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後編

 気付けば世話になってから三年の月日が早くも経っておりました。

 館には家令がいて、他にもメイドさんがいます。

 皆さん狼の獣人さん達です。

 手が足りなくなると呼び出される事もありますが、私のメインの仕事は保護されてきた子供達の面倒を見る事です。

 大体、五~六人は常にいるでしょうか。

 バリデス様はいわゆる上流階級に属する方でして、親を失った子供達を一時的に預かり育てながら養子縁組の手続きを担っているのです。

 私は館からあまり出ないので少々世情に疎いのですが、何らかしらの理由で親を失った子供達を保護して育てるのは上流階級者の務めなのだそうです。

 上流階級者と同じ教育や躾をされた後、出される養子先は大体中流階級なのだとか。

 中には養子縁組をせずに館に残って、私と同じように住み込みで働いたり、独立して出ていく者もいます。

 その辺は保護された子供達の自主性に任されているようですね。

 先日、一人がこの館を出ていきましたので、本日新入りが入ってきた訳です。

 保護される子供達は乳離れは済んでいるけれど、まだ人の姿にはなれない小さな子供達です。

 人間で例えるなら、保育園児か幼稚園児といった年頃でしょうか。

 マジでね、ぶっちゃけ、チョー可愛いのよ。

 両手で掬うと手足がぶらんってはみ出る大きさでね、人の顔見ると一生懸命尻尾振ってくれたり、気を引こうとして一生懸命鳴いてみたり、撫でたけりゃ撫でても良いんだぜ? みたいに目の前で腹を見せてじっと見つめてきたりってね。

 何なの? この仔悪魔達。

 私を誘惑してどうするつもり?

 年端もいかない癖してそんな高度な技を覚えるなんて、何て子達! 恐ろしい子!

 震える手を伸ばせば、バッと身を翻して一瞬にして距離を取られてしまったりとか。

 その上、頭低くしてお尻は高くして尻尾振ってたりとか、挑戦的な目つきとか!

 保育園児達に、幼稚園児達の姿に、私はもう我慢ができなくなってしまう訳ですよ!

「……お姉さんを惑わすだなんて……イケナイ子達ね………」

 ハァハァしながら子供達を追い掛けている私がイケナイ人そのものな感じです。

 そう、私は犬が大好き犬派の人間。

 猫も可愛いと思うし好きだけれど、飼っていたのは犬ばかりなので犬贔屓なのです。

 しかも、彼等は犬ではなくて狼ですよ?

 一般人では触れない子狼と思う存分戯れるなんて、ここは正に狼パラダイスです!

 狼の毛はもっと硬いのかと思ってたんだけど、人になった時の髪質が影響しているみたいでそんなにゴリゴリとした硬い毛の子はいないの。

 寧ろサラサラで柔らかいの。

 アレでしょ? 頬擦りしろって事でしょ? しちゃうよ? お姉さん、しちゃうわよ?

 掴まえて引っ繰り返したお腹に頬擦りしちゃうわよ?

「ふふ。男の子なのに、お腹見られちゃうなんて恥ずかしい子……」

 とか言って笑ったりすると恥ずかしがって小さい足をバタ付かせてくるの。

 小さくても狼だからそれなりに力はあるんだけど、手加減してタシタシとパンチやキックしてきちゃったりとかねっ。

 肉球スタンプ最高ーっ。

 もっとしてーっ!

 こうして素敵な職場に恵まれたのも、雇ってくれたバリデス様のお陰です。

 日々感謝しています。

 そんな私の職場に本日新入りがやってまいりました。

 イギリス出身の某魔法少年の親友とよく似た赤い毛をした子供。

 ぎりぎり乳離れは済んでるみたいだけど、慣れない環境で少し脅えているみたい。

 先輩の子供達が鼻先を寄せて新入りに挨拶をしてくるけど、新入りの萎縮っぷりに呆れた様子で離れていってしまった。

 この新入りの担当は私が務める事になりました。

 寝起きを共にするのは勿論、食事も一緒、お風呂も一緒、トイレも一緒です。

 トイレは残念な事に直ぐ覚えられてしまいました。

 背後から見守っているのがどうしても恥ずかしかったようで、一緒に行こうとしたら本気で吼えられました。

 保育園児で既に反抗期とか、お姉さんちょっとショック。

 でも、お尻拭きはまだ譲れませんから!

 お風呂も最近になって嫌がるんですよね。

 やはり『お姉さんが恥ずかしい所も全部洗ってあ・げ・る』とか言ってたから羞恥心を覚えてしまったのでしょうか。

 初めて担当を受け持ったのに嫌われたりとかしたら切ない。

 そんな反抗期真っ只中な新入り君だけれど、夜一緒に寝るのは少し恥ずかしそうにしてますが、まだまだ甘えたい盛りなのか割とすんなり一緒に寝てくれます。

 たまに寝ぼけて遠吠えとかして可愛いです。

 スピスピしている鼻の穴一個塞いでニヤニヤしています。

 至福の時とはこういう事を言うのですねぇ。



 そんなある日の事、珍しくバリデス様が人ではなく狼の姿をして私の前に現れました。

 バリデス様が口にしているあれは、まさかのブラシではございませぬか!

