婿入りする俺の策略
私はレイモンド・アシュル。
アシュル侯爵家の嫡男だ。
18歳になる今日、私の結婚式が行われる。
美しく凛とした姿の彼女に暫し見惚れる。
ずっと貴女だけを見て来たのだ。
私の粘り勝ちとなった。
美しい彼女へ手を差し出す。
優しく温かな笑みを浮かべ、私の手にふわりと手を乗せる。
もうこの手は離す事はない。
私の初恋は今日実った。
初めて会った時の貴女も優しい笑みを私に向けた⋯⋯。
以前と変わらぬ笑みを⋯⋯。
〜❀〜
この国の貴族は、14歳になった頃になると顔合わせの為に子供達は大きなお茶会に出席をする。
幼い頃に知り合いのお茶会に参加する事はある。
だが、母親達の知り合いがほとんどだ。
学園に入る前に学友を作り、学生生活を有意義なものにする為。
また16歳で成人を迎えた時に、夜会に参加する為の顔見知りを作る為だ。
今日初めて大きなお茶会へ参加となった。
母であるマリーンは会場に着いて早々に私を放置し、取り巻きの男性達と談笑し始めた。
私はポツンと一人にされた⋯⋯。
今日のお茶会には知り合いの子供はいない。
年齢の幅がある為、知り合いの子供は参加をしていなかった。
成人した者の参加が多いからだ。
何故私がいるかと言うと、母であるマリーンに無理矢理連れて来られたからだ。
はっきり言ってあの人は母ではない。
ただの女だ。
父や私に見向きもしない。いつまでも男性からの視線を集めたい女だ。
私はぼーっと立っていた。
ドンッ!
突然の背後からの衝撃で、私は地面に四つん這いになった。
その横を「チッ。邪魔なガキめ。」
暴言を吐き、一人の男性が通り過ぎた。
四つん這いのまま動かない私に、優しい声がかけられた。
「大丈夫?」
優しい微笑みの女性が私の腕をとり、立たせてくれた。
「ごめんなさいね。怪我はない?」
服をポンポン叩いて草を落としてくれる。
「衣装は汚れていないわね。良かった。
あの人は私の婚約者なの。本当にごめんなさいね。」
申し訳なさそうに眉を下げ、頭を下げてくれた。
「大丈夫です。怪我はないので。
それより婚約者が呼んでます。早く行って下さい。」
私が彼女にそう言うと、婚約者の方に視線をやり小さくため息を吐いた。
「謝りもしないのね⋯⋯。」
小さく呟いた言葉は聞かない振りをし、彼女に婚約者の方へ行ってもらった。
私は会場の隅のテーブルを選び、座りながらぼーっとするしかなかった。
ふと視界に先程の女性が入った。
女性に囲まれる婚約者の後ろに控えている⋯⋯。
彼女は少し俯いているので、表情は見えない。
あの男が彼女の婚約者?
暫く見ていると、男が女性達を引き連れ移動し始めた。
彼女はついて行こうとするが、何やら振り返った男性に言われている様だ。
彼女は立ち止まり礼をとると、その場に残った。
婚約者を放置し女性達と何処かに向かう。
侍る女性達は、明らかに婚約者である彼女を嘲笑っていた。
彼女の周りの貴族は、笑う者と同情する者⋯⋯。彼女の様子を種にして会話を弾ませる者もいた。
(この世界は嫌いだ。日本も嫌いだったが、ここも好きにはなれない⋯⋯。)
転生者である自分は、この世界に馴染めなかった。
身分制度に雁字搦めの世界。
高位貴族の横暴さ。
平民への侮辱。
母の様に良い人ぶった尻軽女はどの世界にもいる。
あの男の様に浮気男もどの世界にもいる。
日本もこの世界も変わらない⋯⋯。
目を閉じ、頭のなかでモヤモヤと考えを巡らせる。
考えても仕方ないか⋯⋯。
目を開け先程の彼女を見ると、姿勢を正し凛とした姿で彼を待っていた。
綺麗だな⋯⋯。
ハッと自分の思考を消した。
思考は消せても、視線は外せなかった。
侮辱されているのに、凛とした姿を保つ美しさに魅入ってしまう。
私は前世でも経験した事がない一目惚れをしたのだ。
彼女を見れば見る程に彼女が欲しくなった。
彼女の心からの笑顔を見たい⋯⋯。
色んな思考が頭を過ぎる。
じっと彼女を見ていると、視線がぶつかった!
ドキリと跳ねる心臓を無理に抑え込み、ただ見つめた⋯⋯。
彼女はニコリと微笑み、小さく手を振ってくれた。
私は嬉しくなり、手を振り返した。
彼女と話をしたい!
