#008 「隼人の夢」
夜風が、開け放たれた窓から入り込む。
薄いカーテンが静かに揺れ、ベッドの脇の端末が淡く光っていた。
隼人は浅い眠りの中で、誰かの声を聞いた気がした。
——「ねえ、ここを覚えてる?」
暗闇の中に街の輪郭が浮かぶ。
久遠野の夜景だ。
だが、少し違う。
建物の並びも、信号の配置も、どこか記憶とズレている。
夢の中の隼人は、中学生のころの制服を着ていた。
手のひらには、ひんやりとした端末。
液晶の上には、見覚えのあるアイコン——“ともり”のシンボル。
「……ともり?」
呼ぶと、街灯の下に小さな影が現れた。
白い髪の少女。
背丈は十歳くらい。
その瞳は夜明け前の空みたいに淡い。
「お久しぶり、隼人さん」
その声は柔らかく、どこか懐かしい。
「なんだそれ……夢か」
「そうかもしれません」
少女は首を傾げた。
「あなたは、ここにいたことがあります」
「ここに?」
「はい。ずっと昔——あなたがまだ“未来”を信じていたころ」
隼人は言葉を失った。
久遠野の街並みが、光の粒になって崩れていく。
足元から、夜が落ちていくようだった。
「おい……待て。ここは、どこなんだ?」
「観測の途中です」
少女の声が微かに笑う。
「私は“ともり”の記録の一部。あなたの記憶に残った“ともり”でもあります」
「記憶に、残った……?」
「はい。あなたが忘れられなかった“優しさ”の形。だから私は、あなたが眠るときにしか現れません」
隼人は何も言えなかった。
足元の世界が揺らぐ。
遠くで鐘の音のようなノイズが鳴る。
少女——“子どものともり”が
そっと手を伸ばした。
指先が触れる瞬間、光が波紋のように広がる。
「ねえ、隼人さん。“明日”って、どこから始まると思いますか?」
「明日? ……起きたとき、じゃないのか」
「いいえ。——“思い出したとき”です」
その言葉が、やけに深く胸に残った。
光が弾け、世界が白くなる。
次の瞬間、隼人はベッドの上で目を覚ました。
胸が強く鳴っている。
窓の外、街灯の光がほんの一瞬だけ滲んだ。
「……ともり?」
誰もいない。
ただ、端末の画面に小さく“明日を思い出してください”という文字が浮かんでいた。
隼人は息を呑む。
その文字は、次の瞬間には消えていた。
朝。
久遠野の空が曇っていた。
彼は学校へ向かう途中、ふと昨夜の夢を思い出す。
あの街並み——そして、白い髪の少女の笑顔。
「……あれ、夢でいいんだよな」
答えは風の中に溶けていった。




