おまけ
保護している子供の一人が不意に顔を上げたかと思うと、鼻面へ皺を寄せ歯を剥き出したまま微動だにしなくなってしまった。
どうしたのかと、青銀の毛をしたその子をじっと見つめていると――。
「…………っくしぇ!」
凄い勢いでくしゃみをしました。
反動が大き過ぎた為、おでこを床にぶつけて良い音を立てていたので心配です。
「…………」
激しく心配です。
私の心臓と、鼻の血管が心配です。
ぐしっと鼻を啜りながらぶつけたおでこを擦る青銀の子は、くしゃみした勢いで目出度く人の姿に変わる事ができました。
但し、耳と尻尾はまだ残っております。
お尻にうっすらと蒙古班が残っています。
ぶつけた額が少し痛かったのか、唇を尖らせながら頻りに擦っているのがまた何とも言えず!
「っ……ナ、ナミ。分かったから、うん、分かったから。凄く可愛いのね? あの子の姿が可愛くて、ナミがついつい興奮しちゃうのは分かったから。私の腕を力一杯握らないで? 痛いから。ちょ、落ち着いて。息が荒いから。危ない人みたいだからね? ね? 落ち着いて? ちょっ、そんな激しく揺すらないで? ナミー?」
隣にいた同僚が何か言っていますが、耳を傾ける余裕は私にありませんよ!
あんな可愛い姿を一秒たりとも見逃す訳には参りません。
私の全神経は目下あの可愛い子供に全力で注がれております。
他の事にかまけている場合ではないのです!
ああ、他の同僚が持ってきた毛布で青銀の子を包んでしまったので、蒙古班が隠れてしまいましたよ。
しかし、毛布の隙間から出ているフサフサの尻尾の先が可愛いです、可愛いですっ!
あ!
またもや「イーッ」と言わんばかりに顔を顰めたまま動きが止まってしまいました。
くしゃみか? くしゃみなのか? というか、間が長くないか?!
「……………………っくしぇぃ!」
溜めに溜めたくしゃみが漸く出た途端、再び狼の姿に戻った青銀の子は、鼻がむず痒いのか前足で鼻先を掻いております。
何で君達はそんなに可愛いんだ!
毛布を持ってきた同僚が笑いながら子供を下ろすと包んでいた毛布を取り外します。
もう、私は我慢できません。
こんな可愛い子を構わないではいられませんっ。
ふらふらと青銀の子に近寄る私を遮る存在、バルデス様が現れました!
バルデス様は子供達に「今日も遊んでやろう」と告げますと、近場にいた青銀の子の首根っこを軽く噛んで俯き、その反動を利用して勢い良く天井へ放り投げます!
子供達の遊び専用であるこの部屋は天井を高くしてありますが、バルデス様は容赦なく放り上げるので子供達は余裕で天井に届きます。
回転しながら天井に四足を付けて天地を逆に立った子供は、再び回転しながらバルデス様へ落下し、器用にキャッチしたバルデス様はまたもや天井へと放り投げるのです。
「あっ! ぁ……あっ! っ……はぅっ……」
「……ナミ……貴女の気持ちは私には理解できないけれど、一応想像はできるわよ? でも、その声は慎んだ方が良いんじゃないかと私は思うの」
子供が放り投げられては思わず声が出て、バルデス様へキャッチされては声が出てしまう私に、同僚は呆れを含んだ声で告げてきます。
ですが、子供を放り投げて遊んであげているバルデス様の得意気な顔に、同僚の声は右から左へと流れてしまいます。
尻尾を振りながら、円らな目を爛々とさせながら順番待ちする子供達を見れば、その遊びがお気に入りなのはよく分かります。
私ではこういう遊びをしてあげられないので、凄く悔しいですっ!
バルデス様は私のあからさまな嫉妬視線を受けても、余裕とばかりにどや顔を返してきました。
その夜も呼ばれたブラッシングタイムにて、昼に味わった悔しさを"焦らしグルーミングプレー"で憂さ晴らしをしてやりましたよ。
説明しよう! 焦らしグルーミングプレーとは、その名の通り昇天ポイントを絶妙な力加減で掻いてやり撫でてやりながらも、決して満足させないように焦らし続ける上級者向けのプレーなのだ!
しかし、私は学習しました。
焦らされ続けて興奮してしまったバルデス様に押し倒され、この技が諸刃の剣になるという事を。
以後、私はこの技を封印する事にしたのであります。