そう思うと一目散に彼女の元へと急いだ。
だが、あの男が先に戻って来たのだ。
私の前を通り過ぎると強引に彼女の腕を掴み連れて行った。
何があったのかは解らないが、男が不機嫌で帰って来たのだけは解った。
私は彼女に近付く事は出来なかった⋯⋯。
初めてのお茶会の出会いから数日経つ頃、また母に連れ出されてお茶会へと参加した。
彼女がいる!
あの男と今日は仲睦まじく過ごしている。
私の胸は、安堵と嫉妬でグルグルする。
気持ち悪い⋯⋯。
あの男と仲睦まじくする彼女に苛立ってしまった。
それからお茶会に行くと、仲睦まじそうにする二人を見かけた。
だが、偽りである事が彼女を見れば解る。仲睦まじそうにしても微笑みに影がある⋯⋯。
私は執事に頼み、彼女の事を調べて貰った。
執事は私の絶対的な味方なので、私の行動を両親に知られる事はない。
調べてみて唖然とした。
まるで身売りだったからだ。
彼女は侯爵令嬢だった。
オティリエ・カーソン。18歳
カーソン家の長女だった。
カーソン家は領地が長年の不作で困窮していた為、爵位返上を考えるまで追い詰められていた。
そこに目を付けたアーカート公爵家の当主が、援助と引き換えにオティリエ嬢に婚約の打診をしたのだ。
公爵家の三男は女遊びが酷く、婚約者が中々見つからなかった。
侯爵家の令嬢ならば釣り合いもとれると、資金と引き換えに婚約が整った。
彼女が16歳の時に⋯⋯。
彼は最初の頃は彼女を大切にしていたようだ。
当たり前だ。彼女はとても美しいのだから。
才女であり、美しい所作に美しい容姿。
全てが素晴らしいのだから。
だが女遊びに慣れた彼には、貞淑な彼女では退屈だったようだ。
簡単に体を許す女が好きなあの男に合うはずがないのだ。
彼女の内情を調べあげた。
両親は資金と婚約を条件にした話を断ろうとしたらしい。だが彼女自身が話を受けたのだ。
両親が説得するも、彼女が受けた事で話が纏まってしまったようだ。
執事からの書類に目を通して考える。
彼女を手に入れるには何をしたら良い?
彼から奪うためには何をすれば良い?
彼女を幸せにする為には何を⋯⋯。
数日かけて計画を練った。
執事に相談し、14歳の私で出来る事を早々に行動に起こした。
執事には自分が転生者であることを話した。
異世界で生きていた事。
仕事はパティシエだった事。
女性不信で未婚のまま死んだ事。
掻い摘んで話た。
「レイモンド様が作っていたお菓子は、この世界にありますか?」
執事の質問に暫し考える。
「母が甘い物が嫌いだろう?お菓子を余り目にしていないから解らない。
お茶会のお菓子は近くに行けないから、何があるのか解らない。」
お茶会のお菓子スペースには女性達が沢山いるので近づきにくいのだ。
そう答えると。
「今から街に行きませんか?お菓子を見て、この世界に無い物を作るのです。レイモンド様はお小遣いを使わず貯めていらっしゃる。商会を立ち上げるには十分過ぎる資金をお持ちです。」
執事の提案に前世の知識が鮮明に蘇る。
痛む頭を抑え、パティシエとして生きていた自分が流れ込む。
自分で記憶に蓋をしていたのだ。
日本が嫌いだった理由を。パティシエが嫌になった事を⋯⋯。
執事の実家は大きな商会を営んでいる。
母の衣装等を扱っていた繋がりで、執事のガルドは我が家に来た。
そして、私専属の執事となった。
ガルドの提案にのると、早速街へと向かった。父はずっと領地にいるので王都にはいない。
父と私は離れていても、連絡は取り合っている。商会の話も内密だと、連絡はいれた。
当たり前のように母は毎日不在だが。
数日かけて、お菓子屋と喫茶店に向かう。
お菓子を見て回り気が付いた。
過去にも転生者がいた事に⋯⋯。
過去の転生者は和菓子が好きだったのか、どら焼きや団子。スーパーにありそうな和菓子が売られていた。
だが職人でないのは解る。練り切りや職人の技が出るお菓子はなかったからだ。
「ガルド。過去にも転生者はいたようだ。でも私のように専門の職人では無かったみたいだ。
商会で厨房を使いたい、お菓子に使う調理器具も欲しい。ガルドは私が設計した店舗の準備を初めてくれ。
あー沢山やる事が出来たな。」
彼女を手に入れる為の計画が少しずつ進んで行く。嬉しくて仕方がない。
笑顔になる私にガルドが驚いている。
