1 上官
グレゴリー・ラズスは、苦々しい思いで長い溜息をついた。
「ラズス中尉!手分けしてカークリー中隊長殿をお探ししておりますが、何処にもお姿が見当たりません!!」
敬礼のうえ丁寧な言葉遣いをしているが、含み笑いで意気揚々と報告するゴメリオ伍長に、ラズスは「ちゃんと見張っておけと言っただろう!」と、怒鳴りつけたい気持ちを抑え
「もういい、わかった」
と手で追い払うように下がらせた。
まぁ、カークリー大尉がその気なら、誰に監視させたところで結果は同じだ
それにしても本当にすっぽかす気か
ギリギリになればさすがに顔を出すと思ったのに
まったくあの悪ガキめ
自身の想定を上回る行動に出た年下の上官に、ラズスは呆れながら腕時計を確認した。
そろそろタイムリミットだな
そう思った瞬間
「ラズス中尉、あと15分ほどで隊長が到着されるとのことです」
その報告に
仕方ない
体調不良にしておくか
と即座に判断を下した。
そしてこの後、その場限りの取り繕った嘘をつかなければならなくなったことに、多少の煩わしさを感じたものの
居たらいたで、もっと面倒なことを起こしていたかもしれんし、とりあえずヨシとするか
と考えた。
おそらく大尉は初めから上官を出迎える気など無かったのだろう
それなら先に、自分がある程度相手を把握してからの方が都合が良い
そう気持ちを切り替え、建物の出口に向かった。
外に出ると、部下達はすでに整列していた。
美しく整った隊列を見て、ラズスは納得した。
なるほど
わざとこうさせるために行方をくらましたわけか
居並ぶ軍人達は、自身のトップに立つ人物を迎える万全の準備をしていた。
表向きは。
ラズスは、整然とした並びに反比例するかのように、新しい隊長を歓迎する気など、微塵も感じられない気だるい顔つきの連中に目をやった。
今まで通常の人事配置で来た上官さえも上手くいかなかったのに、国軍から左遷され、地方軍に飛ばされてくるような元上級軍人を快く思う者など一人もいない
ましてや、カークリー大尉率いるこの第一中隊は……
ラズスはこの先、起こり得るであろうことを想像し、複雑な心境だった。
さぞかし驚くだろうな
そう考えているうちに車が到着した。
後部座席のドアが開き
新しい隊長
テイラー・ノーゼント少佐
が車から降り立った。
ブロンドの髪に黒色の瞳
凛とした姿勢のその人物は、自身の大勢の部下を射るような眼差しでゆっくりと見回した。
その瞬間、締まりのない表情だった隊員達が、一斉に頬を平手打ちされたかのように目を見開いた。
しばらくは全員が呆然としながら、ノーゼント少佐の姿をただ見つめるだけだった。
しかし、ラズスが少佐を出迎え、挨拶を始めた頃には隊員達もハッと我に返り、その後は新しい上官に対して余裕を持って好奇の目を向けた。
風が吹き抜ける屋上で、彼は柵に片肘をついてもたれかかり、黒い髪をなびかせその光景を見下ろしていた。
一度、口からゆっくり細長い煙を吐き出した後、再びタバコを口に運ぼうとしたが途中でピタリと手が止まった。
これは……
彼は無意識に口の端を吊りあげた。
またずいぶんと面白いことになったもんだな
自身の黒い瞳に上官の姿を映し、彼はフッと笑うとその後独り言を呟いた。
「女……ねぇ」




