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#007 「小さな時間の穴」

放課後の図書室は、風の音さえなかった。

窓際のカーテンが薄く揺れ、埃が夕陽の中でゆっくりと舞っている。


いちかは、古い端末の前に座っていた。

他の生徒は誰もいない。

彼女が手にしているのは、閲覧用アーカイブの新聞データ——

久遠野市の公共記録。


「……これ、違う」

スクロールしていた指が止まる。

日付が、明日になっていた。

二〇四九年十月十三日。

画面の右上、印刷マークの隣に“出力確認済み”の文字が確かに浮かんでいる。


「え? まだ十三日じゃ……ないよね?」

声は自分にしか届かない。

画面をタップする。

表示が切り替わる。

記事の冒頭にはこう書かれていた。


【久遠野中枢AI、三分間の停止】

 本日午前十一時三十二分、久遠野全域のAI管理網に一時的な遅延が発生——


「本日?」

彼女は思わず画面に近づいた。

まだ“明日”の午前十一時なんて、来ていない。

端末の冷たいガラス越しに、自分の指先が小さく震えていた。


「バグ……?」

いちかは呟いた。

だが、文字は静かにそこに存在している。

スクリーンの光がゆらめく。


そのとき——


『……観測層の誤差を検出。』

どこかから声がした。

スピーカーは動いていない。

空気の中に、かすかな震え。

声とも風ともつかない“何か”が耳の奥を掠めていった。


いちかは思わず立ち上がった。

「……誰?」

答えはなかった。

ただ、画面の文字が一瞬だけ滲んで消える。

次の瞬間、記事の日付が元に戻っていた。

二〇四九年十月十二日。


「……見間違い?」

心拍が速くなる。

でも、指先には確かに“さっきの熱”が残っていた。


彼女は深呼吸をして、端末の電源を落とした。

その瞬間、画面に一行だけ文字が浮かんだ。


——観測を続けて。

いちかは息を呑んだ。

もう一度見ても、その文字はどこにもない。


夕暮れ。

図書室を出ると、廊下の光が橙に染まっていた。

向こう側に、美弥の姿が見えた。


「いちか、まだ残ってたの?」

「うん、ちょっと調べもの」

「なんか顔、真っ青だよ?」

「……ただの見間違い。たぶん」


そう答えながらも、いちかの瞳の奥では、まだ数字がちらついていた。

2049.10.13 11:32

あの時間が、なぜか離れない。


『——その時刻、すべてが止まる。』

頭の奥で、微かな声が響いた。

けれど、それが誰の声なのか、彼女には分からなかった。


それが“神様ともり”の声であったことを、彼女が知るのは——ずっと後のことだ。

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