「レイモンド様の笑顔を初めて見ました。整った顔で笑われると大変です!絶対に女性の前で微笑んではいけません!」
捲し立てるように私に注意する。
前世も顔が良すぎて女性トラブルに巻き込まれた。有名なパティシエだったのもあり、かなりもてた。
だが、付き合う女性は私をブランド品のように扱った。
私はうんざりし、女性を信用出来なくなった。
そして色んな噂が飛び交い、店を閉めるまで追い込まれた⋯⋯。
前世を思い出しても良い事は無かった。
だが、この世界で彼女を見付けた。私の唯一。
絶対に手に入れる。諦めない。
私は全力でパティシエの腕を振るった。
お店を構え販売と喫茶店を併設した店を開く。
あの公爵家も飲食店を手がけていた。しかも、彼女の婚約者であるカールが代表だった。
親心で店を持たせたのは明らかで、経営などしていない。
だって毎日だれかと自分の店の二階に引き籠っているのだから。
私は街に出る事でカールの事をたくさん耳にするようになる。
浮気男は毎日盛んに誰かといる。彼女以外の誰かと⋯⋯。
オティリエ嬢は悲しんでいないだろうか。
誰か、彼女を救ってはくれないか⋯⋯。
私ではなくて良い。彼女の笑顔を誰かが守ってくれるならば⋯⋯。
毎日オティリエ嬢の事が頭を過ぎる。
数カ月で、私のお店は王都で一番の人気店となった。
この世界のケーキと言うと、ロールケーキやクッキーくらいしかない。
日本で作っていたケーキを少しずつ期間をずらし分けて提供する。
新作が出る度にお店の収入はあがる。
商会には考案者を問い合わせる貴族が増えたが、会長は一切私の話を漏らさない。
当然だった。私は陛下と王妃様が行う行事の、お菓子職人の専属でもあるからだ。
両陛下も私の作るケーキを会談やお茶会で出すと、全て上手くいくと重宝してくれているのだから。
私は自身の秘密を16歳になるまで、ガルド以外には誰にも話す事は無かった。
後一月で16歳の成人を迎える。
今日はカーソン侯爵家へと来ている。
目の前に座る彼女の両親と話をする為だ。
「本日はお時間を頂き、ありがとうございます。私はアシュル侯爵家の嫡男のレイモンドと申します。」
ソファーに腰掛けたままだが、頭を下げ挨拶をする。
侯爵夫妻は私の来訪の理由を知らない為、落ち着きがない。
「訪問を歓迎いたします。私は当主のライアン。そして、妻のイザベルです。」
挨拶を終えると、ライアンが先に口を開いた。
「本日の用向きは?」
レイモンドは姿勢を正し 、侯爵夫妻を見る。
「本日はご息女のオティリエ嬢に婚約の釣書を持って参りました。」
レイモンドの話を聞き、夫妻はキョトンとしている。
娘には婚約者がいる。不名誉ではあるが長く婚約を続けている。
侯爵家にはオティリエ以外に娘はいない。意味が解らずにいる。
「オティリエ嬢に婚約をお願いしたいのです。」
侯爵が口を開こうとしたが。
「オティリエ嬢に婚約者がいる事は知っています。ですが、あの男がオティリエ嬢を幸せにするとは思わない。心優しく聡明な彼女を傷付け続けるあの男が、オティリエ嬢を幸せにするとは思えないのです。」
力説するレイモンドを見て、夫妻は気が付いた。彼は娘を好いてくれているのだと。娘の為に釣書を持参したのだと。
夫妻は娘に負担を負わせている事に負い目がある。
どんなに尽力しようと、領地の不作は続き資金を捻出出来ない。
娘が婚約しなければ、領地の未来は無かった。
「レイモンド殿は、オティリエに好意をお持ちなのですか?」
侯爵の言葉にレイモンドが頷いた。
「二年前のお茶会で知り合いました。カールに突き飛ばされた私に手を差し出してくれたのがオティリエ嬢でした。」
見つめるだけの当時を思い出す⋯⋯。
「それから何度も二人を見かけました。オティリエ嬢が幸せならそれで良かった。だが、あいつはオティリエ嬢を傷付ける事ばかり⋯⋯。」
顔を顰めるレイモンドだが、侯爵夫妻に姿勢を向ける。
「公爵家からの援助は減っていますよね?元々の援助の金額も高くない。公爵家は近く衰退します。私がその鍵を握っていますから。
ですので、いずれカールとの婚約は無かった事になります。その先の援助は私が致します。」
「婚約が無くなるから、オティリエを婚約者にと?援助と引き換えであるならば、カール殿と同じでは?私達に娘を二度も犠牲にしろと仰るのですか?」