 王から褒章を頂くがごとく晴れがましいような厳かな気持ちで胸を昂ぶらせながら、バリデス様からブラシを受け取った私の気持ちを理解頂けるだろうか。

 できなくても、正直構わない。

 私は今最高に興奮しているのだからっ!

 子供達との戯れも楽しくて好きだが、いかんせんまだ体が小さいので満足できないのが現状。

 その点、バリデス様は全長が二メートルもあるから好き勝手し放題なのです。

 天気の良い日なのでお庭でブラッシングタイムです。

 まずはお座り体勢にて顎の下から首、左前足、右前足、ちょいと失礼して引っくり返ってもらったお腹へブラッシング。

 下半身で少々攻防を繰り広げ、呆気なく私の敗退で渋々と太腿へ移行します。

 バリデス様の太腿の素晴らしさはいつも私を虜にします。

 キュッと引き締まっていながら、それでいて柔軟さを持ち合わせ、尻尾の付け根に向かうラインが堪りません。

『っく……良いケツしやがって』

 ブラシを傍らに置き、一心不乱で尻尾周りをマッサージしていると尻尾が徐々に立ち上がってくるのが、どんな勝利の美酒よりも私を酔わせてくれます。

『ココか、ココがエエのんかっ! コレが堪らんのかっ! 尻を押し付けてくるとはいつからそんなふしだらになったんだっ!』

 自分の心の声に興奮も一入な頃、バリデス様が躊躇いがちに声を掛けてくるのも常の出来事です。

「ナミ。尻を揉まずに毛を梳いてくれんか。どうせ揉むなら人の姿の時に頼みたいのだが」

「バリデス様、それはセクハラ且つパワハラです。男性の尻を女性に揉ませようとか、一体何考えてるんですか? 変態としか言いようがありませんけれど。自重して下さい」

 狼だから心置きなく尽くせるのであって、なぜに人の姿をした男性の尻を揉まなければならないのでしょうか。

 私は、男性に尽くす趣味は持ち合わせておりません。

 この世界で骨を埋める覚悟は致しましたがこんな仔モフモフ天国と出会ってしまった以上、より心ときめく出会いは無いと確信しております。

 この身は一生、保護されてきた子供達へ捧げるつもりです。

 この件は常々、バリデス様にも伝えてあります。

 バリデス様のセクハラ且つパワハラ発言に憤慨しながら、バリデス様の耳の後ろを掻いて差し上げると目を閉じてうっとりとされております。

 凶悪な極悪面が恍惚とか堪りませんね。

 意地悪して手を止めると、太い前足がタシッと膝を叩いて極悪面が上目遣いして無言のおねだりです。

 この瞬間に得られるささやかな勝利が、私はとても大好きなのです。

 ちなみに、こんな凶悪極悪人な狼顔でも、この素晴らしく美しい体とフェロモン過多のお陰かこちらの女性陣に色々と人気があるのだと先輩のメイドさんが教えてくれました。

 バリデス様のおねだりに免じて再度耳の裏を掻いて差し上げようとしたところ、私が担当をしている新入り君の遠吠えが聞こえてきました。

「子供が呼んでいるようです。ちょっと様子見てきますね? 失礼します」

「ま、待てっ。あれは……」

 私はバリデス様へ暇を告げるとブラシを手に戻っていきました。



 それからというもの、バリデス様は子供達と昼間によく遊ばれるようになりました。

 かなり本気で遊ばれているようで、年長組の子供も夜にはぐっすりです。

 勿論、私が担当している新入り君もぐっすりです。

 本当は新入り君と一緒に寝たいのですが、昼に子供達と遊んでもらってますので、ブラッシングタイムは夜になってしまいました。

 人間である私は獣人の方と比べて、根本的に体力がありません。

 元気な狼の子供達と遊んでいると夜更かしがきついのです。

 しかし、雇い主自ら子供達と遊んで頂いている手前ブラッシングを断るのも申し訳なく、私自身が魅惑のブラッシングタイムを無くしたくなくてお呼びがあればお邪魔してしまうんですよね。

 そしてなぜか、近頃はやけにブラッシングタイムで呼び出される事が多いのです。

 昼間に寝る訳もいかず、バリデス様へブラッシングをしている途中でうっかりと寝入ってしまい、更には朝日を受けて黒い毛皮を妖しく輝かせているバリデス様の隣で目覚める今日この頃なのです。


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