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前編

 拝啓、お父様、お母様。

 先立ってしまった不孝をお許し下さい。

 けっして世を儚んでいた訳ではありません。

 人生最後の最後までしがみついて尚、謳歌する気満々でした。

 私の人生終焉計画は、百寿を迎えたその日に祝酒をかっくらって苦しまずに良い気分のまま大往生です。

 叶う事ならば、親の脛も齧りに齧り、更にはスープの出汁と活躍して貰う予定で計画しておりましたし、貰う頃には本当に残っているのか存在を危ぶまれていた年金も楽しみにしておりましたし、老後の為にと掛け金が安い若い内から入った養護及び個人年金だって積み立てていたのです。

 思い返せば返すほど無念です。

 無事に私の失踪宣告が成された際には悔しいですが、受け取った保険で人生を謳歌して下さい。

 そう、失踪宣告です。

 実は、私――――まだ生きているんです。

 思えば遠くへ来たもんだ。

 そんな歌が流行った時期もありました。

 ただ、定められた失踪期間内には戻れそうもありません。

 というか、一生戻れなさそうであります。

 不本意ながらも今生での逢瀬叶わぬ地へと旅立ってしまいましたが、私は至って元気で健康に、そして日々を幸せに過ごしております。

 お父様もお母様も、私の事は気にせず元気に長生きしてくださればと思います。

 私の死亡保険を使いきるまでは生きて下さい。

 寧ろ使い切るまでは意地でも生きろ。

 一銭たりとも残すんじゃねぇ。


 貴方達の可愛い娘、波より。





「ナミ。そんな所で口を空けて寝ていると虫が入るぞ」

 異界の地にて晴れ渡った空を眺めながら脳内で両親に文をしたためていた時、背後から声を掛けられ振り向くと美丈夫な私の主であるバリデス様が立ってました。

「ご用でしょうか」

「……突っ込みは無しか?」

「生憎、生まれも育ちも関東は東京でございまして、関西の方からは関東の人間は面白くないとの定評を頂いております。バリデス様のご要望とあらば突っ込んでみますが?」

 捨てる四が勿体無いので切り上げて一六〇センチの私から、更に三〇センチほど高い所に頭のあるバリデス様が悩ましげな表情を浮かべて見下ろしています。

 突っ込むか突っ込まないかを決めるだけなのに、フェロモンを増殖しなくても良いのではないかと思います。

 バリデス様は多くの女性が『あら、格好良い人』と目を留めるような見目麗しい容貌をしております。

 その長身に見合った均整の取れた筋肉に、低く穏やかな声、更にはフェロモン過多の節もあって多くの女性を虜にする事請け合いであります。

 そのバリデス様は結論を出されたのか一つ頷かれました。

「やはり止めておこう」

「賢い選択と思われます。それで、ご用件は?」

 出過ぎた言葉へ謝罪として下げた頭を上げると、バリデス様は苦虫を噛み潰したような表情をしています。

 今にも遠くから黄色い声が上がってきそうなフェロモン過多な御仁であります。

「お前はつくづくおかしなヤツだな……保護した子供が先ほど到着したので面倒を頼みたい」

「そういう事は早く言ってもらえませんか? 失礼しますね」

 御前を失礼するにあたってお辞儀をした私は、踵を返して早々に館へと戻ってきました。

 恐らくバリデス様も後からついてくるでしょう。

 日本どころか地球さえもから遠く離れたこの地はいわゆる異世界という場所です。

 なぜ外国ではなく異世界なのか。

 答えは簡単です。

 獣が人へ、人が獣へと自在に変化できるような人たちが住む国なんて、地球どこを探しても見つからないからです。

 仮にそんな一族が隠れ住んでいたとしても、見せてもらった地図の陸地は半端なく広く、その人種の数も地球の人口密度並とくれば隠れ住んでなんていられないよねというものです。

 地球の人口並というのは少々言いすぎですが、隠れて住むには無理のある人数であるのは間違いありません。

 なぜこんな摩訶不思議ワールドに来てしまったのか、一般人である私には分かりません。

 寧ろ分かる方がいれば、ノーベル賞物です。

 理由は分かりませんが、原因というか切欠は何となく思い当たります。

 その時、私は国道に沿って歩いていました。

 片側二車線、計四車線の道路ですのでそれなりに幅がある訳ですが、その国道を跨ぐ横断歩道を犬を連れた老人が歩いているのが見えました。

 少し距離はあったのですが、老人も少し背中が曲がってて歩みがゆっくりなのが分かりましたし、毛並みの艶加減から連れている犬もかなりの老齢だと分かりました。

 老人と老犬が横断歩道を渡る緊張感を体験した事ありますか?