ライアンは辛い胸のうちをレイモンドにぶつけてしまう。
ハッと我に返ったライアンだが、レイモンドは真っ直ぐな目でライアンを見つめる。
「私は侯爵家の不作を改善する手立てを持っています。オティリエ嬢との婚約は抜きに、侯爵家の領地を改善させます。」
ライアンはなぜ領地を改善する事を優先するのか、解らない。
「領地が豊かになれば、公爵家に対して負い目を払拭出来ます。それに、侯爵家から婚約解消も進言出来ます。」
レイモンドの言葉は夢物語にしか聞こえない。
若者の暴走かと落胆した、その時。
「今、王都で流行っているケーキをご存知ですか?」
ライアンは頷いたが。
「勿論知ってますが⋯⋯。それと何が関係があるのです?」
「ケーキを作っているのは私だからです。そして、商会の長は私です。」
ライアンはあの有名なお店の全てを統べる者がレイモンドと聞き驚いた。
まだ成人もしていない若者のやる事ではないからだ。
「私が作るお菓子には材料となる粉が必要となります。サラス(小麦粉)です。
サラスは痩せた土地でも育ちやすく、侯爵家の土地でも作る事が出来ます。」
レイモンドが一枚の書類をライアンに差し出す。
ライアンは書類に目を通すと、目を見開いたまま固まってしまった。
妻のイザベルがライアンの腕をペシペシ叩き「何が書いてあるのです?!」
ライアンを正気に戻そうとしている。
「これを我が家に⋯⋯。」
内容を掻い摘むと。
侯爵のサラスをレイモンドの商会が全て買い上げる。
最初の年にかかる必要経費は全てレイモンドが持つ。
サラスが実るまでの農家への補償も行う。
サラスを粉にするまでの作業を領地で行う。その為にかかる費用もレイモンドが持つ。
「我が家に得しかない。そこまでして娘との婚約を望むと⋯⋯。」
書面を見ながら、ライアンがポツリと呟いた。
「少し違います。オティリエ嬢との婚約は私が強く望むものです。
ですが⋯⋯。私でなくとも他の誰かであっても構わない。私に手を差し伸べてくれた、あの時の柔らかな微笑みを守ってくれるならば⋯⋯。それだけで良いと思っています。」
レイモンドはライアンの目を逸らす事なく、真っ直ぐに見ている。
侯爵家を立て直さない限り、娘をまた不幸にしてしまうのだ⋯⋯。
ライアンはレイモンドに深く頭を下げた。
「侯爵家を立て直さない限り、また娘が犠牲となる。それだけは避けたい。
そして、領民達を助ける術があるのならば縋りたい!どうか、力添えを願いたいっ。」
ライアンが頭を下げる様を見て、夫人も頭を下げた⋯⋯。
(若造に頭を躊躇なく下げるこの夫妻には好感しか湧いてこない。
貴族たる者、守るべき者の為にどう振る舞うかで資質を問われる。
侯爵夫妻は素晴らしい高位貴族なんだろう。
我が家とは大違いだな⋯⋯。)
レイモンドは母であるあの女に手本として見せたかったが、意味がない事も理解している。
「これから侯爵領を豊かにする為に、一緒に頑張りましょう。」
握手を交わし、その日からレイモンドとライアンは領地を視察し領民を説得してまわった。
種を植え、季節が移り侯爵領は黄金色の草原となった。
レイモンドはサラスが育つ間に水路を作り、サラスを挽く為の大きな水車を幾つも作り上げた。
粉になったサラスの不純物を除くため篩にかけ、袋詰めする作業場も作る。
手のかかる行程をする事で上質なサラスが出来上がる。
価格を跳ね上げるつもりだ。
レイモンドの使うお菓子に使う。
それだけで、侯爵家のサラスに価値がつくのだ。
領地の職人達にも仕事が増え、懐も温かくなる。
サラス農家には支度金をそれなりに渡してある。今迄の作物を全て手放すのだ。収入がなければ不安になる。
領民達の生活を守り、生活を支援した事で街の活気は領民達が勝手に上げて行ったのだ。
そんな中でのサラスの収穫。
侯爵夫妻も加わり沢山の領民で収穫を手伝う。
レイモンドの計画通りに侯爵家の収入があがり、一年で公爵家からの支援金を断る手筈が整ったのだ。
オティリエ嬢の生家が上向きになった事実は、まだ内密にしておく。
婚約の解消を確実にする為に、まだあいつの婚約者でいてもらうのだ。
密偵からの報告では、カールの浮気相手の一人が妊娠したとあった。
これを使い、確実に解消に持って行く。
