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RABBIT HEAD・前篇

ちょっと言い訳。公開とか諸々のタイミングの悪さで埋もれさせておりました。既に公開されておりますウサギの国とは関連はございませんのでご留意頂ければと思います。狼の~を未だ登録して下さってる皆様がお楽しみ頂ければ幸いであります。

 拝啓、お父さん、お母さん。

「あ……あの、ミズキさん。上納ハーブのレモングラスが届いてきたんですけどぉ……」

 不本意な出来事により、瑞希はお父さんとお母さんから袂を分かつ事となりました。

「で? 前年と比べてどうなの?」

 落ち込むを通り越して非常に腹立たしい時もありましたが、私は元気です。

「はぁ。やはり昨年に比べて収穫落ちた分、上納も減ってますねぇ」

「じゃぁ……お隣さんは原価プラス八割増し、一見さんには五割増し、通い始めは三割増し、ご贔屓さんは八割掛けにしといて。ごねられたら様子見で」

 寧ろ、今の私は幸せです。

 リストラの憂き目にあい就職難民となった私でしたが、今現在は性にあった仕事にも就いて忙しくも充実した日々を過ごしております。

「えっ?! 八割増しですか? 幾ら何でもそれは、あこぎな……」

 軽快にそろばんを弾いていた指を止め、先ほどから話し掛けてくる相手へ顔は俯いたまま眼鏡のフレーム越しに視線だけで上目に見ると、淡いキャラメル色の毛皮をした手乗りサイズのウサギが、壁に備え付けられている軒樋もどきから円らな目で私を見上げている。

