四華物語
「ーてい!!」
王貴珠は相手の頭に、鞘をつけたまま殴ると、相手がふらついた。
好機だと思い、腹を蹴ると、相手が尻もちをつく。
「い、痛…!! こ、この野郎!!」
「うるさいんだよ。もうやめておけ」
貴珠は冷めた口調で言うと、剣を腰に戻し、手を払う。
「ー女のくせに!!」
「…は?」
一番、言われたくないことを言われ、貴珠は軽蔑の眼差しを向ける。
歳は十六。
相手が言ったように女なのだが、着ているものは、男性用の袍だった。
足は黒革の靴で、喧嘩しても動きやすい格好だった。
「お前…」
貴珠は手を鳴らすと、近づいていく。
男と女では力の差があるので、普通は負けるのだが、貴珠は特殊な家の娘だった。
「へん!! 何が任侠の娘だ!! お前なんか結婚できるか!!」
「…。馬鹿じゃないのか?」
更に冷ややかな声で言い、侮蔑の眼差しを向ける。
特殊な家ー貴珠の家は任侠だった。
任侠は自分の領域を犯した者を倒したり、お金次第では護衛になったりと、腕に自信がある者が集まっていた。
今、貴珠が喧嘩している原因は、貧しい女の子が花を売っているのを邪魔したからであって、正義感の強い貴珠は我慢できなかった。
「まだ、やるならやるけど? 恥をかきたいのか?」
「…へ、へん!! おい、、行くぞ!!」
相手は貴珠の後ろにいる男達ー任侠で貴珠の仲間なのだが、恐れをなして逃げていくのだった。
ー俺、一人でも大丈夫なんだけど。
自分のことを本当に男と思っており、歩き方からご飯の食べ方まで、そっくりにしているのだった。
「ーお嬢、大丈夫ですか?」
仲間に聞かれ、貴珠は肩を竦める。
「弱い奴ほど、強く吠える。どうしてだろうな?」
「さあ? 多分、自分よりも力で勝てないと思っているからじゃないですか?」
「そういうものか?」
「分かりませんが」
「そうか」
貴珠は無理矢理、納得させると、少女の元にいく。
「ー大丈夫か?」
手を差し出しと、少女がびくりと身体を震わす。
貴珠が怖いらしいが、貴珠としては傷つくよりも、こんなことは日常茶飯事だった。
「花、駄目になったな。あいつらから、金品を奪わえば良かったか」
ちっと舌打ちすると、少女がおどおどと答えてくる。
「と、とんでもありません!! 助けてもらっただけで、十分です」
「…と言ってな…」
身なりはつぎはぎだらけで、今日、食べるもの困るのではと思ってしまう。
貴珠は大丈夫そうな花を拾うと、懐から財布を取り出す。
「ーこれ、くれ」
「え…でも」
「いいから、ほら」
お金を握りしめさせると、花の部分だけ切って、少女の耳にかけてやる。
少女は未発達で、もっと大きくなれば、美人になる類だった。
「あ、あの…!! 本当にいいんですか?」
「当たり前だ。ちゃんと品物を購入したのだから、お金を払うのは当然だ」
貴珠は少し迷った末に頭を撫ででやると、少女がぼろぼろと泣き始める。
今日みたいなことは、前にもあったのかもしれない。
貴珠は手巾を出すと、少女に渡してやる。
「また嫌な奴らが来たら、王家に来い。相手になってやるってな」
「は、はい…!! ありがとうございます」
手巾を握りしめ、少女は深くうなずく。
貴珠はもういいかなと思い、後ろに立つ二人に声をかける。
「行くか。邸に戻ろう」
「はい」
二人は馬の手綱を引いており、貴珠は自分の馬を撫でてやると、軽く飛び乗る。
「はっ!!」
と声を出すと、馬を走らせていく。
「ありがとうございました!!」
少女の大きな声が後を追いかけてきたので、軽く手を上げる。
邸までは何事もないだろうなと見回っていく。
「どう、どう」
手綱を引き、馬の速度を落とすと、川にたどり着く。
馬に水を飲ませてやりながら、川で遊ぶ少女や少年を眺める。
ー平和が一番だ。
特に弱い者が虐げられる世の中など、あってたまるかと強く思う。
後ろの2人も水を飲ませており、たてがみを撫でてやっている。
「おーい!! お前ら、困ったことはないか?」
少年と少女に聞くと、目を瞬かせ、首を振ってくる。
楽しい時間を邪魔したかと思い、反省すると彼らに言う。
「悪いな。なかったらいいんだ」
じゃあと手を振ると、ぺこりと頭を下げられる。
貴珠のことはここ春華に広まっており、王家といえば、有名な任侠の家だった。
春華は四つの国のうちの一つで、花びらの形をしている。
春華、夏華、秋華、冬華と分かれており、真ん中に方丈という山があった。
方丈の頂点には鳳凰がいるとされ、龍がとぐろを巻いているという。
不老不死を叶えられるらしく、色んな人間が試すが、一人として帰って来た者はいなかった。
ーほどほどに生きるのがちょうどいい。
本気で貴珠は思っており、過ごす毎日に満足していた。
ー皇帝と皇后の背中には、それぞれ龍と鳳凰の入れ墨があると聞くが…。どうだろうな?
噂はあくまでも自分の目で見てみないと納得しない派なので、首を振って忘れることにする。
すると桜の花びらがさあっと流れていく。
まるで舞姫が舞ったかのような、優美な光景に、貴珠はほうと息を吐く。
花びらは川に落ち、鯉のように色鮮やかに流れていく。
ー綺麗だ。ここはずっと春だからな。
春華の名の通り、この国は春の陽気で、畑作業をしたり、観光の一つとしても有名だった。
特に春華の首都ー紅粧は人が集まるところであり、色んな人間が集まっていた。
ー他の国からも移住してきているしな。
様々な事情かあり、移住してくるのだか、王家は問題が起こると、すぐに駆けつけるのだった。
頭についた花びらを手に持つと、ふっと息を吹きかけて飛ばす。
花びらはひらひらと舞い、人間の生きざまを表しているようで、貴珠は儚さに心を痛める。
ー不老不死か。
遠くに見える方丈を見、目を細める。
行ってみたいような、行ってみたくないような、複雑な心境となる。
頂点には桃源郷があるとされているが、屍人と呼ばれる化け物がおり、よくここ紅粧にも姿を現すことがあった。
鳳凰に焼かれた亡者と言われ、骨の軍団だった。
好物は人間の血であり、他人か攫われることも多かった。
ー首を落とすか、それとも炎の剣ー炎刀で斬るか。
貴珠は遠くを見、鞘に触れる。
炎刀は伝説の武器であり、幻の武器とされている。
それさえあれば、屍人など簡単に倒せるものをと、唇を噛む。
民が苦しんでいるのは、許せなかった。
ー皇帝も軍を派遣してくれるが…。
今の皇帝は名君といわれ、民に優しい人柄だと聞く。
その通り、人々の生活は安定しており、皆、笑い声を立てている。
もちろん先程の貧しい少女のような家もあるが、それはどうしても人間の差であり、仕方のないことだった。
「お嬢、そろそろ行きますか?」
「ああ、そうだな」
貴珠はふわりと回転すると、馬を操りだし、颯爽と駆ける、
大きな政は皇帝に、小さな政は任侠に、任せてもらえば世の中、安泰だった。
ーこのまま、穏やかな日常が続けば…。
そう強く願うと、「はっ」と足を動かし、馬を飛ばしたのだった。