私は執事のガルドと自分のお店にお客として来ている。
ある女性を待ち伏せする為に⋯⋯。
彼女は毎週お店に来ては親友達にある相談をしている。
その解決策を提供してやるのだ。
カラーン。
店の扉が開くと、待っていた彼女達が来た。
店員には前もって私の席の後ろに座るように指示を出している。
彼女達が話を始める前に先に話を始める。
「浮気をするのは仕方ないが、妊娠させるのは問題だぞ。お前には婚約者がいる。どうするつもりだ?」
声を変え、ガルドに問いかける。
「婚約者とは政略的な婚約です。ですが、妊娠したとなるとどうすれば⋯⋯。」
悩む雰囲気で言葉をガルドが返す。
「例え婚約者がいようと、妊娠となればその家の世継ぎになる。浮気相手を選ぶしかあるまい。婚約者とは政略的なものなら問題ないはずだ。
お前があちらに支援しているのだから。
もしも公の場で彼女に妊娠を叫ばれてしまえば、お前の選ぶ人は妊娠した浮気相手になるしかないな。」
そう。
待ち伏せた彼女は、浮気相手で妊娠した女の妹なのだ。
浮気相手の姉は素行が悪く、家からも爪弾きにされていた。
妹の方は真面目で姉の素行の悪さの尻拭いをしているのだ。日々、姉の迷惑に悩まされ今度は婚約者のいる高位貴族に手を出した。
妹が頭を抱えるには余りにも大きすぎる問題なのだ。
私が案を提供をしてやる。
姉にこの話の内容を変え上手く伝えるだろうと考えたのだ。
姉を追い出すには、妊娠は逆に好都合となるはず。
レイモンドの腹黒い計画を知らぬまま、彼女達は話を聞き終えると店を直ぐ様出て行った。
ガルドがレイモンドにニヤリと笑みを見せる。
「上手く話が進むと良いですね。妹の策略次第でしょうか。」
ガルドの話を聞きながら、自分の焼いたチーズケーキを口にする。
結果が出るのは、次の夜会だろうか⋯⋯。
レイモンドは笑みを浮かべケーキを食べ進めた。
レイモンドは浮気相手の妹に小さな種を渡した。その種が花を咲かせる準備を整えているらしい。
浮気相手の女の家は伯爵家だ。
当主夫妻と妹は実直真面目な、手本となる貴族だった。
なぜか姉だけが奔放に育ち、手を焼く存在となった。
妹は両親に全てを話た。
両親は姉に相手を問い詰めたが話さない。
当主は誰の血筋か解らぬ子供を家に迎えれないと、後継から姉を外す事まで説明した。
それでも姉は相手の名を出さなかった。
浮気相手が公爵家の子息である事に、姉は驕っていたのだ。公爵家だから何とかなるだろうと。
妹からの話を聞き、公の場で事実を話す。
妊娠した私が選ばれ、形だけの婚約者を追いやれると⋯⋯。
伯爵家は妹を後継とする手続きを行い、妹の足枷になる姉をひっそりと貴族籍から抜いていた。
全て妹が両親を誘導するように手腕を見せた。
レイモンドは妹の頭の良さに感心していた。
渡した種の芽吹かせ方の見事さに。
全ての下準備は整った。
今夜の夜会で華やかに花を咲かせる。
妹の策略と、レイモンドの策略の花が咲き乱れるのだ。
レイモンドが夜会会場に入ると、既にオティリエとカールが会場入りしていた。
オティリエは普段通りにカールの少し後ろに控えていた。
カールは令嬢達を相変わらず侍らせている。
侯爵夫妻はそんな二人を苦々しい顔で見つめていた。
レイモンドと目が合うと、視線だけで挨拶を交わす。
侯爵家以外では他人の振りをしている。
騒がしい声が後ろから聞こえる。
例の伯爵姉妹が言い合いながら会場入りしたのだ。
「お姉さま!真実を話せばお姉さまが選ばれるのは当然ですわ。ですが、相手のご令嬢の事も考えて下さいませ!」
妹は姉を窘めているようで確実に煽っている。
レイモンドは腹の中では笑っていた。
「サリー貴女は煩いのよ!?」
大きくなったお腹を抱え、ドスドスとカールを探し会場を闊歩する。
「カール様!」
大きなお腹の浮気相手を見つけ、カールの顔は青褪めて行く。
「見つけましたわ!カール様。」
笑顔でカールに声をかける。
「貴女達残念ね。私はカール様のお子を授かっておりますの!」
姉は婚約者であるオティリエを見た。
「愛されない婚約者様。貴女の居場所は私のものになりますわ。残念ですわねー。」
オティリエを蔑む物言いに怒りが湧くが、レイモンドは我慢する。
「お前が子を産もうと、私とオティリエの婚約がなくなる事はない!
