2話 玉座
崖から落ちた俺は、
暗闇の広い空間に横たわっていた。
意識を取り戻し、目を開いた瞬間。
真っ赤な世界と闇の世界が混在していた。
頭から血が流れ、目が赤く染まっていく。
腕は動かない。
体中の感覚もほとんどなかった。
死後の世界。
そう思った。
そして……
わずかばかりの光が見えた。
暗く広い空間。
巨大な黒鉄の門。
密かに招き入れるような両脇の灯火。
場違いなほど荘厳さを放ちながら、
門は、そこにあった。
「ここは……地獄か……」
俺は死んであの世の門の前にいる。
そう思った。
「つまらない人生だったな……」
そう呟きながら、
俺は体を這わせた。
まるで芋虫のように。
みじめな人生。
みじめな姿。
「死んでも……
みじめか……」
死んだほうが楽になるのだと思えば、あきらめもつく。
それなのに
なぜか扉の向こう側を見たくなった。
門を押し開く。
その奥にあったものは――
玉座。
そして俺と同じように、
白骨化しかけた人間が横たわっていた。
「みじめ……みじめ……」
どこからともなく声が聞こえる。
そして白骨の眼孔が、青白く光った。
その目は、俺を睨んでいるように見える。
「みじめよのう……人間」
直接、頭の中に声が響く。
威圧的な低い声。
「我に挑むか?
弱者たる人間が……。
人間の中でもとびきりの弱者が、
ここまでたどり着くとはな……」
みじめに横たわる姿に似合わない、
威厳のある口調だった。
俺は、声にならない声でそれに答えた。
「俺は……死んだんだろ?
……お前は、悪魔か?」
残った皮膚が、わずかに動いた。
俺はそれが薄ら笑いに見えた。
「フハハハハ!
お前と同じ死にかけの骸と言ったところか」
怪しげな存在が、俺に親しげに話しかけてきやがる。
どこが同じだっていうんだ。
明らかに強者の風格を持っているじゃねえか。
そんな風に思っていると……。
「我はかつて――
人間だった」
俺は言葉を疑った。
玉座で横たわる悪魔が人間!?
そんな思いに駆られ、思わず言葉を口にしてしまった。
「人間だと?
人間らしさのかけらもねえぞ」
「フハハハハハ!
みじめな人間よ。
我が最弱の魔法しか使えぬ回復師だと言ったら笑うか?」
俺は正直に答えた。
「笑えねえよ。
最弱だろうが、魔法が使えるんだろ?
羨ましいぜ」
その瞬間。
半分骸骨と化している奴の目が光った。
「気に入った」
奴は俺の心の中を覗き込んでいる気がした。
「弱いものは多い。
だが、
弱いままダンジョンに挑む者は少ない」
じっと俺を見つめてくる。
「しかもお前は、我を笑わなかった。
最弱の魔法を羨ましいといった人間は、
お前が初めてだ」
奴が手招きしている。
「我は決めたぞ」
俺はなぜか分からないが
体が勝手に吸い寄せられるように地を這っている。
「我の名はカンカイ。
かつては人間と呼ばれ
魔王と恐れられた者」
気づけば、奴の足元まで引きずられていた。
「この力、お前にくれてやる」
奴の目は吸い込まれそうなほど
底なしの暗闇に満ちていた。
俺は怖かった。
こんな奴に貰っても、まともなものじゃない。
そして
奴が、ゆっくりと話しかけてくる。
「最弱の魔法師」
その瞬間だけ、奴が悲しげに見えた。
「最弱?」
奴に似つかわしくない言葉だと思った。
だから、つい声にしてしまった。
「そう最弱にして最恐。
この魔法が、どれほど恐ろしい魔法なのか――
お前に教えてやろう」