「っ! 八割増しですね! 早速伝えます!」

 目が合った瞬間にウサギはビシリと私に敬礼をし、肉食獣と遭遇したのかという素早さで去っていく。

「ミズキさぁん。ペパーミントの上納が済みましたぁ」

 逃げるように去っていったウサギに何かを言う暇も無く見送っていると、入れ替わりに白とグレーが柔らかく入り混じった手乗りウサギがやってきて報告をしてくれた。

「そう、ありがとう。ところで逐一報告しなくて良いから。全部済んでからまとめて報告してくれないかな?」

「りょ、了解ですっ!」

 これまた逃げるように去っていかれた。

 お父さん、お母さん。

 あいにく、貴方達の娘は人間社会での就職は叶わずにウサギ社会での再就職を果たし、今では彼らから『姐御』と呼ばれるまでに親しまれております。

 ここに勤めて早半年程度ですけれど。

 交通機関の都合にて里帰りは疎か連絡の一本も入れる事は叶いませんが、どうかお元気でお過ごし下さい。


 あらあらかしこ。





 届くはずもない手紙を書くほど私はオセンチではない。

 気分転換がてらの脳内レターを締め括った所で、今度は明るいオレンジ色の毛皮をしたウサギがやってきた。

「はいはい、今度は何が届いたの」

 彼が口を開く前に掌を向けつつ先に口を開く。

 こうも出入りが激しくてはおちおち計算もしていられない。

 何の因果か、生まれ育った世界を遠く離れて私は今、ウサギの国で生活をしていたりする。

 再就職活動中で奔走していたある日の私は、裏通りに立てられたビルから面接を終えて駅へ向かう最中だった。

 ちょっとしたトラックがぎりぎり通れる一方通行のど真ん中に、小さなウサギがちんまり佇んでいた事に気付いてしまったのが運の尽き。

 見ればさほど幅のある道でもないのに、結構なスピードで向かってくる車があるじゃないですか。

 いくら関係無いとは言え、目の前で無防備なウサギが轢かれるのは後味が悪い。

 掴まえられなくても、一時だけでも道の端に行ってくれれば良いと思って、ウサギに近寄ったんですけどね、後少しってところで落とし穴にでも落ちたような衝撃を受けました。

 落ちたようなでなくて、本当に落ちてたんですけどね。

 悲鳴を上げながら咄嗟に見上げて視線の先には、真っ暗の中でぽっかりと開いた穴から見える空と、縁から覗き込んでいる件の可愛らしいウサギでした。

「あら、可愛い……なんて思うか――――っ!!」

 奇しくもそれが日本で発した最後の言葉になってしまったとわ。

 果てしなく続く落下にいつしか気を失っていた私でしたが、はたと目覚めてみればカラフルな毛皮に囲まれていました。

 掌サイズのウサギ達に囲まれた私はさながらガリバーです。

 下手に動いたら踏み潰しそうで、怖くてまともに動けません。

 固まっていた私の下に現れたのが、後に就職難民であった私を雇ってくれる救世主ことピョートルさんです。

 サラサラにふわっふわとした淡いチョコレート色をした髪に、大きく円らな黒い目と、その容貌は正に美少年。

 背丈は私より若干高い程度なので、一七〇センチはあるけれど一八〇センチ足らずといった所でしょうか。

 可愛い面立ちなのに凛々しい雰囲気を持つピョートルさんは、彼らがウサギの獣人である事や、稀に私のように異なる世界より落ちてくる人間がいるといった事を、落人が珍しいのか引っ切り無しに出入りしてくる手乗りウサギに寄って集られて埋もれている私に説明してくれました。

 それから紆余曲折ありましたが、今の私はピョートルさんの下で会計士もどきの仕事をしております。

 会計士なんて本当はおこがましく、簿記の資格なんてもっておりませんから実質としては家計簿みたいなもので、かなりの丼勘定なのですが一応利益は出しています。

 私が世話になっていますピョートルさんの住む場所は、ウサギ共和国の特別自治州ブリタニアン州という場所で、通称ブリタニアンの森と呼ばれています。

 この森は、世界でも最高峰と言われる良質のハーブが取れる地域で、ラビットヘッドと呼ばれる秘密結社が市場を独占しているのです。

 ラビットヘッドの主な収入源は、摘み立て生ハーブの闇取引や、ハーブを育てる為に必要な好条件の区画高利貸し、乾燥させたハーブの密輸などです。

 また、ウサギ共和国の小売業、飲食業への影響も大きく、商業関係者だけに留まらず、ラビットヘッドによる法外なハーブの購入を余儀なくされている上流階級者はウサギ共和国内だけでも半数に上るのだとか。

 ウサギが闇取引とか、しかもブツがハーブだとか、何ソレ可愛いと思ったことは内緒です。

 そのラビットヘッドのボスが、ピョートルさんなんですねぇ。

 衣食住を与えられた恩義には報いなければなりません。

 しかし、私はハーブを愛でる趣味も無ければ育てる趣味も無く、彼らの役に余り立てなかったのですが、余りにもずさんな金銭管理にいても立ってもいられず手を付けてしまったらあれよという間に似非会計士となっていたんです。

 そんな似非会計士である私なのですが、最近はなぜか倉庫管理も任されるようになりまして、ここ数日は収穫されたハーブの納品が立て込んでいるので、色々と忙しく立ち回っているのです。

 隣に並んで歩いているオレンジ色のウサギさんは、倉庫担当の一人なので納品の状況を歩きながら聞く事にしました。

「今年のハーブは昨年に比べて収穫が少ないみたいだね。質の方はどう?」

「質は辛うじてってところですねぇ」

「そうなんだ……じゃぁ、値段もう少し釣り上げた方が良いかなぁ」

「えっ?」

「えっ?」

 樋を繋げた通路を一生懸命走っていたウサギさんが立ち止まったので、私も釣られて立ち止まる。

 まだ人の姿になれないウサギ達は余りに小さく、踏んでしまう事故を防ぐために私の肘辺りの高さで統一された樋が壁に設けられていてそこを行き来しているんです。

「何か問題ある?」

「いえっ! 問題なんてありません! これっぽっちもありませんっ!」

 慌てて頭を振ると、短く立った耳も一緒に揺れる様が何とも可愛いです。

 ほんわかとした気分に浸る私とは裏腹に、ウサギさんは危険人物から目を逸らすかのようなあからさまさで前へと向き直り歩き始めました。

 たかだか半年しか勤めてないのに『姐御』呼ばわりとか、このウサギさんもだし、さっきのウサギさん達の様子とか、何もしていないはずなのになぜか脅えられているように思える。

 解せぬ。

 この環境にも世界にも漸く慣れてきた私ですが、最近の悩みはこのウサギさん達の態度なんですよねぇ。

 困ったものです。

 それともこれは新たな虐めでしょうか。

「…………」

 ミニウサギに虐められる私って……そう思ったら頬が緩むのが抑えられず、気のせいか隣を走っていたオレンジ色のウサギさんが脅えたように足を早めていました。

 なぜ?

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