お前は第二夫人にする。オティリエは私の正妻となるのだからな!」
カールの叫び声は、会場に響いた⋯⋯。
「カール殿。貴方は勘違いをされている。貴方は婿入りする立場。弁え方を知らないのかね?」
オティリエの父であるライアンが口を挟んだ。
「我が家の援助が無ければ侯爵家は立ち行かぬ立場だ!公爵家の者である私が選んで何が悪いのだ!」
カールの理屈は通る筈がない。
周りの野次馬からは厳しい言葉がカールに向けられる。
「貴方はご存知ないのですか?公爵家からの援助はお断りを伝え、支援は打ち切られております。支援して頂いたお金も全て返済しております。
我が家を馬鹿にする貴方を、婿入りさせる訳にはいかない。
よって娘であるオティリエとの婚約は破棄させて貰う!!」
ライアンの怒りの声に、カールが一歩後退する。
後退した横には、婚約者のオティリエがいる。
「オティリエ!私との婚約が破棄されて困るのはオティリエだろう?その歳で婚約破棄となれば次の婚約者を探すのも無理だ。
私とこのまま婚約を続け結婚するしかないのだ。
これからはオティリエを大切にする。愛してやるから、婚約を続けてくれるよな?」
カールはオティリエへと手を伸ばす。
オティリエは一歩下がり、じっとカールを見つめた。
「私は領民と両親の為だけに貴方との婚約を受け入れました。侯爵家の領地を大切に思い、身を削り領民を守ろうとする両親の為にです。
そうで無ければ、カール様との婚約を続けるなんて無理ですもの。」
オティリエが初めてカールに反抗する言葉を放つ。
「その歳で婚約破棄となれば、一生独り身だ。社交界でも笑い者になる。それでも良いのかっ!」
カールの言う言葉は確かにその通りだ。
20歳を越えた女性に新たな婚約者となれば、訳ありな者しかいないのだ⋯⋯。
「それならご心配なく。オティリエ嬢は私が幸せにします。私が新たな婚約者としてオティリエ嬢に求婚します。」
レイモンドがカールとオティリエの前に出て来た。
会場中がざわめく。
どれだけのご令嬢が釣書を送り断られたか。
レイモンドに想い人がいる事は有名な話だ。
だが今の今迄相手の女性が解らずにいた。
レイモンドはオティリエの前に膝を突き、オティリエの手を掬い上げた。
「オティリエ嬢は覚えていますか?カール殿に突き飛ばされた私を助けてくれた日の事を。
私はあの日、貴女に恋をしました。
ですが私は貴女より歳下であり、貴女には婚約者がすでにいました。」
レイモンドはオティリエを見上げ気持ちを伝える。
オティリエは静かにレイモンドを見つめた。
「カール殿から貴女を奪いたかった。ですがそれは人として貴族としてやってはいけない行為です。
私はオティリエ嬢を幸せにしたかった。
それが私ではなくとも、他の誰かであっても大事にしてくれる人がいるならそれで良かったのです。
カール殿と婚約が破棄されるならば、貴女の婚約者候補にどうか入れて頂きたいのです。」
レイモンドと繋ぐ指先の冷たさを、小さく震える指をオティリエだけが感じている。
(伴侶となるカール様との仲を修復したかった。
それも遠い昔に諦めた。
ずっと、ずっと暗闇の中にいた⋯⋯。
一人は寂しい。私も誰かに愛されたい⋯⋯。)
オティリエの瞳から、一粒の涙が零れた。
レイモンドは直ぐ様立ち上がり、雫をそっと拾った⋯⋯。
「レイモンド様。カール様との婚約が破棄されたならば、貴方との婚約を結びたいと思います。」
オティリエは極上の笑みでレイモンドに答えた。
レイモンドの瞳にも雫がたまる⋯⋯。
「ありがとう。オティリエ嬢。」
レイモンドが目を閉じると、その雫が流れ落ちる。
オティリエはハンカチを出し、そっと拭う。
美しい二人のやりとりに、会場中が沸き立った!!
