうのは灯馬の悪い癖だった。
そのせいでカナリアという存在をすっかり忘れていたのであった。
「そうですか・・・それでは仕方がありませんね。ついで・・・と言ってはアレですが、灯馬様はどんなご商売をするおつもりですか?」
三十分前に出会った時とは変わらないポーカーフェイス。
灯馬はカナリアが、どういった意味でそう聞いてきたのか意味を掴みきれないで居た。
「・・・」
一瞬の沈黙。
そしてカナリアが続けて口を開いた・
「他意は別にございません。ただ、新しくこの都市でご商売をする方がいらっしゃるようなら、その方の要望には極力応えるように主人から仰せつかっておりますので・・・」
―――むしろ、全ての要望にお応えできます。
彼女から放たれる雰囲気がそう物語っていた。
カナリアが信用に足る人物かどうか・・・そう言った形で入った思考は再び彼を悩ませた。
彼がやろうとしている事は、この世界では新しい試みだ。
下手に信用できない人物に灯馬がやろうとしている事を話すという行為は、手品で予めトリックの仕掛けを話すようなものだった。
灯馬にはまだ理想を実現できる力も資金も無い。
が彼女・・・いや、彼女の主人はどうだろう。
これだけ豪華な家の販売を取り仕切り、隙があれば他の物件をも紹介しようとする。
この都市では有力な富豪なのだろう。
あちらの世界で言うところの不動産業と呼ばれる職業についているのだろうか。
協力を得られればこれほど心強い味方は居ないが、全てを喰われる危険性を秘めている。
―――言うなれば・・・。
「この話はご存知ですか?」
「え?」
灯馬の思考を遮るように問いかけたのはやはりカナリアだった。
「この世界で行われている商売は多々あるわけですが、その行われている商売の約七割は今しがた紹介した物件でまかなえるようになっております」
「・・・」
「それらは例えば宿屋や飲食、酒場、武器防具屋があります。そして残り三割は鍛冶、彫金などの職人業、またはこの都市で行われている奴隷業、そして冒険ギルドです」
そして一呼吸置き、続けざまにこう言った。
「これはあくまでも私の感ですが、何か新しい商売を思いつき、そしてそれを実行しようとされているのでは無いのですか?」
心を読めない彼女にはまだ灯馬が何をやろうとしているのかは解らないだろう。
だが、その言葉は絶対的な確信の元に言ったのだと灯馬には安易に予想はついたのであった。
今回のお話はいかがでしたでしょうか?
なかなか話がまとまらず苦戦しました。
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