 こう言っては失礼なのは重々承知なのですけれど、共によぼよぼと歩いている不安定感さは半端ありません。

 しかも、信号が点滅しだした時には食い入るように見つめてしまいましたよ。

 老人一人であればそう不安にも思わなかったのですが、老犬のヨロヨロっぷりが特に酷く、近年まれに見る動悸現象を誘発してくれました。

『ちょっ。爺さん、渡るな。真ん中で休め。休んでおけ! その犬の為にも休んでやれ!』

 今にも倒れるのではないかという老犬に目を奪われながら、私は心のうちで老人に叫んでいたのです。

 そして、その老人と老犬が無事に横断できたのか、途中で休む事にしたのかは今となっては知る由もありません。

 何せ胸の内で叫んだ瞬間、踏み出した先には地面は無く穴に落ちてしまったのですから。

 当初、マンホールでも開いていたのだろうかと思ったのですが、蓋が開いてて落ちたとしてもどこかしらぶつけると思うんですよね。

 前へ進む勢いと下に落ちる勢いで、穴の縁辺りに顎とか顔をぶつけると思うんですが、落ちた瞬間に痛みは感じず気付いた時も体に異変はありませんでした。

 その時間が長かったのか短かったのかは分かりませんけれど、気を失うまで落下は続き、再び気付いた時には目の前は様々な緑で溢れかえっていたんです。

 少なくとも私が歩いていた場所に、ビルの山はあっても緑の山はありません。

 ここどこよ! と焦った私の目の前に、茂みを掻き分け現れたのが現在の私の保護者であり雇い主でもあるバリデス様でした。

 と言いましても、先ほどのように見上げるような美丈夫な姿ではなく、全長二メートルはあるかという狼だったりしたもので、悲鳴を上げる暇もなく人生で初めて目を開けたままの気絶をやらかしてしまった訳。

 短時間で意識を取り戻した私は、狼の姿をしたままのバリデス様に色々と教えて貰いました。

 話をしている間、たびたび発作的にパニクってしまったのはご愛嬌です。

 そんな私相手に根気良く説明してくれたバリデス様は、凶悪な見た目に反してかなり良い人です。

 いえ、狼姿の見た目がね、赤頭巾ちゃんとか三匹の子豚に出てくる狼とか、映画なんかにある変身後の狼男みたいに、いかにもって感じの悪人面なんですよ。

 素敵です。

 その昔、遥か一万年以上も昔のアメリカ大陸に棲息したと言われるダイアウルフは史上最大のイヌ科動物で、全長一メートル以上は優にあったそうだけど、姿はバリデス様に似てたのではないかなと思っています。

 但し、バリデス様の毛皮は真っ黒ですけれど。

 バリデス様は私が気絶していたその場で、簡単ですが一通りの事を教えてくれました。

 ここは獣人が住む世界であり、狼だけではなくそれ以外の姿をした種族が多々あるそうです。

 たまに異なる世界から『人間』が落ちてくるのだとか。

 落ちた『人間』で未だ嘗て元の世界に戻った者はいないのだとか。

 なってしまった以上、文句を言ってもしょうがないと頭では分かっているのですが、なぜとかどうしてとかそういう理不尽をやり過ごせるほど私は達観していません。

 事情を聞き終えて激しく気落ちした私に、バリデス様は背を向けて乗れと言ってくれました。

 この場はバリデス様の敷地ではあるが、日が沈めばそれなりに危ないから屋敷に戻るとの事でした。

 しかし、その時に私の脳裏に浮かんだのは『やべぇ、リアルヨーゼフ……』です。

 子供の頃に誰もが一度は憧れ、そしていい歳となれば機会があっても口にはできない、犬の背中に乗ってレッツゴーのアレです。

 現金なもので、今の今まで人生を儚み目の前が真っ暗になっていたというのに、バリデス様の一言で目の前が一気に明るくなりました。

 明るくなるを通り越し、少し息遣いまで荒くなったように思います。

 と言うのも、その時のバリデス様は悪人面な狼顔を気味悪そうに歪ませて私を見ておりましたから。

 我に返った私は、やはり止めると言われる前に早々とバリデス様の背中に乗せて頂く事にしました。

 何、このキューティクルな毛! 天使の輪があちらこちらに! 今にも天使の吹くラッパの音が聞こえてきそうです! 私だけに!

 凶悪極悪人な顔をしている癖に、艶々サラサラな毛皮とか、どんなギャップ萌え?

 声に出すと流石にやばいという理性は残っておりますので、屋敷に戻るまでの間を必死に堪えていましたが、胸中は『あぁ……はぁ……あぁ……はぁ……』と聊か不謹慎とも思える声で一杯でした。

 毛を撫で続ける私に途中、何度かバリデス様が止めて欲しいと仰ってましたが、その言葉を思い出したのは館について暫く後だったような気がします。

 そういった訳で元の世界に戻れない私は、第一発見者であるバリデス様に保護者となって頂き、住み込みのメイドとして働く事になった次第なのであります。

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