だが、幸せそうに微笑み合う二人を許さない者が場を濁す。
「侯爵!どう言う事です。援助をしている我が家を無視し、婚約破棄とはどう言う事ですっ!」
怒りを抑える事もなく、アーカート公爵と夫人がやって来た。
「カールと婚約しておきながら浮気とは。オティリエ嬢の行為に幻滅ですわ。」
場違いな言葉を口にする夫人に、周りの貴族達がクスクス笑う。
「自分の息子の事を棚に上げて良く言えますこと。」
「オティリエ嬢はいつも蔑ろにされていたのに。」
公爵夫妻を嘲笑う声が囁かれる。
カッとなった夫人だが、レイモンドが先に口を開いた。
「カール殿は既にある女性との間に子を授かっております。その女性の為にも、カール殿は責任を負わなければならないのでは?」
レイモンドの言葉に、何も聞かされていなかった夫人が顔を青褪めさせていく。
「カール殿の後ろにいらっしゃるご令嬢がその人です。先程、彼女がカール殿との子を授かったと会場で報告しておりました。」
公爵夫人はゆっくりと令嬢に視線を向けた。
お腹の大きな令嬢。顔を見れば社交界では節操のない令嬢と有名な伯爵令嬢だった⋯⋯。
夫人は口をはくはくするだけで、声を出せない。
「支援をしてもらいながら、恩を仇で返すのか!」
侯爵にそう怒鳴りつける。
「侯爵家からは支援したお金は全て返済されております。利子までつけて。
そして、公爵家からの支援は打ち切っております。それに、カールの婚約は本日をもって私の名のもとに破棄する事にする。」
そう宣言したのは、公爵家嫡男のアーサーだった。
「アーサー!勝手な事をっ!お前には権限がない。当主は私だ!全て無効だ。」
公爵がニヤリと嫡男であるアーサーに嫌な笑みを向けた。
「貴方は公爵家の当主を既に外されています。陛下の命により、私が昨日より新たな当主となっております。」
アーサーの言葉に公爵が反論する。
「聞いてはおらぬ!嘘を並べるなら廃嫡とするぞ!」
「父上と母上は公爵領の端の伯爵家を継いでもらいます。貴族籍を外されるよりはましでしょう。元気にお過ごし下さい。」
アーサーが手を挙げると、公爵家の騎士が公爵夫妻を囲み連れ出した。
「さて、カール。貴方の処分を言い渡します。」
兄であるアーサーがカールを厳しい目で見る。
カールはアーサーが苦手である。
「カールは公爵家の持つ男爵家を継いで貰う。その子を成した女性とな。あの領地は荒れて厳しいが、二人で力を合わせ領地の発展に尽力してもらう。」
「男爵家って⋯⋯。あの辺境に行けと?!」
カールの問いに。
「そうだ。両親と同じ貴族籍を抜かれないだけ良いだろう?」
カールは辺境になど行きたくはない。
周りを見ると、妊娠させた令嬢を思い出す。
「キャロル!お前は伯爵家の後継だよな。私が婿入りするから、結婚しよう!」
カールはキャロルの手をとり、そう叫んだ。
「まぁ!お姉さま良かったですわね!愛するカール様と結婚なんて羨ましいですわ。」
妹のサリーが姉を祝福する。
「そ、そうね。伯爵家をカール様と盛り立てて行きますわ。」
キャロルの言葉に、サリーがキョトンとした。
「伯爵家の後継は私と陛下の許可を得て変更されておりますわよ?それに、お姉さまは貴族籍を既に抜かれていますので、平民ですわよ。
あら?貴族でない者が夜会にいるなんて、いけませんわね!」
サリーはコテンと首を傾げた。
「そんな事は聞いてない!私が後継よ!」
騒がしいキャロルに、伯爵夫妻が告げる。
「キャロル。貴方は伯爵家の娘ではありません。何度も注意し嗜めましたわね。それを無視し貴族としての品も役目も放棄した。
そんな娘を、我が伯爵家は必要としないのです。」
母親に手厳しく放たれた言葉に、キャロルはへたり込んでしまう。
「カールの子がいるならば、籍を入れ男爵領に一緒に行って貰う。断っても構わないが、貴女は平民となります。」
アーサーの言葉に、キャロルはカールと結婚するしかないと俯いた。
「男爵領に行きます⋯⋯。」
小さな返事を聞き、カールもキャロルも先程と同じく騎士により連れて行かれた。
アーサーがレイモンドを見て笑顔で話しかける。
「レイモンド殿。協力感謝する。」
レイモンドは苦笑いをし、アーサーと握手を交わした。
カールをガルドが偵察している時に、アーサーに見つかりある提案をされたのだ。
レイモンドに協力する代わりに、両親を追いやる事に協力して欲しいと。
公爵夫妻はお互い愛人を密かに持ち、公爵家のお金を散財していた。
援助するべき侯爵家には僅かしか支援せず、愛人にお金を使う両親を嫌っていたのだ。
その血を受け継いだカールも排除する対象だった。
カールを排除する事が一致していた為、協力をした。
両陛下にはずっとレイモンドの想い人が誰かを聞かれていた。
陛下はレイモンドに感謝の気持ちとして、想い人との間を取り持ってあげたかったのだ。
レイモンドは陛下達を利用する事になるが、仕方ないと涙ながらに想い人であるオティリエ嬢の全てを語った。
王妃様はオティリエの現状を知っていた。
家の犠牲となった女性として、密かに同情していたのだ。
陛下達の協力もあり、アーサーの両親から無事に爵位を継ぐ手筈を整えて貰えた。
レイモンドには王命で婚約をと話が来たが、オティリエ嬢の気持ちを優先したいと丁寧にお断りした。
レイモンドは王命でオティリエ嬢を捕まえたくはなかった。自分の力でオティリエ嬢との婚約を結びたかったのだ。
騒がしい公爵一家がいなくなると、残されたレイモンドやオティリエに視線が集まる。
仕切り直しと、レイモンドが再びオティリエの前で膝を突く。
「オティリエ嬢。貴女に婚約を申し込みます。受けて頂けますか?」
オティリエは輝く笑みで。
「はい。お受けします。宜しくお願いします。」
そう返事をした。
二人は恥ずかしそうに手を握りあった。
そんな初な二人に、会場中が大盛り上がりをする。
レイモンドの想い人であるオティリエは社交界では蔑まれていた。
だが、この日からオティリエは一気に社交界の華となった。
後日、レイモンドは自身の秘密を転生者以外全てを公表した。
両陛下のお気に入りのレイモンドは、女性達からは更に好意を寄せられる。
だが、いつも側にいるオティリエしか見ていないレイモンド。
幾ら言い寄ろうと、会話すらしてもらえないのだ。
オティリエはレイモンドと交流するうちに、レイモンドの深い愛と執着心に心を傾けた。
自身の為、侯爵家の為に長年尽力してくれた事に深く感謝した。
夜会の日から直ぐに、レイモンドの希望により二人は婚約した。
一年後のレイモンドの誕生日に結婚式を挙げる。
レイモンドの手腕により、美しい花嫁衣装が作られた。刺繍や宝石を贅沢に使い仕上げられた衣装に、オティリエは気絶しかけた。
レイモンドの作るお菓子は他国にも噂が広がった。
他国には店を出さないとレイモンドが宣言した為、他国からわざわざこの国に多くの者が訪れる。国は観光地として潤って行った。
レイモンドの結婚式には両陛下も参列する異例の事となった。
美しい花嫁衣装のオティリエに、参列した者は魅入られていた。
花嫁をエスコートするレイモンドは、極上の甘い笑みを浮かべ美しい花嫁から視線を外す事はなかった。
レイモンドの愛と言う名の執着が、今日実る。
美しい二人を参列者が祝福をする。
侯爵夫妻の隣にはレイモンドの父が小さな男の子を連れ参列していた。
男の子がレイモンドに手を振る。小さな体をいっぱい使い、祝福をしている。
レイモンドとオティリエが手を振ると、更に必死に手を振る。
「私達にも可愛い子供が早く欲しいですね。」
レイモンドがオティリエの耳元で囁く。
顔を真っ赤にしたオティリエは、可愛くまた艶めいていた。
レイモンドは慌ててオティリエを抱き込み、隠してしまう。
仲睦まじい夫妻となった二人を沢山の人が祝福した。
その日の初夜は勿論レイモンドが暴走してしまう。
長年恋焦がれた女性を離す事など出来なかったのだ。
腕の中で眠るオティリエの頬に口付けを落とし、レイモンドは幸せな眠りに就いた。
蜜月を終えた頃にアシュル侯爵家の当主である父が侯爵家に来た。
小さな男の子を連れ、父のオーウェンが幸せそうなレイモンドとオティリエに祝福の言葉を贈る。
今日はレイモンドが後継から外れる事と、弟のリチャードが新たな後継になる手続きをする為だ。
オーウェンの後ろには、物静かな女性が立っている。
居間に通し、書類にサインをし手続きを終えた。
「あの人はどうなりましたか?」
母の処分は、父に全て任せた。
「離縁の後に実家に帰らせた。その後は知らん。」
隣に座る女性は申し訳なさそうにしている。
「レイモンド。新しく正妻となるマリアンナだ。宜しく頼む。」
「レイモンド様、オティリエ様。不束者ですが、宜しくお願いします。」
頭を下げ、温かな微笑で挨拶をする。
控えめな女性は、父とお似合いだった。
「こちらこそ、父を宜しくお願いします。」
そう。父は領地で新たな家庭を築いていた。
この国では愛人や妾を作る事は嫌悪され、お家騒動を起こせば、処罰される。
だが、第二夫人を迎える事は許されている。
それには条件があり、愛や恋だの私情は許されない。
跡取りが出来ない為、第二夫人を迎える。
立ち行かなくなった家の救済の為、縁を結び援助する為に迎える。
正妻が第二夫人を認める事や第二夫人を虐げてはならない。と、厳しい条件がつくのだ。
だが、オティリエのように婚約段階ではなにも適用されない。
父は困窮する子爵家から話が来た為、第二夫人を受け入れた。
私は父から直接説明を受けたが、母のマリーンには内密だった。
隠れて何をするか解らないからだ。
マリーンは数々の浮気をし、侯爵家の領地のお金に手を付けた事を理由に離縁となった。
離縁する為には浮気だけでは無理があった。犯罪紛いの事を仕出かすまで父は待ったのだ。
私は父に似たらしい。
目的の為には、幾らでも策略し幾らでも待ち続ける性分らしい。
父も私も、愛する女性を守りその優しく温かい微笑にどこまでも魅力されるのだ。
父と似た性分も悪くはない。
そう思うのは私にも家族が増えるからかもしれない⋯⋯。
私とオティリエの幸せは、まだまだこれからなのだから。




